第32話 最下層に辿り着きました
水溜での休憩から更に時間が経過し、俺たちはかなり深くまで潜ってきていた。
魔物の強さもより強力になっていて、疲弊が徐々に蓄積されていく。
現在、俺たちはラピットラビット数匹を撃破し、剣についた血糊を拭いているところだった。
「遭遇率は減りましたけど、敵の強さが尋常じゃないですね……」
クリストフは辟易とした声で言った。
それにはジンも頷いて同意する。
「ああ。前に潜った時はここまでの強さではなかったはずなんだが……敵が強くなったのか、俺たちがより深層に近づけているのか、どっちなんだろうな」
そんな言葉にクリストフはわざと明るい声で言った。
「ここはより深層に近づいているってことにしましょうよ! ほら、そっちのほうが希望があるでしょ!」
「確かにな。どうせ俺たちには下へ下へと潜っていくしかないしな」
そうなのだ。
俺たちの任務は〈世界迷宮〉のコアの発見および破壊。
その任務を完遂するまでは帰れない。
それに……いまだレーアも見つかっていなかった。
そんなことを思っていたら、ジンも同じ事を思っていたみたいで、少し視線を逸らしながらこう言った。
「それにさ、まだレーアだって見つかってないんだ」
「……確かにそれもそうですね」
何故ジンが視線を逸らしたのか分からない。
ジンはもしかすると、レーアが生きていないと思っているのかもしれなかった。
しかし――俺はレーアが見つかると心から信じている。
「そんな暗い話は終わりにして、ほらほら、次行きますよ、次!」
こういう時、明るいミシェルはとても助かる。
俺たちはミシェルに促されるようにして、更に奥地へと移動を開始するのだった。
***
それから更に時が経過した。
俺たちは最深部らしき場所まで来ていた。
目の前にはよく分からないモチーフの描かれた門が存在する。
巨大な竜と……人?
しかし人にしては手足がやたら長いし、顔の上半分がない。
それにどこかのっぺりとしているようにも感じた。
「ここにコアがあるんですかね……!?」
クリストフが興奮気味にそう言う。
長い時間をかけてようやく辿り着いたのだ。
テンションが上がるのもよく分かる。
俺はその門が開くかどうか確かめようと近づいて――
ゴゴゴゴゴッ。
門は勝手に開いていく。
誰かがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。
それは他の誰かだったかもしれないし、もしくは俺だったかもしれない。
緊張と興奮で自分の感覚が麻痺してきているのを感じた。
「開きましたね……」
「そうだな。開いたな」
クリストフとジンがそう呟く。
ミシェルは黙ったまま門の向こう側を眺めていた。
俺はそんな三人から視線を外すと、門の中を覗き見た。
そこは今までの洞窟の雰囲気とはうって変わり、完全に人工的な感じで、石レンガの壁が四角く四方を覆っていた。
「ドラゴン……」
ミシェルがふと誰に言うでもなく呟いた。
そう。
部屋の中には巨大な真っ赤なドラゴンが丸まって眠っていた。
燃えるような赤色だ。
その大きさはおおよそ10メートル。
もしかしたら門に描かれていたドラゴンか……?
しかしだとすればあれは一体何を……?
原作ゲームにあんなシーンは一度もなかったはずだ。
それにこんなドラゴンも見たことない。
もしかしたら、何か異常事態が起こっている可能性があるのか……?
「……入ってみるか」
ジンは硬い声で言った。
そして俺たちの返事も待たず、門の中に一歩足を踏み入れようとして――
バチッ!
と、ジンは弾かれた。
「なっ……!?」
俺は驚きの声を上げる。
入れなかった……?
どうして?
入るには何か条件が必要なのだろうか?
「入れないみたいですね……。どうしてでしょうか……?」
クリストフが首を傾げ、開いた門に近づいていった。
そして彼も触れてみるが、バチッという音と共に弾き返された。
「やっぱり駄目ですね……」
「う~ん、何か条件があるんだろうけど、なんだろうね~」
腕を組み、首をひねりながらミシェルが言った。
「でも門が開いたってことは、歓迎はされているって事なんじゃないかな?」
俺はふとそう思って口を開いた。
それにミシェルはパチンと指を鳴らす。
「最初に近づいたのはデニスさんだったよね!」
「あ、ああ。そうだけど……。もしかして?」
「そうかもしれないです! デニスさんが近づいたから門が開いた。つまり、デニスさんなら中に入れるかも!」
それは一理あると思った。
何故そうなのかはよく分からない。
もしかしたら俺が転生者だからか……?
俺とジンたちとの違いといえば、それくらいだが……。
しかし試してみる価値はあるだろう。
俺はそう思って、門の前に立ち、覚悟を決めると、一歩前へ踏み出した。
「は、入れ……た……?」
俺は入れたことを報告しようとして振り返り、そこにあったはずの門が消えていることに気がついた。
――そう。
俺は、この最下層の部屋に閉じ込められたのだ。
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
轟音が洞窟内に響き渡り、壁が震え、天井から岩が崩れ落ちる。
赤い鱗が揺れ、巨大な爪が石床を抉る。
目を覚ましたドラゴンの瞳が、じっと俺を見据えた。
「……狙われてる」
本能的に理解した。
こいつは、俺よりも強そうだぞ、と……。




