2月15日(8)
俺たちは全ての元凶をしかと見据える。
ゼックスは血まみれの長机に腰を掛けながら両手をパチパチと鳴らした。
「いやぁ、こうも簡単に僕のコレクションをやっつけるなんて。いやはや、称賛してもしきれないぐらいだよ」
屍鬼たちが一瞬で葬られたというのに、彼の余裕な表情は全然崩れる様子がない。
ゼックスは長机から腰を離し、二、三歩前に進む。
「イヒヒ……、それじゃあ、せいぜい僕を愉しませてくれよっ」
いつの間に取り出したのか、彼は大きな鎌を携えていた。
その全長は平均的な成人男性よりも長く、刃体は一メートルを超えるだろうか。まるで、死神が愛用する大鎌のようだった。
「【接続】――《異なる者よ。我が世界から消え失せよ》――」
「【接続】――《隔世に住まう炎蛇よ。灰も残さぬよう喰らい尽くせ》――」
小太刀は漆黒の粒子を纏い、芽衣の背後には蒼炎の蛇が姿を現す。
「ウンウン、楽しめそうだ」
ゼックスは歓喜に打ちひしがれながら舌ずりする。
「【虚無】――」
その言葉とともに、彼は巨大な鎌をいとも簡単に回転させる。漆黒の粒子が大鎌を包み込んでいく。
やがて、大鎌が完全に粒子を纏うと、彼は鎌の柄で地面を鳴らした。
「僕たち吸血鬼は、人間とはまた違った存在だからね。君たちみたいに詠唱をしなくても魔導が使えるんだ」
詠唱がいらない。つまり、彼は瞬時に魔導を起動することができるということだ。一瞬、一秒が勝敗を分けるこの戦いでは大きなアドヴァンテージとなる。
しかし、彼がそんなことを言っても芽衣は全く動じなかった。
「へー、だからどうだっていうのよ。行け、炎蛇」
主人の命を受けた蒼炎の蛇は、その身をうねらせながらゼックスに襲い掛かる。その火力は先ほど屍鬼を倒したときよりも格段に跳ねあがっている。
ゼックスは炎蛇に呑み込まれないよう回避行動をとるかと思われた。だが、どういうわけかそのまま直進してきた。
「そのまま丸焦げにしてあげるっ」
芽衣も炎蛇をそのまま直進させる。
普通に考えればゼックスの行動は自殺行為に等しい。いかに吸血鬼といえどもあの超火力の魔導を直に浴びれば無事では済まない。
「……」
しかし、俺は先ほど彼が見せた魔導に既視感があった。既視感は悪寒へと変わり、全身を支配する。
炎蛇がゼックスを呑み込む寸前、彼は小さく何事か呟き、目を一瞬光らせた後、大きく鎌を横に薙いだ。
「えっ……」
芽衣から言葉が失われる。
漆黒の軌跡が入ったかと思えば、炎蛇が徐々に消滅していく。切り裂かれた部分から元の魔力粒子へと戻っていく。
瞬く間に炎蛇は完全に姿を消し、後には悠然と立つゼックスの姿しかなかった。
「そんな……」
自分の魔導が打ち破られたことを信じられないのだろう。隣で芽衣が放心していた。
ゼックスは鎌の柄を肩にかける。
「いやぁ、近くで見ると、やっぱり紅家の魔導は別格だね。僕もちょっぴり熱いって感じたよ」
あの豪炎をちょっぴり熱いなんて表現で片付けてしまう。
でもそれよりも俺にとっては信じがたいことがあった。
「お、お前、その魔導……」
口から出る声は震えていた。
「ん、あ、気がついた? そう、君たち笹瀬家が使っていた【虚無】だ」
「やっぱり……」
推測が確信に変わる。
先ほど彼が使った魔導には見覚えがあった。当然だ。小さいときから、何十、何百と目にしたのだから。
「【強欲】――、それが僕の魔導だ。これで僕は相手の魔導をコピーできる。【虚無】もさっきのおっさんと戦ったときに手に入れておいたんだぁ。……で、今、手に入れたのが――――【蒼炎】」
「っっ⁈」
ゼックスの前方に蒼炎の蛇が姿を現す。
炎蛇がその巨体をうねらせながら、俺たちを睥睨する。
まだ炎蛇との距離は離れているというのに、肌がチリチリと焼けるような感覚に陥る。
この火力にこの威圧感。
間違いない、芽衣の魔導だ。
「アハハ、驚いてくれたかな?」
ゼックスの高笑いがフロア内に響く。
「わ、わたしの……」
芽衣が唇を震わせながら呟く。
「うん、そう。さっき君が使ってくれたから、あのタイミングで魔導をコピーした」
「っっ⁈」
彼女はあまりの出来事に棒立ちとなる。
しかし、今は戦闘中。そんな暇は与えられるはずがない。
「それじゃあ種明かしも済んだことだし……、喰らえ、炎蛇よ」
まるで王が刑の執行を宣言するかのように、彼は冷徹な声で言葉を発する。
同時に炎蛇はこちらを呑み込まんと躍りかかってきた。
「――っっ⁈ 【接続】」
芽衣が詠唱を開始するが間に合わない。
「ちっ」
とっさに俺は炎蛇に向かって走り出す。
近くに行くとさらに熱を感じる。まるで体が溶けてしまいそうだ。
炎蛇が大きく口を開ける。
このまま吞み込まれてしまう、その寸前で俺はその巨体を斬り上げた。