第19話 最悪の初対面
「おい、アリーゼ・バタイユはいるか!?」
ベルジェ公爵家の長男、ディルクはみんなの前でそう名指しする。
それを聞いた周囲の人たちはキョロキョロと辺りを見渡した。
アリーゼはそれを聞いて一瞬目を見開くが、すぐにキッと壇上を睨みつけると一歩前に出た。
「ここにいますけど?」
完全に怒っている声だった。
しかしディルクはそのことにも気がついていない様子で、壇上から下りてきてアリーゼの前まで来た。
そして彼女の前で仁王立ちをすると、ビシッと指を差して言った。
「お前、自分より強いヤツとは婚約しないようだな?」
「ええ、当然です。私を守れないような殿方と婚約したって、意味ないと思いませんか?」
不遜にもそう言うアリーゼに、俺の肝は少しばかり冷える。
が、止めたりはしない。
これは彼女の問題なのだ。
もちろんいざとなったら助け船は出すが、それ以上の介入は過保護になってしまうだろう。
この問題は彼女のやりたいようにやらせるのが、何より自立に役立つと俺は信じている。
「それはそうだ。その考え方には、俺も同意する」
アリーゼの言葉にディルクはそう頷いた。
「そうでしょう? だったら諦め――「いや、諦めるつもりはない」
ディルクはアリーゼの言葉に被せるように首を横に振った。
言葉を遮られ、アリーゼはあからさまに不機嫌になる。
「……だったらどうするというのですか?」
「決まっているだろう? 俺と決闘をしろ。そこで強いことを証明してやる」
***
お披露目会は一時中断となり、ベルジェ城の中庭にみんなで来ていた。
俺らの中心には子供用の木剣を手に持ったディルクとアリーゼが素振りをして調子を確かめている。
しばらく二人は身体を慣らしていた。
が、唐突に慣らしを終えたディルクがキッと木剣の切っ先をアリーゼに向けた。
「もう始めるぞ」
「ええ、大丈夫です」
覚悟を決めた表情のディルクと、まだ不機嫌そうなアリーゼ。
ぱっと見ではディルクの方が優勢そうだが……。
審判を頼まれていた俺は、そう分析しながらも試合開始のためのコイントスを行った。
指でコインを弾き、クルクルと宙に舞う。
それがゆっくりと地面に落ちていき、石畳の床にカツン、と当たると――
「――ハッ!」
ディルクが早速アリーゼに仕掛けた。
子供らしい素早さをもってアリーゼに襲いかかる。
両手で剣を持ち、右下から左上へ、砲丸投げのような要領で剣を振るう。
しかしアリーゼはそれを半歩引いただけで避けた。
ディルクは遠心力を生かすために重心を後ろに引いており、振り切った後、右足を後ろにずらしてバランスを取る。
その微かな隙を見逃すアリーゼではなかった。
魔力を自分の足に集中させ、駆け出すとともに、剣を頭上に振りかざした。
「やぁっ!」
そしてディルクに向かって振り下ろす。
だが彼は魔力を自分の両腕に集中させると、返す刃でそれを迎え撃った。
根元に近い、鍔の部分がぶつかり合い、一瞬拮抗する。
が、単純な腕力ではディルクの方に軍配が上がる。
アリーゼは弾き返され、試合は仕切り直しとなった。
互いに剣を構えながら対峙する。
「……なかなかやりますね」
「そっちこそ。もう少し圧倒的な力で分からせるつもりだったんだけどな」
警戒しながらもそう会話をする二人。
しかし俺はそれを見ながら思っていた。
……まだ、アリーゼは本気を出していない。
それに対してディルクは既に肩で息をしていて、全力で戦っているのが分かった。
彼もそれに気がついているのか、次で決めにかかるつもりらしい。
持てる魔力を全て身体強化に注ぎ込んで、腰をひねり、剣を縦に構えた。
「次で決める」
「決まらないと思います」
「……ッ! ハァッ!」
アリーゼの言葉を発端に、ディルクは駆け出した。
今回は先ほどのような大技ではなく、取り回しのしやすい軽い技を使うみたいだ。
左足に体重を移し、右から左へと腰をひねるように剣を振るう。
アリーゼはそれを冷静に見切ると、彼の右側に回り込むように《《前進した》》。
「――なっ!?」
その意表を突く行動にディルクは反応できない。
振り切られた彼の剣は完全に空振りをし、もう既にディルクの背後に回り込んでいるアリーゼは攻撃の準備が整っていた。
ーーガツンッ!
アリーゼの雑に振った剣がディルクの横っ腹に当たり、彼はゴロゴロと中庭を横切るように吹っ飛ばされた。
「アリーゼの勝利!」
俺はそう宣言する。
やっぱり、その圧倒的戦闘的な直感力、しなやかで的確な動きを再現する身体、敵が迫ってきても落ち着いている胆力など、彼女の戦いにおけるセンスはレーアの遺伝子を受け継いで抜群に高かった。
と、ディルクは大丈夫だろうか。
俺は彼に回復魔法をかけてやろうと近づこうとして――
「……ぐっ、ふぐぅっ、うううっ」
涙を堪えるように泣いていた。
そのことに俺は驚いてしまった。
そこまでしてアリーゼと婚約したかったのか……?
いやでも、二人は今日が初対面だ。
一体何故……?
そう思っていると、彼は跳び上がるように起き上がり、涙を拭きながらどこかに走り去ってしまった。
それをベルジェ公爵は黙って見つめている。
……このまま放置しておくつもりなのか?
それでいいのか?
俺は迷った挙げ句、ディルクを追いかけるべく走り出すのだった。




