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1月25日(3)

***


 調査を終え、家路についていると、ポツリと冷たい何かが頬を伝った。

 ほどなくして、分厚い雲から降り注ぐ雫により、どんどんアスファルトの地面が黒く染められていく。

「うわっ、もう降ってきやがったか」

「天気予報では明日から雨だったのにね……」

 しかも、勢いが思ったより強い。ものの一分もしないうちに土砂降りになった。

 仕方なく、一度、近くの軒先に非難する。


「これはしばらく止みそうにないな……」

 西の空を見ても今上空にある雲と同じように、そこには灰色の雲が横たわっている。

「だねー。もう、ほんと今日は運が悪いなあ……」

 今日は傘なんか持ってきていない。それはどうやら、彼女も一緒のようだ。

 さて、これからどうするか、と今後のことを考えるが、何も解決法は思い浮かばない。

 そうこう当てもなく思案に耽っていると、不意に強い寒気を覚えた。

「……くしゅんっ」

「えっ、大丈夫?」

 彼女が心配そうにして、顔を覗き込んでくる。

「ああ、思ったより雨に濡れたから体が冷えたらしい。……くしゅんっ」

「うわ、このままだと笹瀬くんが風邪ひきそう……。えーっと、どうしよう……」

 彼女が珍しくあたふたしている。


「仕方ないから今からダッシュで家に帰るわ」

「え、この雨の中?」

「ああ、それしかないだろ」

「でも、笹瀬くんの家ってここから結構遠くなかった?」

「徒歩で三十分ってところだな」

「絶対、風邪ひくじゃんッ。……あ、そうだ、いいこと思いついた」

 何かを閃いたらしい彼女が両手をパンっと叩く。

「ん、どうかしたか?」


「笹瀬くん、今からわたしの家に寄って行かない? わたしの家ならここからそう遠くないし、わたしの家でシャワーを浴びて、服も乾かせば、風邪を引くこともないでしょ?」


「はあ⁈」


 突然の提案に声を上げる。

「あんた、自分が何を言っているのか分かってんのか? 俺は男だぞ。しかもあんた今は一人暮らしなんだろ?」

「うん、そうだよっ。でも、このままだと笹瀬くん、絶対、風邪を引くじゃんっ」

「いや、だからって、そう簡単に女子の家に転がりこめるかよ……、くしゅんっ」

 そのとき、ちょうどいいタイミングでくしゃみが飛び出してしまう。

「ほら、もう迷っている暇なんかないでしょ? はい、さっさとついてくるッ」

 彼女はそう言って、俺の手を引っ張る。

「あ、おい……」

 俺はなすすべなく彼女に連れていかれた。


 彼女の言う通り、彼女の家は俺たちが雨宿りをしていた地点から徒歩三分ほどの場所にあった。

 鉄筋コンクリート製の比較的新しい五階建てのマンション。女の子一人が住む場所だけあって、エントランスはオートロック式が採用されている。

 彼女に連れていかれるまま、エレベーターで四階へ。エレベーターを降りて、右に三部屋分進んだところで、彼女は立ち止まった。


「はい、ここがわたしの部屋。今日は急だったから、少し汚いかもしれないけど、我慢してね。……でも、汚いって口に出したら殺すから」

 少し彼女の頬が赤い。ただ、その目はマジだった。

「助けてもらう身なんだからそんなこと言うかよ……」

「そう」

 彼女は鍵を回し、ドアを開ける。


「お邪魔します……」

 彼女の後に続いて玄関に入る。

 玄関の前には直進の廊下があり、右に二つのドア、左にドアが一つとクローゼットがある。奥には、開いているドアから中を見る感じリビングキッチンがあるようだ。トイレ・バス別の1ⅬⅮKというところか。

 さすがはお嬢様。学生の一人暮らしにしては、かなりいい部屋に住んでいる。

 彼女に案内され、奥のリビングに入る。


「なんだ、全然きれいじゃないか」

 ゴミは一つも落ちておらず、家具はきちんと整頓されている。

「そ、そう?」

 素直に褒められて、照れくさいのか、彼女は顔を背けた。

「そ、それじゃあ、笹瀬くんが先にシャワーを浴びてっ。わたしは後に浴びるから」

「え、いや、家主を差し置くのも悪いし、俺が後に浴びるよ」

「だって、笹瀬くんの方が風邪引きそうじゃん。ほら、さっさと入って」

「そんなことは……くしゅんっ」

 そのとき、またもやタイミングよくくしゃみが出た。

 俺を見て彼女が吹き出す。

「あはは、やっぱり笹瀬くんが先じゃん。お風呂は廊下を出て右手にある一つ目のドアの先だから、先に入りなよ」

「うっ、分かったよ……」

 あそこでくしゃみが出てしまっては何も言い返せない。

 ここは彼女の言葉に甘えることにした。


 洗面所に入ると、服を脱ぐ。

「脱いだ服は洗濯機に入れておいてー。笹瀬くんの服、洗濯して、乾燥機までかけるからー」

 リビングから彼女の声が聞こえてきた。

「分かったー」

 そう答えて、脱いだ服は洗濯機へ。

 洗濯機へ服を突っ込むと、風呂に入り、シャワーの栓を捻った。

 冷えた体に温水が染みる。体温が戻っていくのを感じた。


「……」


 シャワーの音が響く中、無意識に考えてしまう。

 ここで、あいつはいつもお風呂に入っているのかと。

 もちろん、これまで女子の家に上がったことなどない。お風呂なんてなおさら。

 見たことないシャンプーやリンスに、ほのかに香る爽やかな匂い。

 無性にもっとこの場所を観察したくなった。

「……いやいや、何やってんだ俺っ。そんなのただの変態じゃねえか」

 しかし、理性をフル稼働し、そんな邪な欲情を跳ねのける。


 シャワーを浴びるだけ、シャワーを浴びるだけ……


 心の中で念仏を唱えるように極力無心で温水を浴びていく。


「よし、終わり」

 ある程度、体を流すと、シャワーも栓をもとに戻した。

 洗面所に戻る。

「あっ、着替え……」

 しかし、心配はいらなかった。置手紙と一緒に上下のジャージが用意されていた。

「えーっと、『服が乾くまで、お兄ちゃんのジャージを使って』っと……」

 どうやら彼女には兄がいるらしい。まあ、あいつが紅家の四女らしいし、兄弟もいっぱいいるであろうから、その中に男がいたとしても不思議ではないか。

 ただ、さすがに下着については用意されていなかった。とはいえ、下着は濡れていないし、着ないわけにもいかないので、そのまま使うしかないか。

 ということで体をタオルで吹いた後、洗濯機から下着を取り出し、これを着ると、その上から上下のジャージを着用した。

 彼女の家の洗剤だろうか。ジャージからは石鹼の香りがする。


「シャワーありがとう。いま出た」

 リビングに戻る。

 彼女は机に片手をつきながら佇み、スマホを操作していた。彼女の服も濡れていたから、どこにも座ることができなかったのだろう。

「あれ、もう出たの? 男の子って、ほんと烏の行水だね」

「シャワー浴びるだけならそんなに時間はかからないだろ」

 本当はあの場所にこれ以上長くいると理性を保つのが難しかったというのもあるが、それは口に出さないでおく。

「まあ、いいや。それなら、わたしも入ってくる。……あ、ちなみに覗きはウェルカムだから」

 リビングを後にする際、彼女がちらっと振り返る。

「はいはい、冗談言ってないで、さっさと入ってこいよ」

「もう、つれないなぁ」


 期待したリアクションを得ることができず、彼女は頬を膨らませながら浴室へと向かった。


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