第4話 誕生日プレゼント
とうとうウチの娘が5歳となる。
明日はアリーゼの誕生日と同時に社交界でのお披露目会があり、それに向けて今日までマナーや礼節を学んでいた。
それだから、忙しくてここ一週間くらいはアリーゼと一緒に遊べていなかった。
俺もお披露目会の主催ということで、様々な準備に追われていたというのもある。
そのことを少し気に病んでいた俺は、柱時計の針がちょうど天辺を向いて日付が変わったと同時に、アリーゼの寝室に訪れていた。
満月の夜で、月明かりがとても明るい。
流石にもう眠っているかなと思って扉を開けたのだが、まだアリーゼは目を見開いて天井を見ていた。
俺が入ってきたことに気が付くと、彼女は上半身を起こしてこちらを見て、驚いたように目を見開いた。
「お父様?」
「起きてたんだな」
「……緊張して眠れなくて」
それもそうか。
アリーゼはメイドやらに囲まれて生活しているとはいえ、今の今までここから出たことはない。
つまり外の世界を知らないのだ。
このお披露目会が終わったら一緒に街を散策しようかとか考えているが、それまでは外に出してやれない。
貴族としての古いしきたりのせいで、こればっかりは仕方がないところがあった。
「お父様はどうされたのですか?」
部屋に入ってきた俺に不思議そうにそう問うアリーゼ。
俺はベッドに近寄り、背中に隠していたアリーゼへのプレゼントを出して、彼女に手渡した。
「……これは?」
「プレゼントだよ。5歳の誕生日、おめでとう」
俺が言うと、彼女はぱあっと顔を明るくして、頭を下げた。
「ありがとうございます! 私、とても嬉しいです!」
「開けてごらん」
「いいんですか!?」
「もちろん」
俺が頷くと、彼女は恐る恐る包装紙を剥がし、中の木箱の留め金を外した。
そして木箱を開くと、そこには綺麗な緑色な宝石の埋め込まれたペンダントが入っている。
「うわぁっ……! きれい!」
ペンダントを見て、目を輝かせるアリーゼ。
その表情が見れただけで、俺はプレゼントをした甲斐があったというもの。
彼女はゆっくりとそのペンダントを取り出して、言った。
「あの……この宝石ってもしかして……」
「そう。これは世界樹の樹液が何千年とかけて結晶化したものにドワーフが魔力を組み込んだ、最高級の一品で、通称〈世界樹の宝玉〉って言われているものだね」
これを身に着けていれば、一度だけ身代わりとして破壊されてくれるという、とんでもない代物だ。
もちろん普通に出回っているものではなく、俺は妻のコネを何とか使って手に入れることが出来た。
金額も相当高価だったが、これでアリーゼが救えるのならそれに越したことはない。
「お父様。つけていただけますか?」
そう言ってアリーゼはペンダントを手渡してくる。
俺は頷いて受け取ると、彼女の首に手をまわして、ペンダントを取り付けた。
「似合ってますか? お父様」
「うん。とてもよく似合っているよ」
俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに破顔した。
「それじゃあ、おやすみ、アリーゼ」
「はい。おやすみなさい、お父様」
そして俺は部屋を出て、静かに扉を閉めると、自分の寝室に戻って眠りについた。
***
そしてお披露目会当日。
主催者は俺であり、もちろんこの催しは俺の屋敷で行われる。
こういう時用に作られた屋敷の巨大な広間は現在、たくさんの使用人が出入りして準備を進めていた。
開会まで残り二時間といったところ。
準備は最終段階に入っており、今のところ順調で不備はない。
まあ世界で一番可愛いウチの娘のためなのだ。
入念に、完璧にお披露目できるように整えるのは当然のことだと言えよう。
当事者であるアリーゼは、今は控室でメイドたちにおめかしをされているところだろう。
俺も着飾ったアリーゼを見るのは初めてだから、ちょっとワクワクしている。
彼女のために特別にあしらったドレスは彼女に似合うだろうか、という些末な不安も抱えながら。
さて、そろそろ馬車で他の貴族たちが屋敷にやってくる頃だろう。
俺は残りの準備は執事のセバスに引き継いで、彼らの出迎えに向かうことにした。
庭に出てしばらく待っていると、一番乗りの馬車がやってきた。
そこに描かれた貴族紋を見るに、アダン子爵家だろう。
馬車は庭に敷かれた馬車道を走り、屋敷の入口で停まると、ウチのメイドたちが寄って行って扉を開いた。
最初に降りたメイドの手を借りて馬車から降りてきたのは、さわやかな金の短髪を持つ同い年の男だった。
「ジン! 久しぶりだな!」
「おお、デニス! 久しぶり! って、お前、ちょっと老けたんじゃないか?」
「お前のほうこそ老けてきてるだろ」
彼の名前は、ジン・アダン。
ゲームのタイトルでもあり、魔法学園の名前でもある『ウィッチクラフト・アカデミア』において、同級生で友人だった男の一人だ。
「しかしお前とレーアの娘か……。母親似だったら美人だろうな」
「おい、どういう意味だよ」
「ごめんごめん。久しぶりに冗談を言い合える奴がいて、嬉しくなっちゃってさ」
まあ、それは確かに分かる。
大人になるとあまり冗談とかを言い合ったりすることもなくなるからな。
この学生のノリみたいなのが懐かしくなる。
「でも、ウチの娘は嬉しいことに母親似だ。とても美人に育ってる最中だよ」
「そうか、それは楽しみだな。レーアのあの美しい顔はもう……見ようと思っても見られないからな」
「……そうだな」
俺は頷いた。
「それじゃああとはウチのメイドたちが案内してくれるから、そこで待っていてくれ」
「ああ。ありがとう」
そうして旧友を案内し、その後も次から次へとやってくる貴族たちに挨拶していった。
そしてしばらくして、この人がやってくる。
「久しぶりだな、バタイユ侯爵」
「ええ、こうして顔を合わせるのは久しぶりですね。ベルジェ公」
そう。
この厳つい美丈夫こそ、俺の娘の婚約相手の父であり、王族に続いて偉いベルジェ公爵その人なのであった。