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第8話 感謝って連鎖するものだよね

「わぁ……!」


 次の日、俺はアリーゼを伴って自分の領地の街を訪れていた。

 この街は俺たちの暮らすバタイユ城を中心に広がる城塞都市であり、主に東から来るシルクの流通拠点となっている。

 それに加え、他国との国境が近いこともあり、金品を狙う盗賊や他国の軍を抑えるために、二重の城壁で守られている。

 城壁には約50もの塔が建ち並び、周辺の地形を全て見渡せるようになっていて、完全防備が最大の特徴だった。


 そんな街の路地を俺たちは徒歩で歩く。

 もちろん格好は紛れるように平民っぽいものを着ている。

 さらには周囲にたくさんの兵士を紛れさせているから、いざとなっても大丈夫だろう。

 それに、近くにはずっと俺がいるわけだし。

 こう見えても俺は、魔術学園『ウィッチクラフト・アカデミア』を首席で卒業した実績があるのだ。


 ちなみに、最初は安全を考慮して、馬車で移動する予定だった。

 しかし、それよりもちゃんと時間をかけて歩いたほうが、アリーゼの情操の教育に役立つと思ったのだ。

 興味深そうにキョロキョロと見渡すアリーゼを、俺は微笑ましく思いながら、目的地まで向かった。


 今日の予定は、昼を街の食堂で取り、その後、色々な露店を回って買い物をして、冒険者ギルドを見て、最後に塔から街を見下ろして帰る、というものだった。


 これで街の人たちはどんなものを食べているのか。

 物の価値はどんなものか、命を懸けて働いている人たちはどんな人たちか。

 そんなことらを、少しでも感じてもらえれば良いと思う。

 まあまだはっきりとどんなものかを理解してもらう必要はない。

 ただ肌身で感じてもらえればそれでいいなと言った感じだ。


 といっても、やっぱり一番は、この散策を楽しんでもらうのが重要だと思う。

 これが楽しい記憶にならなければ、それらすべてに対してネガティブなイメージを抱くことになってしまう恐れがあった。

 俺が前世で小学生だった頃、体育の授業がつまらなくて、しばらくの間運動というもの自体に良いイメージを抱けなかった。

 もちろん今では運動は楽しいものであり、充足感をもたらしてくれるものだというのは理解しているが、子供の頃の自身の感情というのはその物事自体の印象と強く結びつくものなのだ。


「お父様! あれは何ですか!?」

「あれは馬車と言って、あの四角い箱の中に人が乗ったりするものなんだよ」


 そんな風にアリーゼは楽しそうに色々なものを見ては、疑問を感じ、俺に問いかけてくる。

 俺はそれに一つ一つ丁寧に教えて言った。

 そんな時、アリーゼは噴水広場で歌おうとしている吟遊詩人のほうを指さして、こう尋ねてきた。


「お父様! あの人たちは何をしているのですか!?」

「あの人たちは、ほら、中心にいる人が歌っている(うた)を聞こうと集まってきてるんだよ」

「詩、ですか?」

「そうか、アリーゼは初めて聞くんだったね」

「音楽とは違うものなんですか?」

「ああ、ジャンルは同じだけど、実際はかなり違うものだよ。とりあえず聞いてみるかい?」

「はい! 聞いてみたいです!」


 アリーゼの言葉に俺は頷いて、その集団の傍に寄る。

 それからしばらくして、人が集まったことを確認した吟遊詩人は、弦楽器を弾きながら(うた)を歌い始めた。


 内容はオーソドックスな英雄譚だ。

 とある人物が神々に選ばれ、徐々に難所を乗り越え成長していきながら、魔神と呼ばれる敵を倒す物語だった。

 よくある話だ。

 だが、初めてこういった市井の物語に触れたアリーゼは、興奮したようにこう言った。


「うっ、ううっ……え、あれ、何ででしょうか……なぜか涙が止まりません……。ど、どうしましょう、お父様」


 どうやらアリーゼの感受性は順調に育ってくれているみたいで、その(うた)を聞いて感動して涙を流していた。

 その吟遊詩人の話のチョイスはオーソドックスだったが、とても感情表現豊かな演技で、それがアリーゼの心に刺さったみたいだった。


 そして演奏が終わり、周囲の人から盛大な拍手が送られた。

 アリーゼも力の限り拍手を送る。

 それから周囲の人たちは彼にチップを払って散り散りになっていくが、それを見ていたアリーゼは首を傾げた。


「ぐすっ……あれは何をしているのですか?」

「あれはチップと言って、自分の感動したという体験の価値を、お金にして相手に伝えるんだよ」

「体験の価値……」

「難しいかもしれないけど、ほら、お金はあげるから、彼に自分でチップを支払ってみてごらん」


 そう言って俺は銀貨1枚と銅貨10枚を手渡した。

 基本的に吟遊詩人に手渡すチップは銅貨5枚は相場だ。

 しかし俺はそれよりもかなり多めに渡した。

 銀貨1枚は銅貨10枚ぶんだから、相場よりも4倍にもなる。


「どのくらい渡せばいいのでしょうか……?」

「自分が渡したい分だけ、渡すといいよ。ただし、今日この後の買い物も全てその中から支払うから、考えて使うように」


 そう言われて、アリーゼはう~んう~んと考えた挙句、銀貨1枚を握りしめて彼のもとに行った。


「あ、あのっ! 素晴らしかったです!」


 そうアリーゼから銀貨1枚を手渡された吟遊詩人は目を見開いて彼女を見た。


「こんなに……いいのかい?」

「す、凄かったので……大丈夫です!」


 上擦った声でそう言うアリーゼに、彼はにっこりと微笑んで言った。


「そう言ってくれてありがとう。頑張って歌った甲斐があったよ。こういうのはね、案外お金よりも純粋な言葉のほうが嬉しかったりするものなんだ」


 そしてアリーゼはパタパタと俺のほうに戻ってきて、心底嬉しそうにこう言った。


「お父様! 私、感謝されちゃいました!」

「良かったじゃないか。で、ほら、感謝されて、今、アリーゼは嬉しいだろう?」

「……確かに! なるほど、そういうことなんですね!」


 感謝されると嬉しい。

 感謝すると、感謝される。

 とても当たり前のことではあるが、これをアリーゼに身をもって体験させてあげられて、俺もまたあの名も知らぬ吟遊詩人に感謝するのだった。

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