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転生して十年が経った。悪役令嬢の父になった。  作者: AteRa
第一章:再生の物語

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第14話 父

「ああもう……! 何処に行ったんだ、アリーゼは!」


 思わず俺は焦りでそう声を荒らげてしまった。

 街を駆け回り、アリーゼを探し回っているのだが、一向に見つかる気配がない。

 子供の足とは言え、失踪してから随分時間が経っている。

 門番がいるから街の外に出るのは不可能だろうが、街の中であれば何処へだって行ける時間はある。

 虱潰しに探していくしかなかった。


 そこでふと、俺は周囲の光景が視界に入ってきた。

 今までは必死すぎて周りが見えていなかった。

 だが、息を切らし、足を止めたことによって、一気に周囲の様子が認知できた。


「ここは……昨日、アリーゼと一緒に来たところだ……」


 この場所で俺はアリーゼを怒り、彼女は家から出ていってしまったのだ。

 そういえばあのスラムの少年はどうしているだろうか。

 孤児院に戻ると言っていたが、おそらくそれはスラムの教会に隣接した孤児院だろう。


「……もしかして、アリーゼ、孤児院まで行ったりしてないよな?」


 いや、あり得る。

 孤児院の人たちが悪い人だとは思わないが、あの場所はスラム街だ。

 たくさんの闇がひしめき合っている。

 そんな場所にアリーゼが行ってしまったかもしれない、ということは、即ち危険だということを示していた。


「行ってみよう」


 何時間も走り続けた疲れでガクガクする足を奮い立たせ、俺はスラム街に向かって走り出した。



   ***



 アリーゼは突然入ってきた男たちの台詞を聞いて、自分のせいだと思った。

 自分があの大人二人を倒してしまったから、自分がここに来たから、みんなを危険に晒してしまっている。


 怖かった。

 恐怖で足が竦んだ。


 あの時は運が良かったということは、アリーゼ自身が一番よく分かっていた。

 大人たちが油断してくれていたから倒せたのだ。

 今の、警戒している大人たち相手に立ち回れるわけがない。


 それに、もう人を殺したいとは思えなかった。

 人を殺すことに対する忌避感は、いまだ拭えていなかった。


 でも、この場所はとても温かくて、居心地が良くて――


 アリーゼにとって、大切にしたいと思える場所だった。


 だから。

 一歩、足が前に出た。


 まだ足は震えている。

 力が入らない。

 でも、もう一歩と、前に出た。


「アリーゼちゃん!?」


 前へ進もうとするアリーゼに、シスターは悲痛な声を上げた。

 それでも彼女はもう一歩と前に出る。


「……私です。男二人を殺したのは、私です。だから……どうかこの場所だけは襲わないでください……」


 言った。

 言えた。

 自分の命が危険に晒されることはよく分かっていた。

 でも、命を引き換えにまで守りたいものがある、ということをアリーゼはついさっき知った。


「ハッ! こんなガキがねぇ……。アイツらもこんなガキに殺されるたぁ、ドジ踏んだもんだぜ」

「本当だな。ま、とりあえずコイツは殺って、その後、この孤児院は燃やしてしまうか」

「ソイツは良い。コイツらが泣き叫んでるところを見るってのも、なかなか面白そうだからなァ」


 その言葉を聞いて、アリーゼの思考は停止した。


「なん、で……。何で、燃やすなんて……」


 意味が分からなかった。

 復讐のためにやってきたのではなかったのか。

 仲間が死んだ仇を取りに来ただけではなかったのか。

 状況が飲み込めないアリーゼに、男たちは嘲笑を浴びせた。


「おいおい、コイツもしや俺たちが仲間の仇をとりに来たと思ってンじゃないだろうな?」

「いや、多分きっとそうだぜ。仲間が死んだところで、俺たちは何も悲しまねぇってのにな」


 そう言い切れる彼らの感情がよく分からなかった。

 でも、彼らは自分とは全く理解し得ない相手だというのは分かった。

 そして、理解し得ない相手がこの世にはいるということも、知った。


 そんな時だった。


「おい、待てよ。お前たちの仲間を殺したのは俺だぜ? コイツは倒しただけ。トドメを刺したのは、俺」


 カイが、アリーゼを守ろうと前に出てきた。

 そのことにアリーゼは目を見開く。

 いくら謝ったとは言え、昨日、とてもヒドいことを彼に言ってしまったのだ。

 なのに何故、彼は自分を守ろうと立ちはだかってくれるのか、分からない。

 外に出て、分からないことだらけだと、アリーゼは思った。


「そうかい。まあどっちでもいいけど――よっ!」


 そう言いながら、男の一人は足を振り上げて、前蹴りをした。

 それはカイに直撃する。


「ギャハハッ! おいおい、クソほど吹っ飛んでいっちまったぜ!」

「ありゃ肋骨の何本かは折れてそうだなァ」

「って、ん? 何だ、このパンは。安っぽいパンだなァ、おい」


 カイが一生懸命働いて、手に入れたパン。

 みんなのために、貰ってきたパン。

 大事なものなのだ。

 アリーゼは、そのことを、今日の一日で身に染みるほど理解した。


 そのパンを、大人たちは、汚い靴底でグリグリと――


 グリグリと――


「ギャハハ! もうこんなんなったら食えねぇよなァ!」

「うっわ、マズそー」


 グリグリ――


「汚ぇパン」

「何、こんな小せぇパンを後生大事に抱えてたんだか」

「俺たちは、もっと大きな金を手に入れて、ドデカいことをすンだからよォ、こんなもんもこうしてやる」


 グリグリグリグリ――


「許さない。絶対に、許さない」


 アリーゼは義憤に燃えていた。

 絶対にこの大人たちを許さないと思った。


「おいおい、コイツ、やる気だぜ?」

「馬鹿じゃねぇの? 俺たちに勝てるわけないだろ」


 そう馬鹿にするような声が聞こえてくる。

 だが、知ったことか。

 どんなに足掻いても、死にかけたって、絶対にコイツらだけは許さない。


 駆け出した。

 もう足の震えはなかった。

 恐怖は感じていなかった。


 狙うはまたもや腰の短剣。

 身体は自在に動き、最短距離で短剣に手を伸ば――


 ガンッ!!


 強い衝撃がアリーゼを襲った。

 ゴロゴロとアリーゼは地べたを転がる。

 同時にパリンと胸元のペンダントが割れた。


 ……あれ?


 痛い。

 痛い痛い痛い。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!


 彼女は今まで、強い痛みというのを感じたことがなかった。

 訓練でも父はアリーゼを思って手加減をしていたのだ。

 その容赦ない蹴りは、アリーゼを一瞬で恐怖と絶望のどん底に陥れた。


「何がしたかったんだ、コイツ?」

「さあ? ただ、本当に馬鹿だってことだけはよく分かるな」

「アリーゼちゃん! アリーゼちゃん!」


 色々な声が聞こえる。

 しかしそれらの声はどこか遠くから聞こえてきた。

 意識が朦朧とする。

 立ち上がりたいのに、立ち上がれない。


 このままじゃ……カイが、シスターが、孤児院が、みんなが……。


 駄目だ。

 立ち上がれない。

 立ち上がって。

 お願い、立ち上がって。


 何で、何で出来ないの。

 こんな簡単なことなのに。

 誰だって出来ることのはずなのに……。


 男たちが近づいてくる。


 ああ……もうお終いなのかな。

 私、死んじゃうのかな……。

 ごめんなさい、お父様、直接謝ることも出来なくて、ごめんなさい……。


『いつ何があっても後悔しないように』


 さっき、シスターはそう言っていた。

 その『いつ』が、こんなに早く来るとは思わなかった。


 ……ああ、最後にお父様の笑顔だけでも、見たかったな。


「おい」


 声が聞こえた。

 聞きなじみのある声だ。

 でも、今日のこの声は、とても怒りに燃えているように感じた。


「お前たち。誰の娘に手を出してると思ってるんだ。 ああ?」


 アリーゼは、嬉しかった。

 その言葉が、とても嬉しかった。

 顔を上げた。

 孤児院の入り口に、逆光を浴びて、一人、立っている男が居た。


「お……父、様……」

「ごめんな、アリーゼ。俺は、父親失格かもしれない。でもな……だからといって、俺の娘に手を出したヤツを、許すつもりは一切ないからな」

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