第49話 娘の友人がうちに来ます
ベルジェ公爵から手紙が来た。
どうやら先方としてはそろそろ婚約の話を進めたいらしい。
ディルクを一週間こちらに寄越すと言った。
「ディルクが俺にお礼を言いたがっているから……か。流石ベルジェ公爵だ、断りづらいところを突いてくる」
これで断っても、ベルジェ公爵には借りがある。
今度はそこを突いてくるだろう。
いったんここで断って借りをチャラにしてもいいが……。
そこまでのリスクを取る必要もないか。
俺はベルジェ公爵に了承の返事を書いて送った。
***
それからさらに数日後。
バタバタと足音を立ててアリーゼが執務室に入り込んできた。
「どうしたんだ、アリーゼ。そんなに慌てて」
「お父様、お父様! シャルがうちに遊びに来たいと言っているのですが、構いませんでしょうか!?」
シャル。
どうやらアリーゼとシャルロッテはあれからも手紙で交流を続けているみたいで、もう愛称で呼び合う仲になっているみたいだった。
友達ができたことは何よりだし、アリーゼに影響されてシャルロッテも悪役への道は歩まずに済んでいそうだ。
「それは構わないが……いつ来るかは決まっているのかい?」
「それが一ヶ月後くらいらしいのです! ふふっ、シャルも早くフローレを見たいらしくて」
それを聞いて俺は一瞬、頭を悩ませた。
一ヶ月後はちょうどディルクがうちに泊まりに来る日だ。
原作の主要人物が集まるということになる。
しかし、今のみんななら大丈夫かとすぐに思い直した。
「分かった。構わないよ。しかし、その日はディルクも泊まりに来るから、それを向こうにも伝えておいてくれないか?」
それを聞いたアリーゼは一瞬目を見開くが、すぐに頷いて言った。
「分かりました! 伝えておきますね!」
アリーゼは相好を崩しながら言い、早速返事の手紙を書くために執務室から駆け出していった。
***
その日の夕方、俺は執務室でペンを走らせながら、頭の中で日程調整を組み立てている。
ディルクは「婚約を進めたい」とベルジェ公爵に背中を押されてこちらへ来る。
その一方、シャルロッテはアリーゼとの純粋な友情のために来るのだろう。
両者の立場は似ているようで微妙に異なる。
もしここでディルクが再びアリーゼに好意を寄せるような展開になれば、社交界のなかでどんな波紋を呼ぶか分からないし、シャルロッテがその場で何を感じるかも想像できない。
「……そこまで大きな事件にはならないだろうが、やはり気を抜けないな」
俺は苦笑しながら書類にサインをして、机の上に積み上げられた紙束をセバスに手渡す。
セバスはそれを受け取りながら、質問めいた目を向けてきた。
「ディルク様とセザンヌ家のシャルロッテ嬢が同時期に屋敷へ訪れるとのことですが、屋敷の部屋割りやメイドの配置など、いかがいたしましょうか?」
「客室は分けて準備してくれ。シャルロッテ嬢とアリーゼは一緒に過ごすことも多いだろうが、正式には別々の部屋が必要だろう」
「かしこまりました。では準備を進めておきます」
セバスは一礼し、書類を持って執務室を出て行く。
そっと静かになった部屋で、俺は一人考え込む。
「まあ、どうにかなるだろう。アリーゼが困ったら助けてやればいい」
そう自分に言い聞かせると、肩の力がわずかに抜けた。
***
それからほどなくして、妻のレーアが入室した。
生まれたばかりのフローレは少し前にミルクを飲んで、今はぐっすり眠っているらしい。
レーアはソファに座り、くすっと微笑んだ。
「あなた、何だか難しい顔してるわね。ディルクとシャルロッテが同時に来る話でしょ?」
「……さすが察しがいいな。ああ、そのことだよ。婚約の話が出る中で、アリーゼの友人も来る。ちょっと心配でな」
「ふふっ、でもアリーゼなら大丈夫なんじゃないかしら。あなたが育ててきた娘でしょう?」
レーアは軽やかな口調で言う。
すでにアリーゼが悪役令嬢の道を歩む可能性は、彼女もほとんど感じていないらしい。
「それにシャルロッテさんも、とってもいい子じゃない。手紙の内容をアリーゼから聞いたけれど、フローレのことを気遣ってくれていて、家族が増えた喜びを何度も書いてくれたそうよ」
「なるほど……シャルロッテ自身、悪役になる理由などなさそうだな」
婚約を進めたいディルクが来訪することも、レーアは「ふふ、いろいろあるでしょうけど、貴族の慣例みたいなものよ」とあっさり割り切っていた。
もともと隣国の出身だったこともあって、こうした貴族の政治的駆け引きには多少距離があるらしい。
「じゃあまあ、俺も必要以上に警戒せずにいよう。トラブルが起きそうなら、随時手を打つくらいに考えて」
「ええ、その方がいいわ。せっかく家族が増えて、今はフローレが中心の生活なんだから。アリーゼやフローレの笑顔を守りましょう?」
レーアの言葉に、俺は小さく頷いてみせた。




