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転生して十年が経った。悪役令嬢の父になった。  作者: AteRa
第一章:再生の物語

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第21話 父はしっかりと見ている

「なあ……みんな待ってると思うんだが……」


 俺がディルクに剣の振り方を教えていると、ふと彼が不安そうにそう言った。


「ああ。待ってるかもな」

「じゃあ戻った方が……」

「何言ってるんだ? 今戻ったら何も見返せないだろ?」


 俺はそう言ってニッと笑う。

 その言葉に彼は一瞬目を見開いたが、すぐに口を尖らせた。


「確かに今の俺じゃあアリーゼに勝てないけどよ……」

「そうじゃない」

「そうじゃない?」

「ああ、そうじゃない。アリーゼではなく、ディルクのお父さんを見返せないと言ってるんだ」


 今度こそ彼はハッと目を見開いた。


「父上を……」

「ディルク。君はアリーゼと婚約をしたいんじゃなくて、父に認めてほしいんだろ?」

「……ああ。ああ、そうだ、そうだな」


 俺の言葉に彼は力強く頷いた。

 これだけ待たせたら、俺は間違いなく叱られるだろう。

 他の貴族たちにも、自分の娘にも。

 だが上等。

 俺はディルクのために叱られたって構わない。

 確かにさっき会ったばかりだし他人の子だ。

 そこまでする必要がないと言われればそうなのかもしれない。

 しかし、どうやら俺は、近くに助けられる子供がいるのなら、助けたいと思ってしまう質みたいだった。


「そうそう。いい感じになってきたじゃないか。上手いぞ~」


 そうして俺はもう日が暮れかける時間まで、ディルクに付き合って剣を教えた。

 もちろん、こんな短期間じゃ成長するはずもない。

 でも、教えられることは全部教えたし、後は彼の今後の努力次第だろう。


「そろそろ終わるか」

「……ありがとうございました」


 俺が言うと、ディルクはそう頭を下げた。

 俺はその頭の上に手を置いて、こう言う。


「いや、まだお礼を言うには早いよ。ほら、これから自分の父親を見返さないといけないんだからな」


 彼はその言葉に覚悟を決めた表情で頷くのだった。



   ***



 中庭に戻ると、そこではノンビリとしたお茶会が開かれていた。

 完全に俺たちを待って、待ちくたびれて、やることがなくなっていたらしい。

 城内で俺たちを捜し回る使用人たちとすれ違ったから、捜索は彼らに一任していたのだろう。

 俺たちが戻ると、ベルジェ公爵が近づいてきて言った。


「……ディルク、何をしていた?」


 それは叱るような、低い威圧的な声だった。

 公爵家当主の迫力は伊達ではなく、俺でさえも少しビビる。

 しかしディルクはそれに怯えず、言った。


「強くなってました」

「……何?」


 ディルクの言葉にベルジェ公爵は眉を寄せた。


「強く、なっていました」


 ディルクはもう一度、強調するように言った。


「……では、アリーゼ嬢に勝てるのか?」

「いえ……勝つのはアリーゼ嬢ではなく……父上、貴方です」


 そう言い切ったディルクに、ベルジェ公爵は目を見開いた。

 それから批難するような視線を俺に向けてくる。


「どういうことかね、バタイユ侯爵」

「そのままの意味ですよ。ディルクは父上にどうしても勝ちたいみたいです」


 俺の言葉に、ベルジェ公爵はポケットに手を突っ込んで少し考えていた。

 が、何を思ったのか、ポケットから手を出すとアリーゼが落としていた木剣を拾った。


「そうか。では、勝ってみせよ、ディルク」


 ディルクも持ってきた木剣を再度握りしめる。

 こうして突発的に、本日二度目の模擬戦が始まることになった。



   ***



「お父様。ディルク様が勝てるとは思えないのですが」


 模擬戦のため、俺が離れるとアリーゼが近寄ってきて言った。

 それに続いてジンも寄ってきて同じようなことを言う。


「俺も勝てるとは思えないな。流石に体格差もあるし、お前が教えたとは言えこの数時間じゃなぁ」

「問題は勝ち負けじゃないんだよ」


 俺が言うと二人は不思議そうに首を傾げた。

 それでも俺の視線はディルクたちに釘付けだった。


「父上。俺は勝つ気で挑みます」

「当然だ。公爵家として、負ける気で挑もうとすることは許されない」

「父上。違います」

「何? 何が違うというのだ」

「俺は、勝つ気で挑みます。だから――()()()()()()()()()()


 ディルクの言葉にベルジェ公爵は一瞬虚を突かれたように目を見開く。

 しかしすぐに口角を上げると言った。


「言うようになったな。では……本気でいくが構わないか?」

「はい、構いません」


 そうして再び俺が審判となり、コイントスを行う。

 クルクルとコインが宙を舞い、カツンと地面に落ちると――


 それでもディルクは動かなかった。

 様子を窺うように父親の動きをつぶさに眺めている。


「どうした? かかってこないのか?」


 挑発するようなベルジェ公爵の言葉。

 しかしディルクはそれでも警戒したまま動かなかった。


「ならば……こちらからいくまでッ!」


 ベルジェ公爵は地面を蹴り上げ、ディルクに一直線に向かっていく。

 流石に速い。

 だが……ディルクはそれを()()()()()()()()的確に躱した。

 この一瞬しかない。

 避けられて、隙が生まれたこの一瞬しかない。

 この数時間、俺はディルクに格上との対戦の妙を教え込んでいた。

 それは相手がこちらを侮っていることをどう上手く使うか、という考え方だ。

 避けられたベルジェ公爵はほんの一瞬、思考に間が生まれ、それが隙になる……はずだったのだが。

 その隙に差し込めるほどディルクは成長出来ていなかった。

 ディルクの横薙ぎは簡単にベルジェ公爵に避けられてしまった。


「……なるほど、そういうことか」


 そう言ってチラリとベルジェ公爵はこちらを見てくる。

 入れ知恵を入れたと思われたのだろう。

 まあ、それに関しては間違いない。

 ただ本番はこれからなのだ。


「はぁあああああああぁああああ!」


 ディルクは魔力を練り上げていく。

 過剰な魔力による身体強化は、身体を破裂させんばかりの痛みを伴う。

 だから普通は無意識にストッパーがかかるのだ。

 しかしディルクはそれを根性で押し込み、限界ギリギリまで魔力を供給していく。


「おっ、おい! ディルク、お前やめろ!」


 それを見た父は慌てたように制止の言葉をかける。

 が、ディルクはそれでも止まらなかった。


「父上。見てくれていますか? 俺は……俺は……こんなにも成長しているんですよ……!」


 ディルクの言葉にベルジェ公爵は眉を寄せる。


「何が言いたい?」

「父上。貴方は俺のことを見てくれていなかった」

「……そんなことはない。ちゃんと見ていたさ」

「じゃあ、父上。貴方は俺の今の身長を誰にも聞かずに言えますか?」


 そう聞かれ、ベルジェ公爵はハッと目を見開いた。


「俺の体重は? 俺は昨日の昼、何を食べましたか? 俺は何が好きで、何をすると喜ぶか、知っていますか?」


 ベルジェ公爵は答えなかった。

 ディルクの身体強化は限界を迎える。


「行きますよ、父上。貴方に、俺の力を、俺の存在を、思い知らせるためにッ!!」


 駆け出した。

 速い。

 ベルジェ公爵は辛うじて初撃を避ける。

 が、もう次の攻撃が彼に迫っていた。


 ――ガンッ!


 ベルジェ公爵はいとも簡単に攻撃を食らい、中庭の壁まで吹き飛ばされた。

 ガラガラと破壊された壁の破片が彼の頭上に降り注ぐ。


「……ははっ、勝った、勝ったんだ」


 ディルクは剣を落とし、乾いた笑いを上げる。

 ……後はベルジェ公爵、貴方の番ですよ。

 俺はディルクのその様子を眺めながら、心の中でそう呟いた。


 ベルジェ公爵は破片を押しのけて立ち上がった。


「父上! 俺は勝ちましたよ! どうですか、凄いでしょう! 父上に勝ったんですよ!」


 どこか苦しそうにしながらも喜ぶディルクに、ベルジェ公爵は黙って近づいた。

 そして何も言わずに、息子を抱きしめた。


「…………ッ!!! 父上!!??」


 いきなり抱きしめられたディルクは驚きの声を上げる。

 そんな息子に、父は強く抱きしめながらこう言った。


「すまなかった、ディルク。そこまで悩んでいるとは、思わなかったんだ」

「…………父上」

「俺は……もう何人も子供を作った。だが、みなそれぞれちゃんと愛を注いで育ててきたつもりだった」


 ベルジェ公爵は自分に語りかけるように、そう言葉を紡ぐ。


「しかし……どこかで慣れが生じていたのかもしれない。子供たちはみなそれぞれ違うのに、勝手にみな同じようなものだと決めつけていたのかもしれない」


 その言葉を聞いて、ディルクの表情が泣きそうなほどに歪んでいく。


「なあ、ディルク。俺は知っているぞ。お前がニシンのパイが好きで、海藻サラダが嫌いなこと。お前が案外単純で、褒められると素直に喜ぶし、叱られると素直にへこむということも、よく知っている。でも、年齢らしくない難しいことを考えようとしていることも、俺は知っているぞ」


 ディルクは、抱き抱えている父を両手で押しのけた。


「なっ、何でッ! 何で知ってるんだよ! お父さんは俺のこと、興味なかったんじゃなかったのかよ!?」

「興味ないわけないだろ。全部、聞いてたんだ、使用人たちから。お前のことを聞くのが、俺の楽しみだったからな」

「うるさいうるさいうるさい! お父さんは俺のこと、興味なかったはずなのに、全く興味なかったはずなのに……! どうして今さら、そんな、そんな……うっ、うわぁああああああああああああああああああああああああああああぁああん!!!」



 もう一度、父は息子を抱きしめた。


「すまなかったディルク。俺は……お前を愛している。息子として、今までも、これからも、愛している」

「わぁあああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああぁああああん!!!」


 ディルクは大声で泣き叫んだ。

 涙というものは、今まで溜まってきた負の感情を洗い流す行為だ。

 懺悔、罪悪感、辛さ、悲しさ、孤独感、そういったものを全て流し出す行為なのだ。

 これでもう、ディルクは大丈夫だろう。

 ちゃんと父の愛は伝わったはずだ。

 しばらく抱き合っていた二人だったが、唐突に父――いや、ベルジェ公爵はこちらを見ると言った。


「しかし……それとこれとは話は別だ。バタイユ侯爵。君とは後でじっくり話し合わなければならないようだ」


 ……あっ。

 このままハッピーエンドで終わるかと思ったんだが、そうもいかないようだ。

 はあ……と俺は思わずため息を零してしまうのだった。

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