第9話.未知のアルカナ『虚』
「はーぁ、まさか人の身でありながら僕に傷をつけるとは思わなかったよ」
やれやれと首をふるロキ。
「ところで君たちはなんであの人間と一緒にいたの??」
「黙れ。貴様に語ることはなにもない」
ヤマトタケルは動揺することなく、剣を構える。
「君たちは、この世界に現界してから一度も人間どもと行動をともにしたことはなかった。この東京に王がいないことが現状を物語っている」
「お主に話すことはなにもない。タケルよ。ロキの足止めを頼むのじゃ」
「姐さん。足止めじゃないっすよ。こいつぶっ殺します」
再び激しい戦闘が始まる中、アマテラスは大和の体の断面に治癒を施す。
「大丈夫じゃ。即死ならばまだ可能性はある。すまぬ……すまぬ……妾がこの世界に呼び出したばかりに……」
額に汗を滲ませ蘇生を試みるアマテラス。
自体は最悪の展開へ進んでいた。
「ここは……」
真っ暗な世界。
俺はまた死んだのかと苦笑する。
「はぁ……」
これからどうなるのだろうと俯こうとしたその時。
――アルカナ解放条件が満たされました――
「うわ!?なんだこれ」
突如として目の前に現れた文字の羅列に大和は驚く。
――アルカナ名『虚』を獲得――
「何なんだよこれ」
――未知のアルカナ取得により、全ステータスの上昇を確認――
「アルカナってもしかして……」
――人体の構造を神代レベルまで引き上げることに成功しました――
「俺のアルカナのトリガーは一度死ぬこと……ではなく二度死ぬことだったのか」
――これより一分後。神埼大和の蘇生が完了します――
「おいま……」
数秒前まで出ていたウィンドウのようなものは、瞬きの間に消えカウントダウンの秒数だけが表示されていた。
「肝心のアルカナの使い方がわかんねぇよ……」
はぁとため息を吐くと、覚悟を決め蘇生までの間ただひたすらに待つ。
次第に真っ暗だった世界は光を帯び、どこからか声が聞こえてくる。
「……と」
「……んん」
「大和!!」
体を揺さぶられ、目を開けた大和は状況を理解しようと黙り込む。
「大和……すまぬ。お主を身勝手に巻き込んだばかりに」
意識を取り戻し真っ先に理解したのはロキに殺されたことだった。
そのロキはというと、現在ヤマトタケルと交戦中の模様。
「いや大丈夫。それよりアマテラス」
次に目を向けたのは、先ほど嫌と言うほど追っかけ回されたプレイグの眷獣。
アマテラスに気づかれまいと殺気を殺し背後から近寄ってくるそいつこそ殺戮王レグルス。
「なッ」
恐らく、大和の復活があと一歩遅ければ大和に気を取られていたアマテラスは今頃。
「し、しかしあやつの相手は妾では……」
それに、二度同じ手を食らうほどロキもバカではないだろう。
となると残された手段は一つ。
「レグルスッ!!再戦だ。かかってこいよ」
知性のあるレグルスにこの挑発は有効。
そう踏んだ大和は、今考えうる全ての煽りを披露する。
「大和!止すのじゃあやつをこれ以上刺激するでない!!」
「はッ!!知ったことか!!」
「これからどうするのじゃ」
「そんなの決まってるだろ?」
アマテラスの首根っこを持って颯爽とその場から背を向け逃げる大和。
道中、『貴様姐さんを!!』などと戯言が聞こえて来たが、そんな余裕があるのなら早くロキを倒してほしいものだ。
「こら!!離さぬか!!妾はこの国の最高神じゃぞ!!」
「はいはい、もう少し辛抱してくれっ」
抱えて走るのにも中々体力が要るんだぞという小言をたれてやろうかとも思ったが、思いの外しんどさはなく、それどころか……
「さっきより走るの早くなってないか?」
これがアルカナによる恩恵なのだと理解した大和だが、アルカナ自体の効果が不明のため必死に思考を巡らせていた。
「聞いておるのか大和よ!」
「冷静に考えろ。プレイグの眷獣ならロキの仲間と言っても過言ではない。あの状況でロキとレグルスの一体と一人をあいつ一人で抑えられると思うか?」
確かにのぅ……と呟くアマテラス。
「して大和よ。お主に作戦があると見てよいか?」
「そんなもんはない。ただ……」
ゆらゆらと首根っこを捕まれ揺れ動くアマテラスが小首を傾げる。
「アルカナが手に入った。俺のアルカナの発現トリガーは二度死ぬことだ」
「なんと……通りで一度神でも発現しないわけじゃ」
「俺のアルカナは『虚』これに心当たりは?」
「ふむ、さっぱりじゃ。なんせ未知のものじゃからな」
「そうか……」
大和は立ち止まり、猛々しい雄叫びを上げるレグルスと対峙する。
「よいか。決して気を抜くな。本来あやつはロキほどでは無いにしろ下位の神々と同等化それ以上の力を持つ神獣じゃ」
「……あぁ」
静寂の中木々だけが風に揺れる。
耳を澄まして自然を感じると少しばかりの心地よさを感じこわばっていた体も次第に緊張の糸を解き始める。
『グルルルルァァァァァ』
凄まじい咆哮。
耳が張り裂けそうになるその轟音に臆することなく最初に狼煙を上げたのは大和だった。
「はぁぁぁぁ!!!」
「大和!!お主に肉体強化の魔法を施したのじゃ!!これが妾に出来る最大限の協力じゃ」
「ありがとうアマテラス!!」
一度目の戦闘のときとは比べ物にならないスピードに僅かに動揺するレグルス。
アルカナを取得したことによるステータス上昇に加え、アマテラスの補助魔法を付与された大和の身体能力であれば、その一瞬の隙をつくり攻撃を仕掛けることは造作もない。
大和は軽く跳躍するとレグルスの頭上目掛けて拳を振り下ろす。
「あたれぇぇぇぇぇえッ!!!!」
だがそんな拳をレグルスはあっさりと回避し、後ろ足で滞空中の大和の脇腹を蹴る。
「ぐッ」
グラッと意識を持っていかれそうになる大和だが、なんとか持ちこたえる。
一度目の戦闘でこれを食らっていれば即死だったことは間違いない。
「大和!!」
「あ、あぁなんとか大丈夫だ」
激痛の走る脇腹を押さえ、歯を食いしばる大和。
先ほど、驚きを見せたレグルスはというと一切の隙がない状態でこちらの出方を窺っている。
「くそ……基礎能力が上がってるのに、まだ足元にも及ばないってか……」
大和は自らの片手を握りしめる。
「アルカナ……」
その力さえあれば、倒せはしなくともこの状況を打破することはできうるかもしれない。
「くそ……」
「アルカナは既にお主の中にある。一度発現してしまえば発動条件などなしに行使することが可能じゃ」
「俺の中に……」
俺は一日で二回死を体験した。
一度目は九重を救うため。
二度目は神との戦いで。
なんの変哲もない俺の人生は一瞬で変わった。
もう二度と会えないのなら、最後に告白くらいしておけばよかったかな。
「九重……」
「……お主、なぜその名を」
九重という名前に反応したアマテラス。
「なんだ?あっちの世界に居たならこっちの世界にもいるんだろ?」
「……むぅ。あやつ……九重久遠はこちら世界にしか生まれなかった特異点じゃ。お主とは違った意味じゃがこの世界でプレイグに対抗しうる勢力の一つ。それが『星詠みの姫巫女』九重久遠じゃ」
「な、じゃ、じゃあ俺があっちの世界であった九重は何なんだよ!!」
「さて……よもや並行世界を渡ったということでもあるまい。あやつは今旧東京の防衛都市新宿の病院で目を覚ますことなく眠っておるからのう……」
「な、なんでそんなことに……」
「かつてプレイグが『終末の宴』により崩壊した世界。本来なら絶滅するはずじゃった人類を救ったのが九重じゃ。あやつはプレイグの起こす世紀の大崩壊を未来視しておった」
「そのおかげでいまがあるのか……」
「じゃが、星神様の力の一端を使える姫巫女といえど人間。神の未来を見るなどという常軌を逸した行為の代償が……。プレイグはそのことを知ってはおるが、目覚めたとき再び脅威となることを恐れ今でも姫巫女』の首を狙っておる」
九重はもともとこの世界の人間だったということに驚きを隠せない大和だが、掘り下げる時間はない。
『グルルルオォッ!!』
「話はあとだ!!」
勢いよく大和目掛けて駆けてくるレグルス。
「……もし、あちらの世界に居た九重がこの世界に居るのなら。俺は今度こそ」
大和の右手が輝きを放つ。
「あれは……」
アマテラスは思わず言葉を漏らす。
「俺の意に答えてくれ……ッ!!アルカナッ!!」
深淵よりも深き漆黒をまとった右手の文様。
「アルカナの中でも選ばれたものにしか現れぬ王紋じゃ」
「王紋?」
「説明はあとじゃ!!」
大和は、レグルスに向き直ると右手から黒いオーラを放つ。
「はぁ!!」
黒いオーラは集約し、指から弾となりレグルスに向かって放たれる。
『グルゥ』
着弾とともに、レグルスの前足に小さな穴が開く。
一瞬苦痛に声を漏らすレグルスだが、穴の空いたはずの右足は即時再生する。
「大和よ!!ロキを思い出すのじゃ。神やそれに連なるものは恐るべき再生能力を持つ!!一度の攻撃程度ではあやつを封じることすらできぬぞ!!」
「ッち。めんどくさすぎるしそんなのチートだろッ」
前足で襲いかかってきたレグルス。
大和はアーチを描くようにレグルスの頭上を飛び越え体を翻すと再び背に虚撃を撃ち込む。
『ッグルゥ』
レグルスは背後で着地寸前の大和の隙を狙って尾の蛇で迎撃しようと試みるが、大和は虚を行使し間一髪のところで防ぐ。
「何じゃあの力は……神性を持つレグルスの体を穿ったあの技。そしてレグルスの王撃を難なく防ぎきったあの防壁」
「ふーむ。虚というのは世にも珍しい空間断絶を持つアルカナらしいですね」
「なッ!!お主いつの間にッ!!」
耳元で囁かれたアマテラスは、気配も感じなかったその男に背筋を凍らせながらも迎撃体制をとるため後方へさがり相手を目視しようと前を確認するが。
「なっ……どこに……」
「まぁそう邪険にしないでください。ようやく東京に最後の王が誕生するその瞬間を見に来たんです」
「お主はッ!!」
アマテラスは大きく目を見開き、持っていたナイフを強く握る。