第20話 父と息子、父と娘
ディルクを追いかけて城内を探し回ると、一つ小さく開いている扉を見かけた。
俺はその扉の隙間から中を覗き込む。
するとそこは武器庫で、ディルクは涙を堪えながら木剣を振るっていた。
俺は扉を開けて中に入る。
「……ッ!? な、何でここに……!」
「追いかけてきたんだよ」
「……何で追いかけてくるんだよ。放っておいてくれ」
そう言うディルクの傍に俺は寄っていく。
彼は剣を振るうのをやめると、諦めたように手に持っていた剣を置いた。
「アンタは……アリーゼの父だよな?」
「ああ」
俺は短く答えて頷く。
彼は拗ねたようにそっぽを向いてこう言った。
「俺を笑いに来たのかよ」
「違う」
「……じゃあ何で追いかけてきたんだ」
「決まっているだろう。心配だったんだよ」
心配。
その言葉を聞いてディルクは目を見開きこちらを向いた。
「それはどういう……?」
「どうもこうもないよ。負けて、泣きながら走って行ってしまったら、そりゃ心配するでしょ」
俺はそう言いながらディルクの傍に寄り、屈んで視線を合わせた。
「なあ、聞かせてくれないか? 何でアリーゼと決闘をしたのかを」
「……何でアンタなんかに」
「それは俺がアリーゼの父だからだ。今はまだ婚約していないけど、もしかしたら婚約して家族になるかもしれないだろ?」
その言葉に彼は目を見開いた。
それから少し視線を背けると少しずつ話し始めた。
「俺は……ベルジェ家の三男だ。長男は家を継ぐために学園に行っているし、次男は自由奔放に冒険者なんかをしている。そんな中、俺はいらない子として生まれた。おそらく父は女の子が欲しかったんだと思う。でも、俺は男として生まれてしまった。だから父は俺を婿に出そうと思って、婚約を探し回っているんだ。その中でも一番押してきたのが、アンタたちバタイユ家だ。だから俺は父に喜んでもらえるように、家に貢献できるように、バタイユ家に婿にいかなきゃいけなかった。でも、それはアンタたちに断られてしまった。だから……決闘をして、強い男だと認めさせて、婿としてもらってもらうしかなかった。……まあ、それも今では無理な話になってしまったけどな」
ディルクは諦めたような口調でそう言う。
その表情はもう何もかもがどうでも良くなってしまったような表情だった。
「……君のお父さんはいらない子だなんて思ってないと思うけどな」
「じゃあ何で俺を婿に出そうとする? いるんだったらずっと家に置いておけばいいじゃないか」
声を荒らげるでもない、雑な物言いで彼はそう想いを告げた。
しかし……俺はやっぱりそうじゃないと思う。
彼とは深く話をしたわけじゃないし、この家の事情はよく分からない。
だが手紙から伝わってくる婚約への熱量は、ちゃんと理解しているつもりだった。
彼は本気でディルクとアリーゼを婚約させようとしている。
それは何故か。
「……ディルク」
「なんだよ」
俺が名前を呼ぶと、彼は不貞腐れたようにそう言った。
「君は父から直接いらないって言われたのか?」
「……言われてないけど」
「じゃあ、何で婿に出そうとしていると思う?」
「それは俺が家では邪魔者で、とっとと何処かにやってしまおうと……」
「それだったら道端に放り出せば良いじゃないか」
そう言うと彼は目を見開いてこちらを見た。
しかしすぐにまたさっきと同じような表情に戻って、言った。
「それは俺が貴族の息子だから出来ないんだろ」
「どうして貴族の息子だと出来ないんだい?」
「それは……」
言いよどむ彼に、俺は諭すように話を続けた。
「いいかい、ディルク。俺は赤の他人で、君や君の父の本当の気持ちを知ることは出来ないし、それを伝えてあげることも、もちろん出来ない。だが、分かることがいくつかある。それはまず、君が父親に認めてもらいたがっている、ということ。そして父は君を大切に思っている、ということだ」
俺の言葉を彼は黙って聞いている。
「それで、君が今できることは何だ。強くなること。そしてアリーゼに認めてもらって、婚約をもぎ取り、父にその頑張りを認めてもらうこと、だと思うんだが、違うか?」
彼は俺の目を真っ直ぐ見て、言った。
「違わない」
「じゃあ、強くなりたいかい?」
「なりたい」
ディルクは力強く頷いた。
俺はそんな彼の頭を軽く撫でて、立ち上がると、こう言った。
「よしっ! それじゃあ特訓、するか!」
「今から……?」
「今からに決まってるだろ。何のための武器庫なんだよ」
***
「アリーゼ様、格好よかったですわ!」
「とてもお強いのですね!」
父デニスがディルクを追いかけていってしまった後、残されたアリーゼは同年代の少女たちに囲まれていた。
「そ、そんなことないです……」
「いえいえ、そんなことありますわよ!」
「謙遜もお上手なんですね!」
「どうしてそんなにお強いのですか?」
少女たちにそう尋ねられ、アリーゼは恥ずかしいやら気まずいやらで半歩後ろに下がりながらもそれに答えた。
「いつもお父様に特訓してもらってて」
そう言うと何故か少女たちはきゃあっと叫び声を上げる。
「確かにアリーゼ様のお父様、強くて優しそうですものね!」
「あんなお方に教われるなんてアリーゼ様がとても羨ましいですわ!」
父を褒められて満更でもないアリーゼ。
さっきまでは引いていたが、徐々に心を許し始めている。
そんな時、少女のうちの一人がこうポツリと言った。
「アリーゼ様はお父様にとても愛されていらっしゃるのですね」
……愛されている。
父からは愛していると、ちゃんとその言葉を貰ったことはないが、その感情はしっかりと伝わってきていた。
しかし少女たちからそのことを言葉にされて、ボンヤリとしていた感覚がハッキリとした自覚に変わった。
そうか、自分は父に愛されてるんだ。
すれ違い、拗ねて家出してしまったこともあったけど、やっぱり父は自分を助けに現れてくれた。
愛されている。
他人からそう見えていて、そう言われたことが、アリーゼは何だかとても嬉しいことのように思えるのだった。




