1月28日(4)
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手術の結果、彼女は一命をとりとめた。今は病室のベッドで静かに寝息を立てている。
彼女の親族は、家が遠く病院に来られなかったので――祖母が近くに住んでいるというのは彼女の嘘だった――、代わりに俺が付添いとして彼女の側にいることになった。
医療用機械から鳴る電子音が彼女の生を実感させる。
すでに日は沈み、窓の外から音は入ってこない。ここも個室であるので、この電子音以外に音は聞こえてこない。
俺は彼女のベッドの近くで椅子に腰を掛け、眠っている彼女を見つめる。
「ごめん……」
聞こえないとわかっていても、彼女に対する謝罪の言葉が口からこぼれた。
あのとき、自分が魔導を使っていれば、あの屍鬼を一人で倒すことができた。
彼女が自分を助ける必要はなかった。
彼女のその傷は自分がつけたのも同然だ。
彼女が受けた苦痛は自分が与えたのも同然だ。
彼女は自分を守るって言った。
彼女からしてみれば、あのときの行動は当然のことだったのかもしれない。
でも、自分は守ってもらえるような人間じゃない。
守ってもらう――――
それは、自分の力が足りないが故に得られる恩恵だ。
自分は力が足りないわけじゃなかった。あの屍鬼を一人で倒す力があった。
それなのに、その力を敢えて使わず、彼女を傷つけてしまった。
「俺、魔導師だったんだ……」
部屋の電気は消している。
雲の切れ目から月が顔を出し、微かな銀色の光が室内を照らす。
「小さい頃から怪異の討伐をしてさ。自分の力を疑わなかった。自分はたくさんの人を守っているんだって思っていた」
彼女はずっと目を閉じている。
あのビルで気を失ってからずっと。
これは独白だ。
誰に聞かせるわけでもない。自分がすっきりするためだけの身勝手なものだ。
「でも、あるとき、魔導で生き物を殺しちゃってさ。それから、この力が怖くなった」
今でも鮮明に思い出す。
あの土蜘蛛によって負傷した猫。
自分が魔導をかけた瞬間、その猫は、あの土蜘蛛のようにボロボロに崩れ去った。
怪異でもなんでもない、ただの猫だ。怪異のように人を襲うこともなく、そいつはただ生きていただけだった。
それなのに、自分が魔導を使ったせいで、そいつの命は途絶えた。
自分がその猫を殺してしまった。
「魔導が怖くなって、この力を使わなくなった。使いたくなかった」
あの事件の後、俺は父さんではなく、じいさんにこの力のことを聞いた。
怪異を浄化する魔導だと、父さんからは教えられていた。
でも、本当は違った。
この魔導は、浄化ではなく、――――虚無。
穢れを払うのではなく、自分以外を拒絶する力。
浄化としていたのは、一族のモチベーションを上げるためだったらしい。
父さんもこの真実については知らない。
じいさんも昔、この魔導に疑問を抱き、自分で調べたと言っていた。
じいさんは包み隠さず、話してくれた。
そのときの悲しそうな顔は今でも忘れることができない。
「この不浄な力が嫌になってから、俺は魔導師を辞めたんだ。そしたら家族から恨まれた。無視されるようになった」
自分たちは危険に身を投じているのに、息子だけが一族に与えられた使命を放棄している、そう捉えられるようになった。
俺も本当のことを言えなかった。
この力を神聖視する父さんたちに実は違うなんて言えるはずがない。
「家に俺の居場所はなかった。でも、そんな俺にあんたは居場所をくれた。正直、あんたとの時間は楽しかった」
学校の内外を問わず、彼女とはたくさんの時間を過ごした。
彼女の家にもあげてもらった。そこで他愛もない話をいっぱいして笑った。
最初はちょっかいばかりかけてきて、正直、面倒くさいとしか感じなかったけど、徐々に彼女との時間が楽しくなっていった。
「俺はあんたに甘えていた。でも、甘えるだけではだめだったんだ。俺にはあんたを支える力があった。あんたが俺を支えてくれたように、俺もあんたを支えなければならなかった」
後悔が、懺悔が次々と溢れ出していた。
今となってはもう遅い、そうと分かっていても止められなかった。
「それなのに、俺はまた怖くなって、力を使わなかった。そして、あんたを傷つけた。……本当にごめん」
相変わらず、静かな病室に規則的な電子音だけが鳴り響く。
「……もう、ようやく話してくれた」