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2月15日(6)

 吸血鬼は宣言通り俺たちに攻撃をしかけず、悠然と立ったままだった。


「いやぁ、人間たちの仲間意識っていうのは本当に美しいね」

 大仰に両手を鳴らす。

 こちらは魔導師二人だというのに、さっきから余裕を隠そうともしない。

 実際、彼にとっては余裕なのだろう。なんたって、怪異の中での最上位種なのだから。

「……」

 全身に悪寒が這いずり回る。

 あの吸血鬼を前にすると、無意識に体が震えだす。

 それは、弱者が強者から生き残るために備わった動物の本能だ。恐怖を感じることで、動物は自分より強いと思った相手から逃げるという選択肢を得ることになる。

 でも今回ばかりは逃げるわけにいかない。

 じっと吸血鬼を視界の中央に収めながら対峙する。


「さて、せっかく待ってあげたんだから、少しくらい僕とのお話にも付き合ってよ」

 突然の不思議な申し出に呆気にとられた。

 吸血鬼は俺たちにかまわず口を動かす。

「まずは自己紹介からだ。僕は第六真祖ゼックス・フォン・ゲープハルト。君たちは?」


 ……なんで怪異相手に名前を名乗らなくちゃならないんだ?


 疑問に思いながらも相手の要求通りにする。

「笹瀬彰」

「紅芽衣」

 各々が自分の名前を告げるとゼックスはまるで宝物を見つけたように顔を輝かせた。

「アハハ……、やっぱり、そこのお嬢さんは紅家のご令嬢か。いやいや、これは本当に運がいい」

「わたしのことはよく知っているようね」

 芽衣は相変わらず、嫌悪感を剝き出しにしながらゼックスを睨みつける。

「そらそうさ。紅家といえば、魔導師を束ねる名家じゃないか」

「で、運がいいっていうのはどういうこと?」

 芽衣が問いかけると、ゼックスは恍惚としながら身をよじらせた。

「それはそんなすごい魔導師を僕のコレクションに加えられるからだよ。魔導師をコレクションに加えられるってだけで心が躍るっていうのに、それが超一級の魔導師となれば、それはもう昇天ものじゃないか。当初はそこのおチビちゃんと外に放り出したおっさんとを屍鬼しきにしようと考えていたんだけどね」

 彼の言葉から、やはり彼が今回の事件の黒幕であるとの確信を抱く。一目見たときから、ある程度予想はしていたが、確信に至ることでさらに怒りが強くなった。


 すると、彼は何かを思い出したようにポンっと手を叩く。

「あ、そうそう、たぶん君たちだよね? 僕から逃げ出した屍鬼をやっつけてくれたのは」

「……武のことか?」

「いや、名前はよく覚えていないけど、眼鏡をかけていた屍鬼だよ」

 眼鏡をかけていた屍鬼。――武で間違いない。

「……ああ、俺が葬った」

「いやぁ、その件については迷惑をかけたね。あいつを生成したときは人格を持った屍鬼ができたって喜んだんだけど、うっかり逃げられちゃって。やっつけてくれて助かったよ」

「お前は武たち、屍鬼を生成しているって言ったな」

「うん、言ったよ」

「それはなんでだ?」

 その質問を投げかけた瞬間、ゼックスはキョトンとした。

 手を顎において考える仕草を見せる。

「うーん……、なんでって言われると困るねぇ……。君たちはゲームをするときや漫画を読むときになんでそれをするか考えているかい?」

「は? そんなこと考えているわけないだろ」

「それと一緒さ。僕にとって屍鬼の生成はあくまで暇つぶしの一環。なんでそれをするのかって聞かれても答えようがない」

 ゼックスは両手を挙げてあっけからんと答える。

「そ、それじゃあ、暇つぶしなんかのために、あなたはたくさんの人たちの死を弄んだっていうのっ?」

 芽衣の声が震えている。彼女から怒りが伝わってくる。

 俺もそうだ。

 そんなやつの享楽にたくさんの人が犠牲になったなんて考えたくもない。

 しかし、彼は大きなため息をついた。

「はあぁぁ。あのねぇ、吸血鬼にとって暇つぶしがどれほど大変なのか分かっている? 僕たちは不老不死なんだよ? 不変という牢獄に閉じ込められた僕たちには常に退屈が付きまとう。僕たちは刺激に飢えているんだ」

 その言葉を聞いて俺たちは悟る。

 あいつは狂っていると。


「もういいっっ」


 我慢できなくなったのか芽衣がビル全体に響き渡るような大声で叫んだ。

 今までに見たこともない表情でゼックスを睨みつける。

「今からあんたを払ってあげる。その不変という檻から解放して、今度は地獄という檻に閉じ込めてあげる」

 芽衣がそう叫んだ瞬間、彼が今までになく愉快そうに嗤った。

「アハハ……、そうこなくっちゃっ。さあ、おいで、僕のコレクションたちっ」

 そう叫んでガバっと両手を広げる。


 その途端、物陰のいたるところから屍鬼たちが姿を現した。

 合計二十体ほど。

 第一の事件で発見された心臓の数と合わない。どうやらあの事件の後も屍鬼の生成を続けていたらしい。

「っっ⁈」

 さてどう対処しようかと考えながら、屍鬼たちを見回していると、その視界に見知った人物の姿が入ってきた。

 大きく目を見開く。


 俄体(がたい)がよくラグビー部に所属している同級生――――琢磨だ。


 いつも朝に言葉を交わしているのだから見間違えるはずもない。そういえば、今日は学園を欠席していた。

 昨日会ったときとは見違えるほど目が血走り、頬も痩せこけている。

 小太刀を握る手から赤い水滴がしたたり落ちる。

 怒りが、殺意が、後悔が――――

 どす黒い感情が今にも爆発しそうだ。

「およ? 彰くんの表情が変わったね。もしかして、この中にお友達でもいるのかな?」

 ゼックスのひょうきんな声がさらに感情を逆なでしてくる。

 今にでも飛びかかってしまいそうだ。

 だが、そんな自分に歯止めをかけてくれる少女が今はいる。


「落ち着いて、彰。怒りに任せてもあいつには勝てない」

 芽衣がそっと囁く。

 彼女の声を聞くと、自然と気持ちが落ち着いた。

 それから、芽衣は心配そうにこちらを覗き込む。

「それと彰は大丈夫?」

 その理由は屍鬼の中に琢磨がいるからだろう。琢磨を手にかけていいのか、彼女はそう言いたいのだろう。

 彼女の問いかけに首を縦に振る。


「ああ、……あいつを楽にしてやってくれ」

 琢磨をこれ以上、辱めるのは許せない。

 すぐにでも琢磨を解放してやりたかった。

 その言葉を聞くと芽衣は安心したように静かに目を閉じた。そして、次に瞼を持ち上げたときには、その目に闘争の色が浮かんでいた。

「わかった。そうだね、今、楽にしてあげよう」

 二人並んで屍鬼たちと対峙する。

 そして――、


「「――――【接続(コネクト)】」」


 最初の詞を口にした。


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