第16話 日常が戻ってきた
それから数週間が経ち、いつもの日常が戻ってきた。
俺とアリーゼの関係も今まで通りに戻り……というより、今までよりももっと深い関係になれたと思う。
それは彼女の態度を見ていれば一目瞭然だった。
「お父様♪ お父様♪」
「どうしたんだい?」
「ふふっ、なんでもありません! ただ呼んでみただけです!」
アリーゼは現在、俺の膝上に座り、足をぷらぷらさせながらとても上機嫌だった。
今は午後で、いつもと同じくアリーゼと遊ぶ時間だ。
ついこの間までのアリーゼはもう少し大人びていたようにも感じたが……それは距離があっただけなのかもしれない。
俺に認められようと、俺に愛されようと、大人びた性格を演じていたのかもしれないと、俺はそんなことを思った。
こうして甘えてくれるのは、俺としてはとても嬉しい。
……が、余計にファザコンになってしまったような気もして、彼女の将来の結婚生活が少し不安になる。
と、そこに一人の少年が歩み寄ってきた。
「おい、アリーゼ。お前、性格変わりすぎだろ」
「……カイ。貴方は私とお父様との仲を引き裂くつもりですか? そうであれば容赦しませんよ?」
その少年は、孤児院にいた少年カイだった。
そう。
あれからあの孤児院の子供たちは俺が全て引き取った。
金銭的には全く問題ないし、ウチの部屋もたくさん余っていたから、使用人という形で引き取ったのだ。
ちなみにカイはセバスにゴリゴリに扱かれている。
セバスの扱きは俺も体験したから分かるけど、メチャクチャ厳しく大変そうだ。
他の子供たちはメイドやら料理人やらの修行をしている。
大人になって、ウチから巣立とうとしてもやっていけるように、手に職をつけさせるのが目的だ。
でもみんな、美味しいものを食べられて、雨漏れしない部屋に住めるだけで幸せだと、そう言っていた。
アリーゼの言葉に、カイは引き攣ったような笑みを浮かべる。
「お前……やっぱり変わったよな」
俺はそんな二人から視線を逸らし、目の前に広がっている庭を見る。
そこでは子供たちが生き生きと楽しそうに遊び回っていた。
そんな子供たちを初老のシスターのエラさんが温かい目で見守っている。
エラさんも、子供たちの管理としつけのために、俺が直々にスカウトして雇ったのだった。
そんな風に他に気を取られていると、アリーゼは背中を預けてきて、後頭部を俺の胸にグリグリと押しつけてきた。
俺が下を向くと、アリーゼは俺の方を見上げながらムスッとしていた。
「……むぅ。もっと私のことだけを見ていてください」
「すまんすまん」
「ふふっ、大丈夫です。謝ってもらえたので、それで」
そう言って彼女は再び上機嫌になった。
もしかしたらアリーゼは魔性の女になってしまうのではないかと、ふとそんな心配を俺はしてしまうのだった。
***
手紙が来た。
ベルジェ公爵からだ。
『来月、ウチの息子の披露宴が行われるから、娘とともに出席するように』
要約するとそんな内容の手紙だった。
本当はもっと硬い文章だったが。
ちなみに書かれている文章的に出席しないという選択肢はなさそうだ。
言葉の裏からは絶対に出席するようにという意思がビンビンに伝わってきている。
これで断ろうもんなら、以前の借りの話を持ち出されるだろう。
俺は了承の手紙を送り返して、これからどうするか考える。
まずはアリーゼにベルジェ公爵の息子、ディルク・ベルジェとの婚約の話を切り出さないと。
そして、彼女がどうしたいかによって、俺は行動を変えなければならない。
……とにかく、アリーゼにこのことを伝えないと始まらないな。
そう思いながら、俺は昼まで仕事を懸命にこなすのだった。
「……婚約、ですか?」
「ああ。以前も少し話したと思うが、ベルジェ公爵から婚約の打診が来ていてね」
それを聞いたアリーゼはムムムッと腕を組んで何かを考え始めた。
何を考えているかは分からない。
が、何となくどうすれば回避できるかを考えているようにも思えた。
「――その、婚約する相手が私よりも強くなければ、婚約するつもりはありません」
「……え? 強く?」
アリーゼの言葉に俺は虚を突かれたようにキョトンとしてしまった。
「そうです。私よりも強い男性でないと、婚約するつもりはありません」
しかし、そうは言うが、彼女は俺とずっと一緒に稽古をしてきたのだ。
そんじょそこらの子供が勝てるとは思えない。
完全に婚約を諦めさせる方便だというのが分かった。
でも、確かに、自分より弱い相手を婿に貰うというのも、おかしな話なのかもしれない。
一応理屈はちゃんと通っているし、これだったらこちらが悪いと思わせずに断ることができる。
……やばい、アリーゼが完全に悪知恵をつけ始めた。
俺は娘の成長に、思わず頬が引き攣るのを感じるのだった。




