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2月8日(6)

「っっ⁈」

 武の不吉な言葉にとっさに身構える。


 武はひょいっと鉄骨から腰を上げ、立ち上がると、眼鏡を放り投げる。

 直後、彼の目が今までの屍鬼(しき)のように真っ赤に血走った。

 ああ、やっぱりこいつは屍鬼なんだな、と彼の姿を見て納得してしまう。

 彼が本性を現した瞬間、一瞬で倉庫内の気温が下がった気がした。

 今までの屍鬼よりも一層強い死の香りが体にまとわりつく。

 本能的に体が震え、嫌な汗が全身から噴き出してくる。

 対峙しただけで武が他の屍鬼とは違うと理解させられた。


「あのビルで屍鬼に襲われたんなら分かるんだろ? 屍鬼の身体能力を」

「ああ、当然だろ」

「それなら一般人の彰に勝ち目なんてあると思うか? 一応、俺のクラスメイトだ。何もしないなら一瞬で殺してやるぞ? なんなら、お前も屍鬼になるか?」

 武は嗜虐的な喜悦をその顔に張り付かせながら、ゆっくりと近づいてくる。


「いや、そいつはごめんだな。それに――――っっ」


 刹那、俺は大きく左に跳んだ。

 傍目で先ほど俺がいた地点を何かが横切るのが見えた。

 受け身をとって着地し、再び武の方に視線を向ける。

 武は俺の行動に一瞬だけ目を見張ったが、すぐに先ほどの笑みに戻った。

 武の両手を鳴らす音が倉庫内に響く。


「いやいや、驚いたよ。よく、こいつの存在に気付いたね」

 武の隣には一匹の屍鬼がいた。先ほど俺の背後から襲ってきたのはこいつだ。

 主人に付き従う従者のように屍鬼は武の隣にたたずむ。

 俺は二人を鋭く睨めつけた。

「昔はこういうことしかやってこなかったんでね」

「へえ、それはどういう――――」


「【接続(コネクト)】――――」


 俺がその詞を口にした瞬間、漆黒の魔力粒子が身体を包む。

 

 魔導を使うのには躊躇いがあった。


 また誰かを傷つけてしまうのではないか。

 また誰かの命を奪ってしまうのではないか。


 そんな思いがいつも俺に付きまとっていた。


 でも、俺は覚悟を決めたんだ。


 もうこれ以上、彼女が傷つかないために。

 もうこれ以上、彼女が苦しまないために。

 これからは彼女に甘えるだけじゃなくて、俺の持っている力で彼女を支えるって。


 もしかしたら、また俺はこの魔導で誰かを死なせてしまうかもしれない。

 でも、俺は彼女を助けたい。

 彼女を助けられるなら、たとえ誰かを殺めてしまったとしても喜んでその罪を受入れよう。


 彼女は俺が魔導と向き合っていると言ってくれた。逃げているんじゃなくて、向き合っていると。

 だが、今の向き合い方では彼女を助けることができない。


 だから、新しい向き合い方が必要だ。

 魔導の功罪を認識し、もし誰かを傷つけたらその責任を負う覚悟を決める。

 それが、これからの魔導との向き合い方だ。


 さあ、あいつに見せてやろう。これが俺の魔導だ。


 そして、俺はその詞を口にする。


「《()なる者よ、我が世界から消え失せよ》――――」


「っっ⁈」

 武がその光景に目を見張る。

 俺が右手に携えていたのは、昔使っていた一本の小太刀。

 その小太刀に先ほどの漆黒の魔力粒子が収束する。

 笹瀬家が操るのは虚無の魔導。

 自分以外を拒絶し、世界にその存在を認めない、あまりにも自分本位な力。


「なるほど……。あの女だけじゃなくて、彰も魔導師だったってわけだ……」

 武も俺の魔導を脅威と見たのだろう。先ほどまでとは異なり、顔からあの余裕さは消え失せていた。

「だが、魔導が使えたところで、こちらは二人。数の差で攻め切ってやるっ」

「……」

 俺は、虚無が収束した小太刀を改めて握りしめ、中段に構える。

 思考をクリアにする。

 小さい頃も戦うときによくやっていたことだ。

 相手の一挙手一投足に集中し、相手がどう動いてくるのか予測する。


 先に動いたのは武たちだった。

 武たちは二手に分かれ、挟撃を仕掛けてくる。

 やはり彼ら屍鬼の身体能力は高い。

 ぐんぐんこちらとの距離を縮めてくる。

「っっ」

 俺は武に向かって走り出した。

「はは、まさかこっちに向かってくるなんて」

 武はその血走った瞳に俺を映しながら、獣性むき出しの笑みを浮かべる。

「さあ、彰も仲間に加えてあげるよっ」

 叫びながら取り出したのは、一本の鉄パイプ。

 おそらくあれで俺の攻撃を受けている間に背後からもう一体の屍鬼に襲わせる算段だろう。


 だが、

「はっ」

 武が間合いに入った瞬間、小太刀を横になぐ。

「はは、そんくらい余裕で――」

 武も鉄パイプを小太刀の軌道に挟み、ガードをしようとする。

 しかし、


「なにっっ⁈」


 小太刀と触れた部分が一瞬にして消失していく。

 切るのとはまた違う。

 まるで鉄パイプがそれを構成する原子へと分解されていくように、小太刀と触れた部分だけなくなっていく。

 いつの間にか武のすぐ隣に小太刀が迫っていた。

 このままではガードができないと悟ったのか、武は大きく上体を反らして、小太刀を回避した。

 武のすぐ上を小太刀が通過していく。

 武が態勢を崩した瞬間を見逃さず、足刀を叩きこむ。

「へぶっ」

 見事に脇を捉えられた武は地面に転がり落ちた。

 さらに追撃をしようとするが、そうも簡単にはいかない。

 真後ろにはもう一体の屍鬼が迫っている。


 俺は左に二、三歩大きく再度ステップを踏み、武と屍鬼との直線上から離脱する。

 屍鬼は俺の回避に追随し距離を詰める。

 俺は大きくバッグステップを踏み、屍鬼との距離をとろうとした。

「ゔあっ」

 俺が後方に跳んだ瞬間、屍鬼の口が吊り上がる。


 そう、この間合いは俺にとって不利な間合い。

 小太刀は届かない一方、屍鬼は地面を蹴ることで一瞬のうちにこちらへ攻撃を加えることができる。

 俺が使える攻撃用の魔導はこれだけで、彼女のように遠距離から攻撃できる魔導は持っていない。

 案の定、屍鬼は地面を強く蹴って、こちらに跳びかかってきた。

 一瞬にして、そいつと俺との距離がゼロに近づいていく。

 だが、そんなことはこちらも当然想定済み。


 屍鬼が跳んだ瞬間、俺も地面すれすれで屍鬼に向かって飛び込む。

 すぐ真上を屍鬼が通過する。

 俺はくるりと体を反転。その無防備な腹に小太刀を突き立てた。


「ゔああぁぁぁぁぁぁ」


 屍鬼の絶叫が耳をつんざく。

 患部から虚無の魔導が流入し、屍鬼の体内に侵食していく。

「ゔぁっ、ゔぁっ」

 あちこちに罅が入っていき、ボロボロと崩れていく。

 まるで日の光で浄化される吸血鬼のように、屍鬼の身体が消失していく。

「ゔっ、ゔっ」

 屍鬼は小太刀から逃れようと大きくもがくが、その刃から逃れることはできない。

 俺も屍鬼が逃れられないようより小太刀を握る手に力を入れる。


「ゔっ、ゔああぁぁぁぁぁぁ」


 やがて、俺の真上にあった屍鬼の肉体は完全に消滅した。


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