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第11話 自分の心もよく分からない

 アリーゼは自分が何でこんな感情になっているのか、よく分からなかった。

 ただ、無性に悲しくて、辛くて、どうしようもなく逃げ出したい気分だった。


(私が消えたと分かったら、お父様は探しに来てくれるでしょうか)


 彼女は明け方の、まだ薄暗い街の裏路地を駆けながらそんなことを心の中で思う。

 ……孤独を感じるのは、三歳の頃、父が遊ばないかと声をかけてくれた日以来だった。

 逃げて、逃げて、逃げて。

 アリーゼはふと、父の悲しむ顔が思い浮かんだ。

 それは彼女の胸を強く締め付けるとともに、どことなく幸福感をもたらした。


 何でこんな気持ちになるのか。

 どうしてこんなことをしてしまうのか。

 やっぱりどれだけ考えても分からない。

 それでもこの衝動は抑えきれなかったのだ。


「はあ……はあ……」


 走り疲れた。

 膝に手をついて息を整える。

 ここは何処だろう……?

 辺りを見渡すと、見知らぬ場所まで来てしまっていた。


 そこでようやくアリーゼは、自分が取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと不安に晒された。


 帰れるだろうか?

 どうやって?

 そもそもここがどこだか分からないのに?


「お父様……」


 アリーゼは小さく呟く。

 その声に反応するように、背後から足音が聞こえてきた。

 父が私を見つけてくれたんだ!

 そう思って、勢いよく振り返って、そして――


「おい。何だこの身なりの良いガキは?」

「さあ? しかしこんな早朝にガキ一人たぁ、親のしつけがなってないんじゃないか?」


 そこでは顔に傷がある、恐ろしい大人が二人、こちらを見下げていた。

 サッとアリーゼの顔は青く染まる。

 以前、父から聞いた言葉を思い出したのだ。


『その、侯爵家の長女というのは、とっても美味しいものかもしれない、と思って連れ去ろうとする人も中にはいるんだ』


 食べられる。

 アリーゼはそう思った。


「たっ、食べないで……」


 恐怖に震えながら、アリーゼはそう懇願する。

 そんな彼女を見て、大人二人は嘲笑を浮かべた。


「おいおい、コイツ、俺たちが食っちまうと思ってやがるぜ」

「コイツの親はどんな教育をしてンだ? 可哀想に、馬鹿な親に育てられて」


 その時、その言葉を聞いた時、アリーゼの恐怖は一変した。

 馬鹿な親に育てられて。

 その言葉はアリーゼの怒りを沸々と煮立たせる。

 馬鹿な親……違う、馬鹿なのは私、お父様は馬鹿じゃない。


「おっ? コイツ、いきなり顔つきが変わったぞ?」

「止めときって。怪我するだけだぞ。大人しく捕まっておけば、痛い思いなんてしなくて済むのによォ」


 ヘラヘラと、大人たちは調子よさそうにそう言う。

 彼らの頭の中は、今はもう大金と美味しいご飯のことで埋め尽くされていた。

 しかし。

 アリーゼは毎日、デニスと特訓をしてきているのだ。

 チラリと大人たちの腰に帯刀されている一本の短剣を盗み見る。

 ……ロックもされておらず、無防備だ。

 彼女は腰を落とし、小さく息を吸って――


 ダッ、と駆け出す。


 小柄なその身体はよくしなり、的確な動きを再現する。


「……ああ? って、ああっ! おい、お前! ()()()()()()()!」


 男の一人の短剣はいとも容易く抜き取られた。

 そのまま駆け抜け、壁を使って反転すると、鳩尾に向かって剣を突き刺す。


「ガァアアアァアアッ!?」


 剣を抜き取ると同時に、血飛沫が舞う。

 アリーゼはその血の何滴かを頬に受けるが、それだけで、血が全身に飛び散る前に次の行動へと移行していた。


「こんのッ! クソガキがッ!!」


 残りの男は自分の腰から剣を引き抜こうとするが、慌てているせいでロックを外すのに手間取っている。

 ここは街中だ。

 そう簡単に戦闘が起こったりはしない。

 普通は鞘から抜け落ちないようにロックをかけておくのが普通だった。

 それが今となっては足かせになってしまった。


「ちっ、ちくしょう!」


 剣を抜くのが間に合わないと悟った男は、拳を握り、大きく振りかぶる。

 しかし所詮はただの賊であり、格闘技は身に付けていない。

 学園主席で卒業した天才デニスに直々の指導を受けていたアリーゼにとって、それを避けるのは容易いことだった。


 サクッ、とおおよそ人体から聞こえてきてはいけないような軽さの音が、早朝の裏路地に響く。

 彼の脇腹は、深々と切り裂かれていた。


「はあ……はあ……」


 男二人は倒れ伏し、アリーゼは肩で息をする。

 死んだ……?

 分からない。

 でも、大変なことをやってしまった。

 徐々に冷静さを取り戻していくアリーゼは、更なる恐怖に陥りそうになって……


「お前……すげぇんだな」


 声がした。

 そちらに視線を向けると、昨日会ったスラムの少年が、大きめのパンを抱えながら呆然とこちらを見ているのだった。

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