1月28日(5)
「っっ⁈」
勢いよく顔を上げる。
視線の先には、顔だけ傾け、こちらをじっと見つめている彼女がいた。
「笹瀬くんが魔導師だってこと、とっくに知っていたよ」
「えっ、なんで……」
今の今まで彼女に、俺が魔導師だってことを話したことはない。彼女の前で魔導を使ったこともない。
「わたしも魔導師だから。それも超優秀な。転校初日、隣に座ったときに笹瀬くんから魔力の流れを感じた」
転校初日のことを思い出す。たしかに彼女は、ほんの一瞬だが俺を見て表情を変えていた。
「なるほど、だからあのとき驚いていたのか……。でも、それなら、どうして――――」
「――笹瀬くん」
俺の言葉を遮るように、彼女が言葉を重ねた。
「……なんだ?」
「そこのリモコン、取ってくれない?」
このベッドは電動で上体を起こす機能が付いている。彼女が指さしたリモコンはそのリクライニング機能を制御するためのものだ。
「ん」
机にあったリモコンを彼女に渡す。
彼女はありがとう、と言ってリモコンを受け取ると、それを操作してベッドの上体を起こした。
「笹瀬くん、ここに頭を乗せて?」
「は?」
彼女がここ、と指さすのは彼女の太もも。しかも布団をまくり、足を出している。
「いいから早く」
しかし、彼女は有無を言わせない雰囲気で太ももをポンポンと叩く。
一体彼女が何をしたいのか全く理解ができない。
「あー、分かった、分かった」
若干投げやりになりながら、言われた通り、彼女の太ももに頭を乗せる。
彼女の太ももと俺の頭とを隔てるのは薄い入院着のみ。頭を乗せた瞬間、彼女の柔らかさとぬくもりを感じた。
だが、これだけでは終了しない。
「っっ⁈」
頭部に感じる優しい手の感触。
彼女はまるで子どもをあやすようにして俺の頭を撫でていた。
「お、おい、いったい……」
「――笹瀬くんがつらそうだったから」
手を動かしながら彼女が口を開く。
「笹瀬くんに初めて会ったとき、この人も魔導師なんだなぁって感じた。でもそれと同時に、この人は魔導で苦しんでいるように見えた」
「そ、そんなのわかるわけ……ぐっ」
抗議すべく顔を上に向けようとしたが、彼女の手によって押さえつけられた。
「……わかるよ。わたしが見たとき、笹瀬くんは魔力を抑え込もうとしていたから」
「えっ?」
思わず声をあげる。
俺は魔力を抑えようと意識したことなんてない。そもそも自分の意思でそんなことができるのかも分からない。
そんな俺の疑問を感じ取ったのだろう。彼女は優しい声音で言葉を続ける。
「たぶん、無意識だと思うよ。でも、通常の魔力の流れではなかった」
「……」
「知っていると思うけど、わたし、魔導がすごく好きなんだ。みんなの役に立って、みんなの笑顔を守って、みんなを幸せにする、この不思議な力が。だから、笹瀬くんにも魔導を好きになってもらいたかった」
彼女が魔導を好きなのは見ていてわかる。
魔導を使うとき常に彼女は自信に満ちていた。
魔導を使うとき常に彼女は輝いていた。
「それからのわたしは笹瀬くんのできるだけ近くにいようとした。一緒にお昼を食べて、一緒に登校して、そして、一緒に事件の調査をした。笹瀬くんが何で魔導に苦しんでいるのか知りたかった」
彼女は再び手を動かし始める。
俺も抵抗しなかった。
「でも、無理に聞こうとは思わなかった。あのビルで笹瀬くんが魔導師じゃないふりをしたとき、わたしは笹瀬くんが自分から話したくなるまで待とうと思った」
「……」
何も言えなかった。彼女は全てを知っていたのだ。
俺が魔導師であることも。俺が魔導を嫌っていることも。
そして、戦える力を持っていながら、それから逃げていることも――
それなのに、彼女は待っていてくれたのだ。
俺自身が話したくなるまで。俺自身が自分に向き合えるまで。
ずっと自分のことを考え続けてくれていた彼女に頭が上がらなかった。
すると、彼女の手が止まった。
「笹瀬くん」
「……なんだ?」
「顔を反対側に向けて」
「は?」
「いいから」
「……」
言われるがまま、顔を反対側に向ける。
当然ながら、目の前には彼女のお腹がある。
さっきよりも彼女の存在を強く感じられた。
彼女は再び、俺の頭を撫で始める。
「話してくれてありがとう……。つらかったね……」
「っっ⁈」
彼女の優しい声音が耳朶を打った。
「笹瀬くんは自分をもっと労わっていいんだよ。じぶんをもっと褒めていいんだよ」
「そ、そんなことできるわけない。俺は魔導から逃げて、あんたまで傷つけた」
口から出る声は、まるで小さい子どもが親に反抗するときのように、泣き叫んでいるようだった。
「ううん、笹瀬くんは魔導から逃げたんじゃない。笹瀬くんは、魔導の功罪を知ってしまったから、その扱い方が慎重になっただけ。魔導は人を幸せにするって言ったけど、それと同時に人を不幸にもする。笹瀬くんは魔導の負の側面も知ったからこそ、不用意にこれを使わなかった。それは、逃げじゃない。笹瀬くんはちゃんと魔導と向き合っていたんだよ」
「……そんなのはただの屁理屈だ」
そのとき、頭の上で彼女がため息をついたのが分かった。
「やっぱり、笹瀬くんはああ言えばこう言う……。それなら、笹瀬くんはなんで今も苦しそうなの?」
「……?」
「あのね、逃げるっていうのは思考を放棄すること。でも、笹瀬くんはそれをしなかった。だから、魔力を押さえたり、魔導を使うのを踏みとどまったりしたんでしょ? それは、全部、魔導について考えた末の行動だよ。笹瀬くんは魔導から逃げているようで、常に魔導のことを考えていた。魔導と向き合っていた」
俺の悲鳴のような抗議を彼女はやっぱり優しくあやす。
「だからね、……笹瀬くんはもっと自分の行動に誇りをもっていい。自分を好きになっていい。わたしが笹瀬くんは頑張ったって保証する。きみが自分を褒めないなら、わたしがきみを褒めてあげる。だから、もうそんな辛そうな顔はしないで」
彼女の優しい声が響いてくる。
彼女の優しい声が全身を包み込んでくれている。
――――ああ、もう限界だ。
さっきから堰を切ったように瞳から熱いものがこぼれだしてくる。
でも、そんな姿を彼女に見られたくなくて、俺は彼女のお腹に顔をうずめる。
「大丈夫。今は誰も見てないから……」
そう言った後、彼女は無言で俺の頭を撫で続けた。
前話と合わせて、このシーンは私の中でも好きなシーンです!
今まで七海を鬱陶しく思っていた彰が徐々に彼女に心を開きつつも、ここで爆発するッ
これに共感してくださる方がいたらとても嬉しいです