第18話 父と母の昔のはなし
俺たちはメイドに案内されるまま広間まで向かった。
そこにはすでにたくさんの貴族たちが来ている。
俺たちのように子連れできているのも数人いた。
しかし、彼らが連れてきているのがみな女子であることを考えると、おそらく婚約者として公爵家に売り込みに来たのだろう。
俺は広間に入り、そんな風に眺めていると、とある男がやってきて話しかけてきた。
「よぉ。今日はアリーゼちゃんも一緒か」
ジン・アダン。
俺の元同級生であり、数少ない友人の一人だ。
彼はジロジロと無遠慮にアリーゼを見ると、顎を指先で擦りながら言った。
「ふむ……近くで見てみると、やはり両親によく似て美人になりそうだな」
「そりゃそうだ。俺はともかく、レーアの子なんだぞ」
「……お前だって顔立ちはずば抜けて整ってるはずなんだがな」
ジンはボソリとそう言ったが触れないでおく。
触れれば触れるだけ、火傷を負うことは間違いないからな。
元々この身体は俺のものでもないし、そう言った反応には困ってしまうのだ。
「あの……レーアってもしかして私のお母様のことでしょうか?」
俺の言葉をちゃんと聞いていたのか、アリーゼはそう尋ねてきた。
別に隠すことでもないのだが、なんて答えたら良いか迷ってしまう。
俺が言葉に詰まっていると、ジンが代わりにアリーゼの質問に答えた。
「ああ。コイツの妻で、アリーゼのお母さんは、レーアって名前の人だったんだ」
「……そうだったんですね」
ジンの言葉にアリーゼはそれだけ返して、考え込んでしまった。
しばらく無言の時間が続く。
しかしアリーゼ自身がその沈黙を破った。
「あの……私のお母様は、どんな人だったんでしょうか?」
俺はその問いに、少しだけ顔が歪みそうになるのを感じた。
何とか堪えたが、危なかった。
もう少しでアリーゼに嫌な思いをさせてしまうところだった。
しかし、アリーゼの言葉を聞いたジンから非難の視線が飛んでくる。
確かに俺はアリーゼに母の話をあまりしていない。
でもそれは意図的じゃないんだ。
わざとだとか、理由があってだとか、そんなものではないのだ。
ただ単純に、自分の中でレーアのことを受け入れられていないだけなのだ。
俺が再び答えあぐねていると、ジンがそれに代わって再び話し始めた。
「レーアはな、何でコイツとくっついたんだろうってくらい才能に溢れてて、気高くて、平等で、とにかく元気な人だった」
その説明にアリーゼはちょっとだけムッとする。
「お父様も才能に溢れてて気高くて、素晴らしい人です」
「……ああ、すまないすまない。軽い冗談だよ。もちろん俺はお似合いだと思ってたぜ?」
そう言うジンに俺は心の中で嘘つけと思った。
絶対にそんなこと思ってない。
しかしそうやって相手の気持ちを汲めるようになったのは、コイツの成長か。
ジンは昔からデリカシーが全くなかったからな。
「で、レーアはとにかく真面目だった。勉強勉強、訓練訓練。いつも不真面目な俺たちにつっかかって来てたんだ」
「そうだったんですね……」
そのジンの言葉を聞いて、俺はふとアリーゼの性格がレーアに似ていることに気がついた。
そして、そのことにすら気がつかなかった自分に驚いてしまった。
――俺はやはりレーアのことを、段々と忘れていってしまっている。
そのことに改めて気がついて、少し悲しくなった。
「でだ。真面目なレーアと不真面目な俺たちはよく喧嘩をした」
「お父様も不真面目だったんですか……?」
「ああ。今では考えられないかもしれないが、コイツは昔は相当雑で適当な人間だったんだぞ」
「……それは昔の話だ」
「それも知ってる。お前、この子が生まれてからかなり変わったもんな」
ジンの言葉に何故か恥ずかしくなって、俺は少し視線を逸らした。
昔からの友人に変わったなんて言われるのは、やっぱり何処かこそばゆい。
「それでは……何故お父様とお母様はくっついたんですか?」
「くくくっ、それ、聞いちゃうか?」
「おっ、おい、やめろ、ジン。恥ずかしいから言うんじゃないぞ、絶対」
「いやぁ、アリーゼちゃんがどうしても聞きたいなら、俺は言ってしまうかもなぁ」
くそっ。
自分の娘に色恋沙汰を聞かれるなんて、メチャクチャ恥ずかしい。
しかしアリーゼは気になるようで、目を輝かせてジンに言った。
「お願いします! 教えてください!」
「そこまで頼まれたら、仕方がないなぁ……! ま、言うても別に単純な話でさ、学園の演習の時に二人で森の中に取り残されて、色々なピンチを乗り越えていくうちに恋心が芽生えちゃったって感じだな。いわゆる吊り橋効果ってヤツだ」
ああ、良かった、説明が雑で。
もっと詳細に話されてたら恥ずかしさで死ぬところだった。
まあ、最も、ジンが手加減してくれただけなような気もするけど。
「な、なるほど……?」
まだ幼いアリーゼにはそれで何で恋心が芽生えるのかが分からないのだろう。
うん、今は知らなくて宜しい。
そんな会話をしながら開会を待っていたら、ようやく準備が整ったのか、壇上にベルジェ公爵が上がり話を始めた。
「皆は既に知っていると思うが、私はベルジェ公爵である。この度は私の息子、ディルク・ベルジェが5歳の誕生日を迎えたということで、晴れてお披露目会を開くことになった。参加してくれた皆には、感謝の意を伝えよう」
そう言って開会の挨拶を始めるベルジェ公爵。
その後は俺の時と同じような流れで音楽が流れ始め、ディルクが登場する。
彼は正しくゲームのメインキャラに相応しい、燦然とした美少年だった。
公爵家長男という自負と誇りによって彼は胸を高々と張っていた。
物怖じしない表情、優雅さと気品を湛えた仕草などは、まさしく格の違いを思い知らされる。
俺はこの時まで、そう思っていたのだが……。
「おい、アリーゼ・バタイユはいるか!?」
どいうわけか、いきなりそうウチの娘を名指しするのだった。




