第26話 作戦前日
あっという間に二週間が経った。
今日は作戦に参加するために旅立つ日だった。
まだ少しアリーゼのことが不安で心配ではあるが、俺はすぐにレーアを見つけ出し必ず帰ってくる。
心配することなど、何もないのだ。
「それじゃあ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい、お父様」
街の門まで迎えに来てくれたアリーゼに俺は言った。
彼女は微笑んで、頷くと、そう見送ってくれた。
振り返らず、馬車は走り出す。
何処までも続く草原を。
晴れ渡り、高くまで透き通るような青空の下を。
***
「おう、やっぱりデニスも参加するか」
西の森の近くの草原にある野営地。
そこに俺が到着すると、早速ジンが話しかけに来た。
俺はそんな彼にぶっきらぼうに返す。
「当たり前だろ」
「はははっ、そりゃそうか。しかしまあ……またあの〈絶殺の魔剣士〉が見られるとはな」
「おい」
「あー、そうだったそうだった。あの二つ名はデニス様はお気に召してないんだったっけなぁ」
「分かって言ってるだろ」
「んー、なんのことやら」
俺の言葉にとぼけるジン。
ふざけやがって……。
〈絶殺の魔剣士〉とは俺が学生時代、そして騎士時代に呼ばれていた二つ名だ。
魔法と剣術を組み合わせて戦う魔剣士というスタイルが俺の戦い方なのだが……。
決闘する相手や対峙した魔物たちを尽く潰し回ったらいつの間にか絶殺なんてよばれるようになっていた。
完全に黒歴史である。
「しかし今はもう親の顔ではなくなったな。昔のお前を見てるみたいだ」
ふと真剣な顔をしてジンは言った。
俺は眉を寄せて一瞬しかめっ面した後、ため息をついた。
「はあ……そりゃそうだろ。ここにアリーゼはいないし、こう戦場に戻ってくると特にな」
「そういうものか」
「そういうもんだ」
そんな会話をしていると、ガシャガシャと金属音を立てて男の騎士が一人、近づいてきた。
「あの! デニス様でいらっしゃいますでしょうか!?」
「ああ。俺はデニスだな」
「でしたら団長がお呼びです! 至急、テントまで来てほしいとのことです!」
「……了解した。すぐ向かう」
俺がそう頷いても、その騎士は一瞬迷うようにその場で足を止めていた。
そして意を決するように彼は言った。
「デニス様! 私は〈絶殺の魔剣士〉である貴方に憧れて騎士団に入団しました!」
ぐふっ……!
なん……だと……。
「そ、そんな俺の二つ名って広まってるのか……?」
「ええ、もちろんです! 〈瞬殺の双剣士〉であるレーア様とセットでいまだに語り継がれております」
「そ、そうなんだ……」
思わず口元が引き攣るのを感じた。
ちなみに横ではジンが笑いを堪えるように顔を背けている。
後で絶対に殺す……!
しかし騎士の男は全く悪気がなく、キラキラした瞳でこちらを見ながら言った。
「お二人は我々世代の憧れなんです! 12年前に起きた〈迷宮暴走〉の救世主的存在ですからね!」
そんな騎士に俺は顔を背けてこう言った。
「あの時は……ただ必死になってただけだよ」
そう。
〈世界迷宮〉から魔物が溢れ出てきた〈迷宮暴走〉が弾き起こされた時。
その掃討作戦に参加した時。
その時俺たちは、ただみんなを守ることに必死になっていただけだ。
救えなかった命ももちろんある。
そこまで偉大なことをした、褒められるようなことをした、という実感はあまりなかった。
「あっ……! すみません、私はここで失礼します! では、団長のいらっしゃるテントはあの旗が立っているところですので!」
そう言って騎士は何処かへと消えていった。
それを見送って、ジンは俺に言った。
「どうだい、憧れの騎士になった気分は?」
「……あまりいいものじゃないな。さっきの騎士には申し訳ないけどね」
「そうだろうな。お前、そういうのあまり好きじゃないもんな」
ジンはそう言うと、思いっきり背伸びをしてこう言った。
「あっ、そうそう。団長は前から何も変わってないから。挨拶しに行くなら覚悟するんだな」
「……忠告どうも。だが、覚悟するのはジン、お前だけの話だろ」
「はて、そうだったかな。んじゃ、俺もここいらで失礼するよ。明日の作戦に備えなければならないからね」
それだけ言ってジンは去って行った。
一人残された俺は、騎士に言われた通り、旗の立っているテントへと向かった。
***
「久しぶりだな、デニス」
俺がテントの中に入ると、そこには以前と一切変わらない団長が座っていた。
〈アルテミス騎士団〉の団長——アルフレート・バルシュミーテ。
彼の伝説は数々あり、剣を払っただけでゴブリンの群れが死滅したとか、拳一つでドラゴンと殴り合ったとか、一見すると眉唾な伝説が残されている。
が……俺はその様子を見ていたこともあり、それが本当だと言うことを知っていた。
短く切り揃えられた黒髪、がっしりとした体躯、そして頬に刻まれた傷跡。
そのどれもが彼の無表情さによって恐ろしいもののように感じられる。
それがアルフレート・バルシュミーテという男の特徴だった。
「デニス、ようやく来たか」
「お待たせしました、団長」
「いや、作戦開始は明日だ。問題ない」
俺が軽く頭を下げると団長は短く端的にそう言った。
それからギョロリとこちらに視線を向けると、こう言った。
「腕は?」
「……鈍ってないと思います」
「そうか。なら良い」
俺の言葉に満足げに頷く団長。
ちなみに彼は別に無表情が好きなわけではない。
ただ感情表現が苦手なだけだ。
ちゃんと読み取れるようになると、案外感情豊かな男だということが分かる。
「……娘は息災か?」
「はい。おかげさまで」
「それは良い。子供は元気であることが一番だ」
彼は俺の回答に満足げに頷く。
「では下がって良いぞ。明日の作戦に備えて休息を取っておけ」
「はい。失礼しました」
俺はそう頭を下げてテントを退出した。
……明日の作戦。
明日、俺はもしかしたらレーアに会えるかもしれない。
10年ぶりに。
そう思うと、心の奥底で何かが燃え上がっていくのを感じ取るのだった。




