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第1話 娘を優しい子に育てたい

「永遠の愛を誓いますか?」


 目の前にいるのは俺の妻となる女性だ。

 とても見目麗しく、自分にはもったいないくらいだと感じる。

 だが、見た目で好きになったわけじゃないのだ。

 最初はちょっぴし互いの印象が悪かったけど、とあることをきっかけに印象が反転。

 そのまま付き合い始めて、こうして結婚にまで至った。


 俺は目の前の妻に目を合わせて、小さく頷き合うと、神父の言葉にこう返した。


「誓います」

「誓います」


 ゴーン、ゴーン、と鐘の音が響き渡る。

 真っ白な鳩が大きな青空に飛び去って行く。


 俺がこの『ウィッチクラフト・アカデミア』のモブに転生して5年。

 転生者らしく大きな事件に巻き込まれるものだと思っていたが、まったくそんなことはなく、こうしてそこそこ平穏な日常を送っていた。

 まあそもそも、自分の周りにストーリーと関わりがあるキャラクターがいないので、巻き込まれることなんてありえない。

 しかし世界設定は完全に『ウィッチクラフト・アカデミア』なので、自分の知らないどこかでストーリーが進行しているのだろう。


 だとしても、面倒事にはあまり関わり合いたくない。

 今俺は幸せなんだ。

 出来れば、一生この幸せが続きますように。



   ***



 それからさらに5年が経ち、俺が転生してからおおよそ10年が経とうとしていた。

 その5年の間で妻は()()()()()、彼女の置き土産とも言える自分たちの娘が一人、いるだけになった。

 娘の名前はアリーゼ。

 名字を含めるとアリーゼ・バタイユ、である。


 娘はそろそろ3歳になろうとしていて、言葉も明瞭に話し始めた頃である。

 俺は候爵家としての仕事に翻弄されながら、可愛い可愛いアリーゼとの交流は定期的に行って欠かさなかった。

 しかし、仕事の忙しさも相まって、あまり多くの時間は取れず、乳母やメイドたちに任せることも多かったように思う。


 そんな中、俺のもとに一通の手紙が来て、それが俺の認識を一瞬で変えてしまった。


 その手紙は俺の爵位の一個上のベルジェ公爵からの手紙だった。

 そこには自分の息子、ディルクと婚約を結ばないかという誘いが書かれていた。


 ディルク・ベルジェ。

 そしてアリーゼ・バタイユ。


 その二つの名前を見た時、俺は今まで忘れていた記憶が鮮明に蘇ってくるのを感じた!

 それは、このゲーム『ウィッチクラフト・アカデミア』のヒーローと悪役令嬢の名前だったのだ!


 要するに、このままではアリーゼはグレ、我儘放題となり、その結果、悪役令嬢として婚約破棄された挙句、処刑されてしまうことになる。

 それだけはマズい。

 何か対策を考えないと……。

 まずはこの婚約の誘いだが、公爵家からの誘いということもあり、断ることは出来ない。

 俺の都合だけで断ったら、娘だけでなく、うちの家全てが傾く可能性が出てくる。

 自分の家自体にこだわりがあるわけじゃないが、没落貴族になるのは最悪の場合でしかない。

 もっと他に良い案があるはずだ。


 ……うちの娘を優しく、強い女の子に育てればいいのではないだろうか。

 いや、これは当然の意識なのだが、より優しく、より強く育てるように意識する必要があるのだろう。

 そうすれば、自分で破滅フラグを回避出来るようになる……はずだ。


 うん、やはり今俺に出来ることは、彼女を優しく強い女の子に育てるくらいしかなさそうだ。

 三日三晩真剣に考えた結果、俺はそう結論付けた。

 本当にヤバくなってきた場合は夜逃げの準備も視野に入れつつ、俺は心の中でそう決意するのだった。



   ***



 しかし優しい子に育てるにはどうすればいいか。

 もちろん前世でも子育ての経験はなく、どうすれば優しくなるのかも分からない。

 ただ、自分の経験を振り返ってみると、やはり親子としてコミュニケーションをたくさん取ることが大事な気がする。

 というわけで、俺は仕事を全てほっぽり出してアリーゼのところに向かった。


「あっ、お父さま!」


 アリーゼの部屋に入ると、彼女はこちらに気が付き、椅子から立ち上がって嬉しそうにそういいながら駆け寄ってきた。

 どうやら今は家庭教師による勉強の最中だったらしくて、勉強を教えていた家庭教師の女性は俺を見て委縮してしまっていた。

 おそらく自分の仕事ぶりを確認しに来たと思われたのだろう。

 しかしそうではなく、俺はアリーゼにとある言付けを伝えに来ただけなのだ。


「アリーゼ。どうだい、勉強頑張ってるかい?」

「はい、お父さま! がんばってます!」

「うんうん、それはとても素晴らしいことだ。俺はそんなアリーゼが誇らしいよ」

「おっ、お父さま、ありがとうございます!」


 俺がアリーゼを褒めると、彼女はどこか照れくさそうに頬を上気させながらそう言った。

 そんな彼女に、俺は本題を切り出す。


「……なあ、アリーゼよ、今日の午後は一緒に庭で遊ばないか?」


 俺が言うと彼女は目を真ん丸に見開いた。


「お父さまとですか?」

「そうだ。俺とだ」

「あの……いいんですか? おしごととか、いそがしくはないのですか?」


 そう不安そうに尋ねてくるアリーゼに、俺は一瞬心が痛む。

 そうか……今まで俺は、幼い娘に気を使わせてしまっていたのか。

 俺が忙しいからと、一緒に遊びたいのを我慢していたのだろう。

 俺は決意を新たに、しゃがみアリーゼと視線を合わせると、頭に手を乗せて言った。


「ああ、もちろんだとも。俺にとってアリーゼが一番大切だからな。これからはもっとアリーゼといっぱい遊べるようにしよう」

「いっ、いいんですか!? やったぁ! ありがとうございます!」


 そう嬉しそうにするアリーゼに、俺はかえって自分が救われたような気がした。

 子供というのは、俺たち大人が庇護する立場にあるわけなのに、こう、なぜか、逆に自分たちが救われた気になれることがよくある。

 その純真な心というのは、どうやら俺たち薄汚れてしまった大人たちへの浄化作用を持っているみたいだった。


 俺はアリーゼにそう伝えた後、立ち上がって、家庭教師の前に行くと、こう言った。


「これからもうちのアリーゼをよろしく頼む」


 そして彼女に金貨三枚のチップを手渡した。

 金貨三枚は、普通の平民であれば三か月は暮らしていける金額だ。

 それをもらった家庭教師は目を見開いてこちらを見た。


「……良いのですか?」

「もちろん。アリーゼがいい子に育っているみたいだから、そのお礼だよ」


 そうして俺はアリーゼの部屋を退出した。

 さて――午後のアリーゼとの遊びまでに、今ある仕事を全力で片づけるとしますか!

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