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【0】婚約破棄

『君を・・・』

それが彼の最期の言葉だったのです。




■■■■■




「ロザリア、すまない。ボクは真実の愛に目覚めてしまったんだ」

「え・・・」


昨日まで確かに想い合っていたと感じていました。いえ、正確には今日の朝までは私、ロザリア・リチャードソンと目の前にいる男、パトリック・バーンズは愛し合っていたはずでした。互いに公爵家に生まれ、親同士が決めた婚約ではあったものの、幼い頃から手を取り合って生きてきたのです。義務でできていた関係だった2人の“愛”が芽生えていくのを触れ合う度に感じていておりました。初めて手が触れた時は幼いながらにも互いに頬を染めながら、笑顔を交わしていました。先日パトリック側の父が亡くなり、彼は公爵になられました。そして、それを機に結婚する・・・はずだったのです。


「真実の愛・・・とは?」

思わずロザリアの口から漏れた言葉に、困ったようにパトリックは「メアリー・ジョンソン嬢を知っているかい?」と問いかけるように返してきた。その名にロザリアは聞き覚えがあり、小さく頷いてみせれば、パトリックの口から今度はため息が吐き出される。

「やはり彼女が言っていたことは本当にだったんだね」

「なんの」

何のこと?と問いかけようとしたが、パトリックが視線をロザリアの背の方へ向ければ、そこには廊下と隣接しておるドアがある。そこから小走りをする女性特有の足音、ヒールの音が響いた。その音の方へと視線を向ける前に音の主はパトリックの背中へと隠れるようにして身を小さくしている。

「メアリー、もう大丈夫だよ」

「パトリック様ぁ!」

メアリーだった。彼女は部屋に入るなり、パトリックへ甘い猫なで声で名前を呼んだ。すると、彼もまた今朝までロザリアに向けていた笑顔をメアリーへと向けるのだ。

「ロザリア、君には失望したよ。メアリーのボクへ想いを知った瞬間に酷い嫌がらせをしていたと聞いたよ。君がそんな卑劣で陰湿な人間だと思わなかったよ」

ロザリアに対して今すぐ消えてくれと言わんばかりに冷たく鋭い瞳を向けている。

「ま、待って!パトリック!貴方と私は幼なじみでもあるのですよ!私がどのような人間かと知っているでしょう?!」

思わず声を荒らげれば、メアリーの瞳から涙が溢れ出し、「ごめんなさい」と小さな声で呟くのが聞こえた。

「ロザリア・リチャードソン!黙れ!君とは婚約破棄をする!優しいメアリーがそれを受け入れるならば、罪に問わないと言ってくれている!」

これ以上の問答は意味を成しそうにないとロザリアは「受け入れます・・・」とドレスの裾を持ち上げ、深く頭を下げた。





■■■■■■





その後のことは覚えておりません。勝手に婚約破棄を受け入れたことを父に叱られるとか、次期当主であるに兄に叱られるとか、その現実以上に長い年月を共に過してきたパトリックとの婚約破棄が夢なのではないかと願っていたのかもしれません。


帰宅するなり、ロザリアは家族への挨拶もせずに自室へと駆け込み、ベッドへと倒れ込んだ。彼女の長く仕えてくれている侍女たちが声をかけてくれたが、今はただ夢から覚めたいとだけ、夢であると信じたかった。

「パトリック・・・」

互いの親同士が決めた婚約ではあったが、ロザリアは彼を心か慕っていた。今もまだ想いはある。

「明日・・・またパトリックに会いに行こう」

メアリーが何を言ったかはロザリアのあずかり知らぬことだ。何せ彼女が言う嫌がらせは事実無根、思い当たることがない。さらに言えば、メアリーと話したことさえないのだ。




■■■■■




翌日、ロザリアはパトリックの家であるバーンズ公爵邸へと向かった。本来ならば訪問する前に一報入れるものだが、長年の関係もあり、連絡を入れなかった。昨日のことが夢ならば、パトリックは微笑みながら許してくれると信じていた。

「ごきげんよう、本日はパトリックはいるかしら?」

バーンズ邸に着くと、門の前にいる門兵に声をかける。すると、いつもならば、「閣下はお嬢様が来るのを首を長くして待ってますよ」と冗談が返ってくる。しかし今日は違う。門兵は困ったように微笑むと、「お約束はございますか?」と返事の代わりに事務的な問いが返ってきた。

「・・・ないわ」

「さようですか・・・ならば、お約束してからいらっしゃってください」

門前払いとはこれのことだ。目と鼻の先に公爵邸があるというのに、門兵に止められてしまった。それに彼が言うことは正しい。婚約関係にあったとはいえ、ある程度の礼儀は守らなくてはいけない。それを怠ったのは自分だとロザリアは頷いた。

「・・・そうね、わかっ」

了承したと言い切ろうとした時、邸のドアが開いていくのが見え、ロザリアは彼の名前を呼ぼうと口を開く。すると、門兵が慌てた様子で、「お嬢様」と門の陰と彼女を隠した。

「何をしている」

パトリックの声が響いたが、その声にはロザリアが知る温かみはなく、冷たいものだと感じた。

「いえ、何もしておりません」

事務的な返事を門兵がすれば、彼は何も言わずに庭園のある方へと足を向けた。

「何をするの?!」

思わず非難するように声を上げれば、門兵は「申し訳ございません」とだけ呟き、頭を深く下げた。

「私が聞きたいのは謝罪ではなく、何故パトリックと話をさせてくれなかったか、ということよ!」

「それは・・・」

「もういいわ!」

門兵の言葉を聞かずにロザリアは庭園の方へと向かう。そこは敷地の外からも覗ける為、近隣の平民たちも柵の向こうから見ることができるのだ。それは先代公爵やパトリック、ロザリアが決めたこと、平民たちにも美しい庭園を少しでも楽しんほしいという方針からだった。

ロザリアは貴族として有るまじき行為と知りながらも庭園へと駆けていくが、思わず足を止めた。

「うそ・・・」

途中から違和感はあった。門から庭園までは距離はない為、遠目でも見える。

「あ、お嬢様・・・」

庭園を覗ける柵の前で老婆が立ち尽くしていた。彼女のことはロザリアは知っている。庭園でよくパトリックと過ごしていた頃、いや幼い頃から知っている。毎日公爵邸の庭を楽しそうに眺めており、パトリックもロザリアも彼女を「おばあさま」と呼んでいた。

「おばあさま・・・」

「わしは夢でも見ているのでしょうか・・・」

「いえ・・・夢じゃないわ」

庭園がある場所へとロザリアは視線を向ける。そこからもう庭園は見えない。まるで目張りでもするかのように木の板で覆われ、中が見えなかった。

「やはりパトリックに会わなくては」

婚約のことよりも先代公爵が決めた方針を取りやめるということは何かしらの理由があるのだろう。それをこの耳で、目で確認しなくてはならない。

「おばあさま、パトリック・・・いえバーンズ公爵に話を聞いてくるわ」

もう少しだけ辛抱してね、と続ければ、老婆は小さく頷いた。

その足でロザリアは再び門へと戻れば、丁度門が開かれるところだった。パトリックとメアリーが出かける所なのだろう。駆け足で出てきた馬車の前へと飛び出す。突然の事に馬車は大きく揺れながらも足を止めた。

「何事だ」

馬車の中からパトリックの声が聞こえたのを確認して、ロザリアは彼がいるだろう近くへと歩み寄る。

「パトリック、いえバーンズ公爵。庭園のことでご質問が」

「リチャードソン公爵令嬢か、君はまだメアリーに嫌がらせをする気か?平民まで使って」

「え」

「メアリーが庭園にいた時に汚い老婆が声を掛けてきたらしい。先代の方針に逆らうのは気が引けるが、愛しいメアリーの為なら仕方がない。それにあの趣味の悪い庭園は一度壊して、作り直すことにした」

「庭園を作り直す?」

「そうだ、メアリーは赤い薔薇が好きなんだ、あの庭には薔薇がない」

それには理由があった。あの庭は先代公爵の妻、つまりパトリックの母親が薔薇の匂いが苦手だったことから先代公爵が薔薇以外の美しい花を揃えたのだ。そしてロザリアもまた薔薇の匂いが苦手だったことから引き継いだのだ。

「愛らしいメアリーには薔薇が似合う。世界中の薔薇を集めた美しい庭園にしようと思う。それは平民風情には過ぎたるものだ、合わせて柵ではなく、塀にするよ」

「待ってください!」

パトリックは先代公爵夫妻、つまり家族仲は悪いわけではない。むしろ絵に書いたような仲の良い家族だった。それなのに両親が残した庭を、作り直すのは構わない。しかし貶すなどあってはならないことだ。

「リチャードソン公爵令嬢、君もしつこいな。まだボクのことを愛しているとでもいうのかい?」

「・・・いいえ」

今のやり取りをするまでは確かに愛していた。しかし“真実の愛”などと言う愛に溺れ、平民のことや自身の家族のことを蔑ろにするような人間に愛などあるわけがない。

「そうか、ならよかった」

「え」

ようやく場所の窓が開き、パトリックが顔を覗かせた。

「ボクは昔から君のことを愛していない」

馬車は通り過ぎていく。それを見送りながら、ロザリアはその場に座り込んだ。門兵たちは駆け寄り、「大丈夫ですか?」と声をかける。しかしロザリアが座り込んだのは言葉のせいではなかった。


窓から見えたパトリックは私の知る彼ではありませんでした。昨日までは健康的な肌艶だったはずの頬が一日でまるで病にでもかかったように少し痩せこけていたのです。何か裏があるのではないかと思わせる程に・・・




■■■■■




それからの私は毎日バーンズ邸を訪れていました。パトリックからの愛情を取り戻す為ではありません。何故彼が変わってしまったのか、それを知りたかったのです。

もちろん門前払いされてしまう為、正面から入ることが叶いませんでした。


「ロザリアお嬢様」

「クレア!」

正面から入ることが叶わないならばとロザリアはバーンズ公爵家に長年務めている侍女長のクレアを呼び出し、一度だけ邸に入れて貰うことが叶った。

「突然の婚約破棄に一同驚きました。前触れありませんでしたし」

驚いていたのはロザリア当人だけではなく、バーンズ公爵家に勤めている使用人たちも同様だったのだ。

「私が何かしたのかもしれませんね」

心当たりはないというのが答えだ。大抵のわがままにパトリックは怒ることはない。しかし、今はロザリアに対して、憎しみにも似た怒りを見せている。

「甘えすぎたのかしら・・・」

パトリックは愛していなかったとロザリアに言った。親同士が決めた婚約を義務として受け入れただけだったのだ。

「お嬢様、この先に公爵様がおいでです」

「えぇ・・・」

意を決したように深呼吸をすると、クレアが扉へと手を伸ばす。

「クレア?」

「公爵様のご容姿を見ても驚かれないでくださいね」

ロザリアの返事を待たずにクレアは扉をノックすれば、すぐに入室許可の返事が返ってきた。クレアを下がらせ、ロザリアが一歩前へと出る。

「パトリック、久しぶりね」

「・・・」

俯いたままだが、視線だけはロザリアを向いているような気がした為、再び深呼吸をすると、パトリックがいる当主の机の前へと立った。

「貴方への未練はないわ、でも聞かせてちょうだい。私との婚約は義務だけだったの?」

「・・・ロザ、リア」

近くに来てようやく彼の息遣いが荒いことに気づいた。彼は恐らく顔を上げられないのだ。

「パトリック?どうしたの?パトリック?」

「すま、ない」

「え」

彼の顔を覗き込むために両手でパトリックの頬を覆うように顔を合わせれば、まるで骸骨のように痩せこけていた。言葉を話すのもままならない程に痩せていた。空いている手でパトリックは机の引き出しから手紙を一通取り出すと、ロザリアへと押し付けた。

「ロザ、リ・・・ア」

パトリックはそのまま床へと倒れ込んでいき、ロザリアの手が触れていた頬もすり抜ける。

「パトリック!!」

彼が倒れ込んでいる所へと駆け寄り、ロザリアは抱き起こす。すると彼の瞳から涙が溢れ出てくるのが見えた。

「君を・・・」

最後の方ははっきりとは聞こえなかった。しかし、彼に何かがあったのだということは理解できた。ロザリアは手紙を抱きしめながら、部屋を飛び出した。




■■■■



家に帰る前にロザリアはかつて庭園が見えた柵があった場所に腰を下ろし、手紙を開いた。


「ボクの愛するロザリアへ

君にとてもひどいことを言った

ごめん

ボクの心は君の元にある

愛している

今のボクは暗闇の中だ

意識のあるうちにこの手紙を書く

愛している」


まるでメモのような手紙だった。

書いている通りに言うならば、意識があるうちにできる限りのことを書いたのだろう。それにそこに嘘はないと感じた。

「パトリック・・・!!」

手紙を抱きしめながら、何度も何度も呪文のように彼の名を呼んだ。


未練は断ち切れたと思っていたのです。

でも、私も彼を・・・


「私も、愛しています」



どれくらいの時間が経ったのだろうか。空は暗くなり、次第に人の気配も消えていく。貴族の令嬢が地面に座したままともなれば、そのうち良からぬ輩が来てもおかしくはない。

ゆっくりと立ち上がり、ロザリアは帰路に付こうと足を踏み出したが、まるで泥濘を歩いているようで1歩も進めない。ため息を付いて、その場に座りこもうとした瞬間、「お嬢様」と声が聞こえた。視線を向けてみれば、そこには老婆の姿があった。

「お嬢様、これをあげよう」

「え」

老婆の手には小さな手鏡があり、ロザリアは疑問に感じながらも自然にそれを受け取ってしまった。

「どんな願いでも叶えてくれる手鏡だよ、でも対価が必要になる。それは手鏡次第だ」

それでも良ければ願いなさい、と老婆は微笑んだ。

「でも!どんな願いでも叶えてくれるのよね?!」

そんな現実味のない夢のような話をロザリアは何故か信じてしまった。家族でもない他人である老婆の言葉を信じてしまうほどにロザリアはパトリックに会いたいと願ってしまったのだ。

「信じてくれてありがとう、お嬢様」

老婆は笑みをそのままにロザリアの手に手鏡を握らせると、その上から包み込むように握りしめた。

「行ってらっしゃい、お嬢様」

そう告げた瞬間、ロザリアの意識が遠のいてく。それと同時に何故老婆を自分に使わなかったのかと浮かんだ。

「おばあさま、なぜ」

思わず問いかけみたが、老婆は答えず、頷いたのが見えた。

「いってきます」

何故そう答えたのか、ロザリアにはわからなかった。




初めまして。初めて小説を書きました。

少しでも興味を持ってくださると嬉しいです。

見切り発車ですが、頑張ります。

よろしくお願いいたします。

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