第39話 社交界デビューします
アリーゼに社交界へのお誘いの手紙が来た。
俺はその手紙を眺めながら悩んでいた。
手紙を送ってきたのは三大公爵家の一つ、セザンヌ家だった。
三大公爵家とは、この国の王家に次ぐ権力を持つ家柄で、ベルジェ家、セザンヌ家、ブラック家の三家がある。
外交のベルジェ家、学問のセザンヌ家、武力のブラック家、というのがこの国の貴族たちの認識だった。
そのセザンヌ家の長女が11歳の誕生日を迎えるということで、パーティーを開くらしい。
そこで同年代のアリーゼにも声が掛かったというわけだ。
本当は貴族の子息というのは10歳で本格的に社交界にデビューする。
5歳でお披露目会で顔見せして、10歳までに決まりごとを全て頭に叩き込むというのがこの国の貴族の慣習だった。
アリーゼは勉強も頑張ってくれていたので、決まりごとに関しては問題なかった。
が、俺が騎士団の任務に行ってしまったせいで社交界デビューが遅れてしまったのだ。
申し訳ないと思いつつ、早めにデビューさせてあげたいと思う。
そうしないと他の子たちに置いていかれてしまう。
しかし……頭を悩ませているのは、とある問題からだった。
それはゲーム時代の問題である。
乙女ゲームにありがちな、成り上がり貴族の主人公を貶める悪役令嬢たち。
そのうちの一人がウチの娘であり、その中心人物だったのがセザンヌ家の長女、シャルロッテ・セザンヌである。
この二人を交わらせていいのかどうか、という不安があった。
どちらの婚約者も婚約破棄を宣言し、主人公に靡くようになっていく。
そして罪を被せられ、二人は処刑されてしまうことになるのだ。
アリーゼの相手はディルクであり、ディルクの家庭問題は以前ある程度は解決できたはずだ。
だから婚約破棄されて処刑されるという未来は確実に変わりつつあるはずだが……。
ここでシャルロッテと交わらせることで元に戻ってしまう可能性があるのではないか。
そう思っているわけだ。
しかし、そこまで考えて俺は一つの結論を出した。
一旦レーアにも相談しよう。
こればかりは夫婦でちゃんと話し合って考えるべきだと、俺はそう思うのだった。
***
「そうね。この国だったらそろそろ社交界デビューした方がいいわよね」
夜。
月明かりの入り込む寝室で俺はレーアに手紙のことを伝えると、確かにと頷いて言った。
レーアは元々この国の貴族ではない。
隣国の元第三王女だった。
隣国が帝国の侵略戦争によって滅び、亡命してきたレーアをこの国の貴族コラン子爵家が保護したという経緯がある。
だから幼少期は別の国にいたわけで、この国のしきたりに詳しいわけではない。
ちなみに俺も転生者で幼少期をこの国で過ごしたわけではないが、きっちりと勉強しているので問題はなかった。
「ああ。もうデビューには遅い歳だとは思うんだが……」
「もしかしてアナタ、アリーゼのこと心配しているの?」
レーアは俺の目をじっと見つめてきてそう言った。
その瞳は俺の心の内を全て見通しているように思えた。
「そりゃ心配してるよ」
そういった俺の頬を、レーアは両手で包み込む。
「駄目よ、それじゃあ。心配するべきところはそこじゃないわ」
「そこじゃない?」
「アナタのその心配はアリーゼを信頼していないという意味だわ」
俺は目を見開く。
「信頼、していない……?」
「そうでしょう? だって、アリーゼが社交界で上手くやっていけないんじゃないか、って思っているわけよね?」
「……ああ」
「ということは、アリーゼでは社交界では上手くやっていけない、という前提が心の何処かにあるんだわ」
俺は思わず目を伏せた。
確かにそうかもしれないと思ったからだ。
居心地が悪かった。
彼女の言う言葉は真実味を帯びていて、俺に重くのしかかった。
「私は11年も別のところにいたからアリーゼの子供の頃を見られていないわ。でも、今の彼女を見れば分かるでしょ? 絶対に大丈夫だって」
静かに俺は頷いた。
「それでももし、駄目だった場合は私たちがフォローすれば良いのよ。それともアナタ、出来ないとでも言いたいの?」
「出来るに決まっているだろ」
視線を合わせて、俺はそう言った。
彼女の言葉は全て芯を食っていて、俺の心の深くに突き刺さった。
心配というのは信頼のなさからくるものらしい。
それは相手への信頼のなさもあるが、同時に自分に対する信頼のなさでもあるのだと、レーアはそう言いたいのだろう。
俺は胸を張って頷いた。
「そうだな。レーアの言う通りだ。なにも心配することはない」
「でしょう? ふふっ、でもアナタが昔と変わらなくて良かった」
レーアのその言葉に思わず首を傾げた。
「どういうこと? って顔をしているわね。……アナタ、昔荒れていたじゃない?」
「……思い出したくない過去だ」
「思い出さなきゃ。それが向き合うって事だから。――でね、アナタ、あんなに強かったのに、全くもって自分に自信がなかったでしょう?」
俺は頷いた。
「確かに自信がなくて、自分の才能と向き合うのが怖くて、勉強や特訓から逃げ回っていたな」
「それで主席卒業なんだから、本当に困ったものだわ。他の人からしたら全て残酷なことなのよ」
そう言ってレーアは微笑んだ。
「でも、だからこそ、アナタがあの日、演習で森の中で遭難した時、勇気を出して私を守ってくれたことに惹かれたの」
「そうだったのか……」
「アナタの自信のなさを知っていたから、あそこで気丈に振る舞っていたことくらい、私にはお見通しだったんだからね」
俺は自分の頬が熱くなってくるのを感じた。
彼女には全部バレバレだったみたいだ。
まあ、女性というのは他人の心の機微に敏感な人が多い。
バレていても当然だったのかもしれないな。




