第33話 父
その時、アリーゼとレーアも最下層までやってきていた。
「ここら辺は初めて来るわね……」
「ねえ、お母様。何か声が聞こえませんか?」
アリーゼの言葉にレーアは耳を澄ませる。
確かに誰かが言い争っている声が聞こえた。
「確かに聞こえるわね」
「行ってみましょう! お父様かもしれません!」
そう言って駆け出すアリーゼ。
その後をレーアはすぐに追いかけた。
そこにいたのは騎士の男二人と女一人のパーティーだった。
しかも男の方は一人、見覚えがある。
「ジンッ!」
「――ッ!? レーア!? それにアリーゼも!?」
呼ばれた男――ジンは目を見開く。
「レーア、生きていたのか!? それにどうしてアリーゼはこんなところにいるんだ!?」
そう驚きの声を上げるジン。
しかし彼にクリストフは慌てたように言った。
「そんなことは後回しでいいですよ! それよりもこの門を開ける方法を探さなければ!」
「門がどうしたのかしら?」
焦る様子のクリストフにレーアが尋ねた。
「この中に今、デニスさんが閉じ込められてしまったんです! しかもドデカい竜と一緒に!」
「――ッ! そういうことね。じゃあ早く見つけないと……マズいかもね……」
その言葉にレーアは一瞬目を見開くが、すぐに冷静になってそう言った。
それから彼女は門に近づいて模様を確認したり、何か仕掛けがないか探ろうとするが――
そんなレーアを手伝おうとアリーゼが近づいた瞬間。
その門は再び音を立てて開き始めるのだった。
***
門が閉まった。
どうやら俺はみんなと分断されてしまったみたいだ。
そう思いながら目の前のドラゴンを見つめる。
――俺は戦う覚悟を決めた。
その、真っ赤な鱗を持つドラゴンは、両翼を広げて空へと浮かんだ。
と、同時に俺も自身の魔力を練り上げ身体強化に注ぎ込んでいく。
一段階……二段階……三段階……四段階……。
限界ギリギリだ。
周囲の空間は濃厚な魔力によって歪み、空中を青白いプラズマが走る。
俺は一瞬、息を止めた。
タイミングを計る。
まだ。
まだ。
まだ。
――今ッ!
ドラゴンが攻撃のために魔力を溜め始め、口を大きく開いた。
俺は地面を蹴り上げる。
石の床が大きくへこみ、次の瞬間にはドラゴンの顔面の前にいた。
勢いを乗せ、剣をその大きな赤い瞳に突き刺そうとする。
が、そう上手くはいかず、ドラゴンのとっさの咆哮によって俺は吹き飛ばされた。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
――チッ。
思わず心の中で舌打ちが出る。
……って、マズい!
ドラゴンの口から眩い閃光がこちらに向かって飛んできていた。
このままじゃ間に合わない――ッ!
俺は咄嗟に剣に魔力を纏わせ、力の限り振るった。
重たい衝撃が腕を伝って全身に走る。
しかしそのドラゴンブレスは直角に折れ曲がって左側の壁を思いきり破壊した。
ドラゴンは口から煙を上げながらこちらを睨んできていた。
避けるでもなく、弾かれたことがドラゴンのプライドを傷つけたのかもしれない。
ドラゴンは浮遊するのをやめて、地面に下りてきた。
ズシンッという重量のある音と共に地面が揺れた。
それからそのドラゴンはカッと発光し辺りを眩い光で包み込んだ。
すぐにその光は収まり、白飛びしていた視界は徐々に戻り始める。
ドラゴンが居た場所には、竜人とも呼べるような身長三メートルの人型が立っているのだった。
竜人……?
竜人にしてはやけにシンプルだった。
赤い鱗は消え、真っ白な肌をしている。
顔は竜のままで、その瞳の奥には赤い光が瞬いている。
「シュゥウウウウウウウウウウウウウ」
竜人は唸り声を上げた。
それから右腕を剣状に変形させる。
瞬間、予備動作もなしに竜人は俺の前に立ち塞がっていた。
「――チッ!」
慌てて屈んで避ける。
竜人の一文字に薙いだ攻撃は空ぶった。
俺はその隙を突いて剣を心臓に差し込もうとする。
が、剣先が竜人を貫く前に、竜人は既に遠く後方に移動していた。
小型化したことによって機動力が増している。
……これはちとマズいかもな。
俺は心の中でそう呟き、冷や汗を拭った。
剣を握り直す。
汗で剣を落としそうだ。
身体を捻り、構えを取る。
息を止める。
さあ、次で決め――――ッッ!?
ニイッと目の前の竜人は笑みを浮かべた。
マズッ――!?
ガンッ、という強い衝撃と共に俺は遙か後方へと吹き飛ばされていた。
ゴロゴロと地べたを無様に転がる。
肋骨が折れたのか、ゲホゲホと血反吐を吐く。
立ち上がって早く応戦しなければ――。
しかし同時に脳震盪も起こしてしまったのか、フラついて上手く立ち上がれない。
このままじゃ――。
竜人がヒタヒタと近づいてくる足音が聞こえる。
立ち上がれ、立ち上がれ、俺――ッ!
しかし立ち上がれないまま、俺の傍に竜人が来た。
そして剣状の右腕を振り上げて、そして――
「ねえ」
門が開く音と共に、誰かの声が聞こえた。
誰か……いや、この声はとても聞き覚えがある。
少し大人っぽくなったか……?
朦朧とする頭ではそこまでの違いを認識できない。
が、それが誰かはよく分かった。
あまり時間は経っていないはずなのに、やけに懐かしい声だ。
俺は無理やりにでも顔を上げた。
本当に彼女なのか。
だとすれば、何故、彼女がここにいるのか。
何故、アリーゼはここにいるのか。
顔を上げた。
門の方を見た。
「誰のお父様に手を出したと思ってるんですか? ええ?」
そこには身長が伸び、大人びたアリーゼが立っていた。




