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魔<姫>王を守護るは勇者の役目  作者: ことぶき司
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第4話『勇者と』⑤


「はぁ、はぁ……」



 戦いが終わり、ユーシャは不意に膝をつく。



「小僧!」



 未だ首に掛かった鎖を引き摺りながら、魔王がユーシャの元へと駆け寄る。



「教師相手に無茶をするやつだ。どこか怪我を……」



 それを見て、魔王は驚愕する。服の破れた腹部。さきほど【恩恵】のような力で回復したはずの腹部の傷が、何もしていないのに広がっていく。



「これは……」



 驚く間にも青痣はじわりと広がっていき、切り傷のような裂傷も身体中に増えていく。



「はぁ……はぁ……、くっ……」



 わけもわからないまま、ユーシャは息も絶え絶えに苦しむ。



「なるほど。【聖痕(スティグマ)】、というわけか」



 そこへ、またも男の声が降り注ぐ。今度の声は、聞き覚えのある重厚な声。



「……、アンタは……」



 現れたのは、昨晩ユーシャの元を訪れた男。


 男は部屋の現状をぐるっと見渡すと、どこか楽しげに室内へと踏み入ってくる。



「やぁ、ごきげんよう少年。昨晩はゆっくり眠れたかな?」


「……ああ、おかげさまでな」


「貴様……」



 軽い挨拶を交わす二人を余所に、魔王は恨めしいそうに男を睨む。



「ここ数日顔を見せぬと思えば、この()の悪い時に何をしに来た」


「相変わらずつれない返事だ、我が古き友人よ。だが、数百年変わらぬ私と違い、君はここ数日で随分と様変わりを果たしたようだが?」


「……知っている、のか……?」


「ああ、奴は──」


 知り合いのような二人の口ぶりに、疑問を口にするユーシャ。


 だが魔王が答えるよりも先に、男が口を挟む。



「当然だろうな。なにせわたしは、この塔の統括管理を任された身であり、彼女の憎き敵にして、友を同じくする古き友人なのだから」



 敵にして友人。その言葉に、ユーシャは思い当たる。



「母さんの……知り合いなのか」


「ああ。彼の英雄とはほんの一時とは言え、わたしの無駄に長い生の中で最も濃密な時を過ごした仲であるからな」



 母親──勇者姫の知り合い。そして魔王の怨敵。それはつまり、かの激戦の時代、魔王侵攻を最前線で戦っていた者の証明であり、既に伝説と化した勇者姫の姿を知る数少ない生き証人であるということの証左。


 常ならば後学のため話の一つや二つ聞きたいところではあるのだが。



「……生憎、今は取り込んでる。母さんの話なら、また別の機会にしてもらいたい」


「なるほど、もっともな意見だ。だが、君はわたしの話を聞かざるを得ないだろう。何故ならば、──わたしは、君の母君──勇者パーティの一員だったからだ」



 その言葉を聞いて、ユーシャは目を見開く。



「つまるところ、わたしの行いは君の母の意思そのものだということだ。そもそもの話、君も知っているだろう。この塔を形作り、そこな魔王を封印せしめたのも彼女──勇者姫自身なのだと。なればこそ、君が取るべき行いも、自然と理解できるはずだ」


「……つまりアンタも、俺を止めに来たってことか」


「ふむ……。それは少し違うぞ少年。さっきも言ったはずだ。わたしの役割はこの塔の管理維持であり、この塔の守護者(ガーディアン)こそが、勇者パーティ解散以後のわたしの職務なのだよ。この塔ひいてはこの塔内部の物その一切に手を出しさえしなければ、わたしは君が何をしようと構うことはない。君が何もせず、このまま大人しく引き下がるというのならこの現状にも目を瞑ろう。学長殿への報告も責務の一つではあるが、なに、一つや二つ報告が抜け落ちることなどままあること。無論、そこの教師もわたしが責任を持って処理しておく」


「…………」




 話を聞くユーシャに、魔王は口を挟めない。


 これは、交換条件だ。大人しく帰るなら見逃してやるという。


 しかし、この男がこんな不良生徒相手にそんな約束をしてやる道理などない。さっきこの男自身が言ったように、この男の役割は塔の守護。それはつまり、この塔に施された封印を外敵から守ることに他ならない。そして今まさに外敵となっているのが、ユーシャ自身だ。


 塔の守護者は外敵への無条件攻撃を許可されている。それが何かの間違いであっても、魔王を世に解き放つ脅威に比べれば些細な問題に過ぎない。たとえそれが、一学生であったとしても。


 だがこの男はそれをしない。もともと性格もあるだろうが、これは……。


 何にせよ、これは好条件だ。生徒の塔襲撃という前代未聞の事態を、何のお咎めもなしに見逃してくれるというのだ。断る理由はない。


 何をどう転ぼうと、魔王の処刑という運命は決して変わり得ないのだから。

 だからこそ、それは正しい選択なのだ。


 なのに────。




「俺も言ったはずだ。生憎だが、今は取り込み中だと」


「っ…………」



 この青年は真っ直ぐに、目の前の男にそう言い放つ。



「……ふむ。当然の反応ではあるな。が、本当に良いのか? 君の母親──かの勇者姫の意向であることに偽りはないのだぞ?」


「関係ない。母さんに母さんの考えがあったように、俺には俺の考えがある。母さんの──勇者姫の正義が俺の正義と相容れないのなら、俺は俺の道を進むまで。──俺は俺自身の正義で、勇者を貫く」


「ほう……。その正義が、いずれ世界を破壊するものであったとしても?」


「世界も関係ない。囚われの女の子一人救えない世界なら、一度壊れてしまった方がずっと……いい」


「ふ……、傲慢だな」


「傲慢だ。もとより、正義なんて傲慢なものだ」


「言い得て妙というやつだな、少年。……君はやはり、彼女の息子のようだ」


「…………」


「…………」



 お互いに、言葉はなくなる。


 塔最上階を舞台とした戦い、その2ラウンド目の火蓋が切られようとしていた。




 わかっていたことだった。


 たった数日。たった数時間。たった数分。言葉を交わした時間は悠久の時を生きる身からすればほんのわずか。しかしそれでも、この少年が決して逃げない男なのだということは理解できていた。できてしまっていた。


 だからこそ、



「…………なぜだ」



 どうしても聞いておかなければならないことがあった。



「なぜお前は、そうまでして我を助ける……?」



 自分のものとは思えないか細い声で漏らしたその問いに、ユーシャは振り返らずに答える。



「お前の顔が、今にも泣きそうに見えたから」


「っ…………」


「ただ、それだけだ」



 言うや否や、ユーシャの姿が消える。



「─────ッら!」



 瞬間移動にすら見紛う縮地の動きでもってして、ユーシャは男の目の前に肉薄し、膨大な慣性の載った拳を男の土手っ腹へと叩き込む。


 だが、その拳はいとも簡単に男へと受け止められる。男の──爬虫類のように肥大化した黒色の腕で。



「変化の……いや」


「察しがいいな、少年。その洞察力は親譲りのものかな?」



 言っている間にも男の体は腕に続き、肩から腰、腹、四肢、そしてついには全身が変化していく。



「変化の術法は存在するが、その強度はあまりに脆い。特別なものでない限り、一度強い衝撃を受ければ解除されるはず。だがそうでないというのなら、逆説的に考えて、今変化したのではなく、今『変化が解かれた』と考えるのが自然だ。つまり──」



 すなわち、男の姿は本来、今の今までそこに立っていた妙齢の偉丈夫ではなく、今変化しつつあるそれ。


 黒く、禍々しく、巨大。背中に一対の翼を持ち、その体は手のひら大の鱗に覆われ、爪と牙、そして尻尾を持つ、神秘の時代においてなおもその存在を確証し得ない幻の生物。


 それは────、




「───ドラゴン…………っ」




「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」




 ユーシャの答えを肯定するかのように、男だった生物──黒竜ドラゴンが狭い塔の中で嵐のように咆哮する。




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