第40話 芸術と学問の街
それから数週間後。
俺はレーアとアリーゼを伴ってセザンヌ領へと来ていた。
そこまで深くない堀に掛かった橋を渡り、そこまで高くない城壁を潜って街の中に入る。
ここは学問と芸術の街らしく、様々な古本屋や美術店が建ち並んでいる。
加えてこの街は国の中心部に位置するため、大した防壁は必要ないというわけだった。
昼時で露天商があちこちで呼び込みをしている声が聞こえてくる。
眼鏡をかけた学者みたいな人があっちこっち忙しなく移動したり、キャンパスを立て掛けて絵を描いていたり。
みんなそれぞれ思い思いの日常を過ごしていた。
「この街はとても騒がしいように感じますね」
アリーゼは馬車の小窓から外を眺めながらそう言った。
「確かにウチの領地よりは賑やかだね。ウチの領地は国境が近いから、少しピリピリしてるんだろう」
「なるほど。そういった違いがあるんですね」
「ああ。この街は国の中心にあるし、学問と芸術が主な産業だから、かなり穏やかな街なんだと思うよ」
俺の言葉にアリーゼは感心しながら再び窓の外を見た。
「ねえ、デニス」
「どうしたんだ、レーア」
そんな時、ふとレーアが声をかけてきた。
俺は彼女の方を見て首を傾げると、レーアはこう言った。
「そういえば私、セザンヌ公爵家とは会ったことないんだけど、どんな人たちなのかしら?」
「んー、公爵本人はかなり芸術肌の人間でね、ずっとピリピリしてるんだ。そして一回自分の世界に入ってくると戻ってこられない時がある。それに、スランプに陥ったりすると物に当たるらしいんだよ。その場面は見たことがないんだけどね」
そう言うとレーアは苦笑いを浮かべた。
「それは……なかなか変わった人みたいね」
「そうだね。まあでも、普段は腰が低くて穏やかな人だよ。芸術が絡むと神経質になるけどね」
そんな話をしていたら、アリーゼが外を見るのをやめて俺に聞いてきた。
「そ、それじゃあ、シャルロッテ様はどんな人なのですか!?」
「ああ、シャルロッテは……会ったことないから分からないかな……」
一応ゲーム時代の彼女なら知っているし、それなりに俺にも噂は流れてくる。
が、それで先入観を抱かせてしまうのも良くないと思って、言葉を濁した。
ちなみにセザンヌ公爵は本当にそのまんまだから、先入観もクソもないと思って先に話したのだ。
「そうですか……。仲良くなれるといいのですけど」
仲良くなるのは個人的には控えて欲しいところだ。
それでアリーゼが影響されて悪役令嬢っぽくなってしまったら大変だからな。
でも、そうやって束縛して、アリーゼに友人が出来ないということの方が絶対に良くない。
俺はアリーゼを信じると決めたんだ。
だったらそれを変えることはしない。
アリーゼならちゃんと善悪を自分なりに考えて、行動できるはずだ。
「と、そろそろ城に着きそうだね」
俺は窓の外を眺めてそう言った。
***
「や、やあ。ひひひ、久しぶりだね、ば、バタイユ侯爵」
「はい、お久しぶりです、セザンヌ卿」
どこか挙動不審なこの男がダニエル・セザンヌ。
セザンヌ公爵本人だった。
長く金色の前髪からは、チラチラと怪しく輝く瞳が覗いている。
背は高いはずだが、だが酷い猫背なのであまり高くは見えない。
そんな人だった。
そしてその隣には仏頂面の少女が立っていた。
すらっとした少女で、金髪は腰までストレートに伸びている。
彼女はダニエルに似合わず背筋がちゃんと伸びていた。
「お初にお目に掛かります。シャルロッテ・セザンヌでございます」
そう言って綺麗なカーテシーを披露した。
それに対して少し気圧されたのか、オドオドしながらもアリーゼが挨拶する。
「あっ。お、お初にお目に掛かります。アリーゼ・バタイユでございます」
そんな風にカーテシーを披露するアリーゼを、シャルロッテは一瞥するだけだった。
彼女の視線は完全に俺に釘付けになっている。
それは何故だかは分からないが、仏頂面で俺のことを睨んでいるのだ。
「さ、さて。そ、そそそ、それじゃあ案内するから、つ、つつ、ついてきてくれたまえ」
そう言って先を先導するセザンヌ公爵。
俺たちはその後に続いて移動するのだが、やっぱりシャルロッテは俺をずっと睨みつけていた。
日の光が入ってきている廊下を歩きながら俺は考える。
何故、シャルロッテは俺のことを睨みつけているのだろうか、と。
チラリと彼女の方を見てみると、サッと視線を逸らしてしまった。
「ば、バタイユ侯爵。さ、ささ、最近身体の調子はどうだい?」
その唐突すぎる質問に俺は少し虚を突かれながらも答える。
「身体の調子ですか? ちゃんと鍛えているのでとても快調ですよ」
「そ、そそ、そうかい。それはいいことだ。ぼ、ぼぼ、僕は最近夜更かしが続いていてね、ぜ、ぜぜぜ、絶不調だよ」
セザンヌ公爵はそれだけ言うと再び黙った。
何が言いたかったんだ……?
しかし彼はよくこういった会話の仕方をするので、特段気にならなかった。
「さ、ささ、さて、ここが会場だ。君たちが最後だからそろそろ始めるとしよう」
そう言って俺たちは広間に入れられた。
この国の貴族でパーティーをすると言ったら立食が基本だ。
みんな立ちながらメイドの持っているお椀から食事をつまみ、談笑をしていた。
セザンヌ公爵と俺たちが入ったことによって、俺たちに自然を注目が集まり、その後セザンヌ公爵がパーティー開始の合図を取るのだった。
「そ、そそそそ、それでは、ウチの長女シャルロッテの11歳の誕生日を祝って、ぱ、ぱぱぱ、パーティーを始めようか」




