第3話.二柱の神
「ここは……」
見慣れない校舎の中、一人佇む大和。
「どこなんだ?」
周りをよく見渡す大和。
教室を覗くと窓ガラスは割れ、机や椅子は散乱し、あたりにはガラスの破片が散らばっている。
ここで大和はふと気がつく。
「ま、まてよ。ここって。」
それはかつて高校時代大和が通っていた母校にそっくりだったのだ。
「どういうことだよ……しかも俺若返ってないか?」
割れていない窓ガラスに映った自分の姿は、高校一年の頃のまま。
黒髪黒目のなんの変哲もない青年。
しかし、その姿は高校時代いつも鏡で見ていた自分そのものだった。
理解のできない状況に唖然とする大和だが、立て続けに問題はやってくる。
「おい、ここで何してんだ?」
少し離れた場所から、聞こえてきた声に反応して大和は振り返る。
「ここは、自衛隊と関係者以外立ち入り禁止だぞ」
「は、はぁ……?」
「学生か?名前は?」
「あぁ、神埼大和ですけど」
「神埼大和?どこの学生だ?」
自衛隊の隊員であろうその男は、警戒した様子を見せながら大和を質問攻めにする。
「春川第一高校ですけど……」
「何を言っているんだ?そうなると君の母校はこの学校となるが」
「はい……多分あってます」
「ここ周辺の土地は十年前に偽神の襲撃に遭い一般人は立入禁止区域だぞ」
「偽神って?そもそもここはなんなんだ」
夢かはたまたあの世に行ったのかと思った大和だったが、どうやらそれも違うらしい。
「おい……話を」
唐突にそれはやってきた。
『グォォォォオオオッ!!!』と凄まじい奇声を上げ、教室の壁などないものかのように破壊し、目の前の自衛隊の上半身を異形は飲み込む。
「は……?」
残った下半身は噴水のように血飛沫を上げ、数秒後に後ろに倒れる。
凄惨なその光景。
現実世界では見ることのなかった非日常の地獄を見た大和は、言葉を失いその場に立ち尽くす。
「な、な、にが」
目の前の化け物は、次の獲物へとゆっくりゆっくり近づく。
『グルルルルゥゥゥゥ』
ライオンの頭に大きな翼。
尻尾には蛇が住まうその姿は大和の世界で言えばさながらキメラのような存在。
大和は思考を放棄し、生きるために背を向け死にものぐるいで走る。
背後に迫るその化け物は、まるで狩りを楽しむかのように減速しては加速してを繰り返す。
「くそッ!!なめやがってッ!!」
徐々に膨らむ怒り。
しかし、大和はこのキメラに対抗する手段を持ち合わせてはいない。
「どうすれば……」
「邪魔だ!!」
危機が迫る中、前方から何かが現れる。
「うわッ!?」
胸元を引っ張られ、投げ飛ばされる。
「雑魚が。しね」
その瞬間、キメラの生命は途絶える。
謎の男の背後から見ていた大和は何が起きたのか理解ができなかった。
「な、何が」
男が言葉を発した瞬間にキメラは両断され、肉塊となり大和の両側に転がっていた。
「おい、なに呆けてる。立て」
「あ、あぁ」
そこに居たのは、大和と同年代の青年。
燃え盛るように逆だった髪。
綺麗なグラデーションの赤髪の襟足は髪紐で結われ、狐のようにつり上がった目に真紅の瞳。
派手な髪の色にもかかわらず、白をメインにした羽織袴を着用している姿は男の大和ですら一瞬目を奪われるほど。
背丈は大和より少し低めの男は、こちらを一瞥するとため息を吐く。
「なぁ、姐さん。本当にこいつを助ける必要があるのか?」
「まぁ、そういうでない。ヤマト」
自分の名前が呼ばれたのかと思わず振り返る大和。
そこには白く長い髪が風になびく様は天女のように美しく、おそらくチャーミングポイントであろう麻呂眉に猫のように可愛らしい黄金の瞳。
巫女装束に身を包んでいるためより神秘性がましている幼女の姿が。
「ロリ……?」
思わず口に出してしまった大和。
「おい貴様。殺すぞ」
「ぐッ」
その言葉に真っ先に反応したのは、ヤマトと呼ばれた赤髪の青年だった。
彼は、大和の胸ぐらを掴み細い腕で持ち上げ、鋭い目つきで睨みながら首筋に剣を当てる。
「よい、手を離せ」
「……ちっ」
舌打ちをした青年は仕方なく幼女の命令を聞き、軽く大和を壁へと放り投げる。
「うッ」
軽くといえど背を壁に打ち付けた大和は、苦しそうに蹲る。
「姐さん、本当に、本当にあの人が犠牲になってまでこんなやつを救わないといけなかったのか?」
「妾も全容は分かっておらぬが、此奴のアルカナはおそらく新種のものじゃ。もしかすると……虚神にも抗う力を有しておるかもしれぬ」
「本当にこんなやつが……?」
訝しげに視線を寄せる青年だが、全くと行っていいほどに状況のつかめない大和は苦しげに立ち上がりながら幼女に向き直る。
「なん……何だよッこれッ!!!どういう状況何だよッ!!説明してくれよッ!!!」
「やっぱころしていいすか姐さん」
殺気と同調するかのごとく廊下の窓から夕日が差し込み、青年を照らす。
瞳が赤く光り押し寄せる殺気で吐き気を催すほどに切迫した空間。
「やめよ」
「しかし姐さん」
先ほどとはうってかわり困ったように幼女の方に顔を向ける青年。
「……二度は言わぬぞ」
「わ、わかった」
「うむ、良い子じゃ」
大和は会話を聞いて理解した。
青年も只者ではないが、その青年が冷や汗をかいて従う程に隣の幼女は恐ろしいのだと。
「さて、すまぬな神埼大和よ」
「な、なんで俺の名を……さっきも言ってたよな……」
「ん?あぁさっきのは此奴のことじゃよ」
未だに大和を睨む隣の青年を指差す幼女。
「俺の名は、ヤマトタケル。聞いたことはあるだろ」
「妾の名は、アマテラスじゃ」
ただでさえ、理解のできない状況に置かれている大和だがここで思考することすら辞めたくなっていた。
「むぅ、どこから説明するかのぅ」
顎に手を添え、思考する仕草を取るアマテラス。
「まず、最初に。妾は神じゃ。まぁこやつも人間ではあるが神格化された英雄という認識でよい」
「ってことは本物のヤマトタケルとアマテラスってことか……?」
「うむ、そういうことじゃ。そして妾たちはわけあって現界しておる。本来ならこの先未来永劫どうなろうと愛しいこの世界を見守るつもりでおったがな……他の神話体系の神も恐らくは数柱ずつこの世界に顕現しておるはずじゃ」
悲しげに窓の外を見やるアマテラス。
「見よ、この荒廃した世界を」
アマテラスに促され窓の外に視線を向ける大和。
そこには、見慣れた平和な世界はなく荒野が辺りに広がり、見たこともない怪物たちが跋扈していた。