第2話 コミュニケーションって大事だね
仕事を全力で終わらせたり軽く昼食を食べたりしていたら、すぐに午後になった。
俺はアリーゼよりも早く庭に来れるように、昼食すらも大慌てで食べた。
ここで俺がアリーゼよりも遅く庭に行ったら、彼女に不安な時間を与えてしまうかもしれない。
少し考えすぎかもしれないが、それは良くないと思ったのだ。
俺は庭に出て、メイドたちに机の準備をしてもらってから、そこで残りの仕事を軽くこなしながらアリーゼを待った。
しばらくすると彼女はメイドに連れられて庭にやってくる。
「お父さま!」
彼女は俺に気が付き、トテトテと芝生の上を駆け寄ってくる。
俺は立ち上がって全力で駆け寄ってくるアリーゼの体を受け止めた。
「お父さま! すみません、お待たせしてしまって!」
「いいや、待ってないよ。アリーゼと遊べるのが楽しみだったからね」
そう言うと彼女は興奮したように頬を上気させ、上擦った声でこう言った。
「ほんとうですか、お父さま! わたし、とってもうれしいです!」
「ああ、もちろん本当だとも。アリーゼは俺の大事な娘なのだからね」
俺の言葉にアリーゼはあからさまに上機嫌だ。
そんな彼女が最高に可愛くて愛おしい。
そう思うと同時に、やっぱり彼女のことは死なせたくないと心の底から強く思う。
「で、何して遊びたい?」
「んー、なにがいいのでしょう……?」
そう考え込むアリーゼ。
俺はすぐに助言したくなったが、何とかその気持ちを抑え込む。
ここでこちらから提案してしまうと、彼女の想像力を損なうことになると考えたからだ。
自分のやりたい遊びを自分で考えるということは、将来、自分で物事を考える時にとても役に立つ経験になると俺は信じている。
アリーゼはしばらく考えていて、何か思いついたのか、彼女は俺の手を引いて武器庫まで向かった。
「ここで何をするんだい?」
俺が尋ねると、アリーゼはこう言った。
「わたし、お父さまみたいに強くなりたい!」
それを聞いた時、俺は思わず感激してしまった。
確かに俺は毎朝庭で素振りをするというのが、転生直後からのルーティンだった。
おかげで今も肉体の衰えはないし、元気に仕事もできている。
アリーゼはその様子をちゃんと見てみて、それで俺に憧れてくれたということになる。
このことがどれほど俺にとって嬉しいことだったか。
自分の娘がちゃんと自分のことを見ていてくれて、憧れてくれている。
思わず涙が出てきそうだった。
しかしまだここで泣くわけにはいかない。
そう思いつつも、俺は感動をまったく抑えきれなかった。
「おっ、お父さま!? なんで泣いているんですか!?」
俺の様子にアリーゼはびっくりしたような声を出した。
俺はそんな彼女を抱きかかえて、頬擦りしながら涙声でこう言った。
「ありがとう、アリーゼ。本当にありがとう」
「……どうしたんですか、お父さま? かなしいことでもありましたか?」
「俺は、アリーゼが俺のことをちゃんと見ていてくれたのが、とても嬉しいんだよ。嬉しくて、泣いてるんだ」
俺が言うと、彼女は小さな手を伸ばしてきて、俺の頭を撫でてくれた。
……妻がいなくなってから、3年が経つ。
俺は一人で心細かったのかもしれない。
したことのない子育てに、自分の子供を守るという重大な責任。
上手く育つのかな、今後もアリーゼを育てきれるのかなという不安が、ずっと付きまとっていたのかもしれない。
だから俺は、必死に仕事を頑張って、お金を貯めて、アリーゼが将来に不安を抱えないようにしようとしていた。
でも、それだけじゃいけなかったんだ。
やっぱりちゃんと、コミュニケーションを取るということは、とても重要なんだ。
彼女は今もなお、こうして立派に育っているではないか。
優しい子に育てたい、強い子に育って欲しい、って思ったのも、結局俺が彼女のことを何も分かっていなかったからだ。
もうちゃんと、優しくて、強い子に育とうとしているじゃないか。
アリーゼはこのままで良いんだ。
そんなことを、なんとなく思った。
「よしっ!」
俺はアリーゼを下ろし、自分の涙を拭いて、言った。
「じゃあ、一緒に特訓、するか!」
「はい、お父さま! わたしに剣を教えてください!」
俺は短刀の木剣をアリーゼに手渡すと、俺も自分の素振り用の木剣を手に庭に戻るのだった。