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転生して十年が経った。悪役令嬢の父になった。  作者: AteRa
第二章:関係の物語

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第47話 妹

 季節が変わるほどの月日が流れた。

 レーアのお腹は日に日に大きくなり、屋敷の中は浮き足立った空気で満ちている。

 アリーゼはお姉ちゃんになることに対する憧れと喜びでいっぱいだ。

 毎日のように嬉しそうにくるくる動き回り、時にはシャルロッテに手紙を書いては出産への思いを語り合っている。


 一方、俺は内心落ち着かない。

 アリーゼの時は経験しているとはいえ、やはり出産という一大イベントには不安がつきまとう。

 いざとなったらどうする? とか、もしも何か問題があったら? とか、つい考えてしまうのだ。


 そんな中、レーアとアリーゼが楽しそうに名前の候補を出し合っているのを聞くと、こちらも自然と心が穏やかになる。

 家族みんなで慎重に決めることで、占い師の言葉にあった名前を慎重にという不安も和らぐ。

 そもそも、俺たち家族はこの子を全力で守り育てる――それだけは揺るぎない事実だから。



   ***



「奥様の様子がおかしいです!」


 ある早朝、いつもどおり使用人たちが朝食の準備をしている最中、突如そんな声が屋敷に響いた。

 急いでレーアの寝室へ駆けつけると、彼女は少し青ざめた顔で布団を握りしめている。

 助産婦を呼ばなければ。医師にも連絡だ……俺は頭がぐるぐる回るのを感じながら、セバスに指示を出した。


「くっ……ごめん、デニス。いよいよ……みたい、ね……」


 苦しそうな表情の中でも、レーアはどこか柔らかな笑みを浮かべている。

 アリーゼは廊下の手前に立ちすくみながら、瞳を潤ませているのが見えた。


「お父様、私に何か手伝えることは……!」

「アリーゼ、慌てずに。メイドと一緒にタオルやお湯、必要なものを用意してくれ。大丈夫、母さんは強い人だろう?」

「……はい、そうですね! 分かりました!」


 アリーゼは震える声で答えつつも、決意に満ちた表情で走り去る。

 俺は深呼吸し、レーアの手をそっと握った。

 彼女の手は冷え切ってはいないが、いつもより強く俺の指を掴んでいるのが分かる。


「大丈夫だから。助産婦もすぐ来るし、落ち着いて呼吸を……」

「ええ、分かってる……。アリーゼの時よりは慣れているつもり、だけど……それでも痛いものは痛いわね……!」


 痛みの合間にも、彼女は気丈に笑おうとした。

 その姿を見て、俺は改めて「母は強いな」と心の中で敬意を抱いた。



   ***



 バタバタと慌ただしく人が行き交う中、ハイエルフのラウラも姿を見せた。

 彼女は部屋の片隅で静かに観察しながら、いざという時のために薬草や簡易的な魔法を準備するらしい。


「呼吸のリズムが乱れすぎている。周りが騒ぐとレーアも緊張するわ。落ち着かせるように」

「りょ、了解……! なるべく静かに、とセバスにも言っておく!」


 ラウラは淡々と指示し、瞬時に医師や助産婦とも一目で意思疎通を図る。

 なんとも頼もしい存在だ。


「子どもの頭が見え始めています。もうすぐ、もう少し……!」


 痛みに耐えるレーアの苦悶の声が部屋を満たすが、それを聞くたびに俺は胸が苦しくなる。

 アリーゼも心配そうに扉の外で身じろぎしているのが感じられた。



   ***



 ――そして、数時間の格闘の末。

 部屋の空気が一瞬張り詰め、続いて甲高い鳴き声が響いた。

 オギャア、オギャア、と小さな命が一息に泣き声を上げる。


「ああ……無事に生まれました!」


 助産婦が声を弾ませ、すぐに手際よく赤子の体を拭き取ってくれた。


「レーア、頑張ったな……!」


 俺はレーアの隣に駆け寄り、その手を握る。

 レーアは疲労で顔に汗を滲ませながらも、安堵の笑みを浮かべる。


「ふう……アリーゼのときもそうだったけど……やっぱり……嬉しいわね」


 か細い声ではあるが、彼女の瞳にはしっかりと生き生きとした光が宿っている。

 助産婦が小さな布に包まれた赤子を抱いて近づき、「女の子ですよ」と言ってくれた。


「女の子……やっぱり妹か……!」


 俺は思わずそう呟いてしまう。まるで心が弾むような感覚に、身体の力が一気に抜けた。

 赤子はまだぎこちなく泣いているが、その小さな手足を動かす姿はこの上なく愛おしい。



   ***



 廊下で待機していたアリーゼが、そっと部屋に入ってくる。

 恐る恐るこちらを伺っていたが、助産婦から「大丈夫ですよ、入っていらして」と声をかけられたのだ。


「お母様……妹、なんですよね? 大丈夫なんですよね?」

「アリーゼ……ええ、ちゃんと無事に生まれてきたわよ。ほら、見て?」


 アリーゼは両手を組み合わせ、いまにも涙が零れそうになりながらベッドへ近づく。

 その目には、初めて見る小さな命への驚きと尊敬が入り混じっていた。


「ちっちゃい……でも、すごい……あったかそうです……!」


 言葉にならない様子で、アリーゼは妹の顔を覗き込む。

 赤子はまだ目も開けられず、柔らかな産声を小さく続けていた。


「ねえ、お父様。お母様。名前、どうしましょうか?」


 その問いかけに、レーアは微かに笑って応じる。


「そうね……ずっとアリーゼと候補を出し合ってたけど、今この子の顔を見て……どうかしら?」

「私、フローレって名前がいいなって……お花が咲くように、可愛く育ってほしいって願いを込めて……」

「フローレ、か」


 俺がその響きを噛みしめると、レーアはくたびれた顔で、しかしハッキリと頷く。

 こうして、新しい家族はフローレという名前を授かった。



   ***



 デニスは改めてフローレ……と口にしながら、生まれたばかりの妹を見つめるアリーゼを眺める。

 隣には疲労困憊のレーアが安心の笑みをこぼし、その傍らにハイエルフのラウラが、物珍しそうにそれを見届けていた。


「無事に産まれたようね。人間の出産というのは、いつ見ても神聖だわ」


 ラウラの言葉に、助産婦たちは驚きながらも「ありがとうございます」と微妙な返事を返す。

 人ならざる長寿の存在からそんな言葉をもらうとは、まさか思っていなかったのだろう。

 アリーゼはそっと生まれたばかりの妹の手に触れ、小さな指がわずかに反応したことに歓声を上げる。


「わ……動いた、かわいい……! えへへ、フローレちゃん。私がお姉ちゃんよ。これからいっぱい遊んであげるからね!」


 その光景に、デニスはまるで体中に幸せが満ちる思いがした。

 占い師の言葉、ハイエルフの警告、森の不穏な気配――何であれ、きっとこの子たちを守っていける。

 そう強く決意を抱いた刹那、廊下からセバスが嬉しそうに走り込んでくる。


「デニス様、奥様、本当におめでとうございます。……ああ、なんて可愛いお嬢様なんでしょう」

「ありがとう、セバス。お前にもいろいろと世話をかけたな」

「いえ、これからさらに頑張る所存です」


 セバスは淡々としながらも、どこか舞い上がるようにそう答える。

 さらには扉の陰からは孤児院の子供たちも覗いてきていた。


「……新しい子供。なんだあれ、可愛すぎるだろ」


 みんなの気持ちを代表するようにカイがそう呟いた。

 屋敷中の使用人たちも新たな命の誕生に沸き立っているのが、外の騒ぎからも伝わってくるのだった。



   ***



 こうして、バタイユ侯爵家にもうひとりの娘が加わった。

 フローレ――アリーゼにとって待ち望んだ妹であり、レーアと俺にとって大切な新しい命。

 その存在は、家族をさらに強く結びつけてくれるに違いない。


 今はまだ小さく頼りなげだが、毎日少しずつ母乳を飲んで大きくなるのだろう。

 アリーゼは、しきりに「あれは私がお世話する!」と意気込んでいる。

 レーアも出産の疲れを癒しながら、幸せの余韻に浸っているようだ。


 一方、ラウラは、急ぎの用ができたと言い残して、数日後には森へと戻るらしい。

 森の気配がどうなるか心配してくれているのだろう。

 それでも「無事で何より。また来るわ」と、フローレを一瞥しながらつぶやく姿には、どこか嬉しそうな気配があった。


 当面は、フローレの健やかな成長に集中する日々が続きそうだ。

 だが、その先に潜むかもしれない小さな波乱に備える意識も忘れない。

 なぜなら、家族が増えたことで、守るべきものも増えたのだから。


 ――だが今はまだ、幸せをかみしめよう。

 この柔らかな瞬間を、家族みんなで抱きしめて、笑い合うことが何よりも大切だから。


 「フローレ、ようこそ、私たちの家族へ」


 生まれたばかりの妹を抱きしめるアリーゼの声が、穏やかな部屋の空気に溶け込んでいく。

 そして赤子の、小さな鳴き声がそれに応えるように重なって、バタイユ家に新しい日常が始まりを告げていた。

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