1月24日(1)
翌日の放課後、俺と紅さんは改めて、あの屍鬼が現れたビルに赴くことになった。
日が傾き、オレンジ色の空の下を二人で歩く。
「……で、今日って、俺もいないと行けないのか?」
隣を歩く彼女に問いかける。
「ん、当たり前じゃん」
何言ってんの? という感じで首をかしげる彼女。
「いや、昨日の現場なら、土地勘のないあんた一人でも行けるだろ。俺の案内はいらなくないか?」
「いいじゃん、いいじゃん。もしかしたら道に迷うかもしれないよ~。それに、日が暮れそうな時間に乙女を一人にしていいわけ? あそこ、人通りが少ないんだよ?」
こいつの場合、不審者に襲われてもなんなく返り討ちにすることができるだろ……
そんな俺の考えを悟ったのか、彼女は頬を膨らます。
「むっ、なんか失礼なこと考えてない?」
「はあ……、なんでもねえよ」
これ以上、この話題を続けてもこちらが疲れるだけだろうから打ち切ることにしよう。
「そういえば、昨日の事件、今朝にはニュースになっていたな」
今朝、家でやっていたテレビを思い出す。
「うん、わたしと笹瀬くんがいなくなった後、通行人が被害者の死体を発見して、警察に通報したみたい」
その通行人というのは、あのときビルで叫んでいた人だろう。
よかった、俺が屍鬼を引き付けていたおかげで、あの人は無事だったようだ。
「ん、どうかした? なんかほっとしたような顔しているけど」
ちょっとした変化にも敏い彼女は、かすかに俺の頬が緩んだのを見逃さない。
「ん、いや、なんでもない」
「そう? 変なの……って、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」
彼女がいきなり大声を上げる。
あまりの声量に耳がキーンとなる。
道行く人も何事かとちらちらとこちらを見ていた。
「ったく、いきなり何なんだよ……」
耳を押さえながら、恨めしそうに彼女を睨みつける。
「笹瀬くん、あれっ、あれっ」
彼女は興奮を抑えられない感じで、前方を指さしていた。
「あ、あれ……?」
彼女が指さす方向に視線を向ける。
道路を渡り、少し進んだ地点に一台のキッチンカーが出ているのが見えた。
近くに立つのぼりと見るところ、どうやらタピオカジュースを売るお店らしい。
「……で、あれに行きたいのか?」
ジト目で彼女を見つめる。
「うんっ。ねえ、いいでしょ?」
「はあ、俺たち、今から昨日の事件現場に行くんだよな? こんなところで油を売る暇はねえだろ」
「ちょっとくらい、いいじゃん。腹が減っては戦ができないって言うでしょ?」
「これから戦をするわけでもないし、タピオカジュースで腹は膨れないだろ」
「もう、ああ言えばこう言う。いいの、わたしはあれが飲みたいんだから」
なんて身勝手なやつ。いや、知っているけど。
相変わらずの強引さに頭を抱えた。
「さ、行こう? 早く行かないと売り切れちゃうかも」
「んなわけあるかよ……」
先に歩き出した彼女の後を追いかける。
結局、彼女に押し切られ、俺たちは少し寄り道をすることになった。
一度、信号で止まって、それから道路を渡る。道路を渡り、少しすれば目的のキッチンカーに到着した。
「いらっしゃいませ」
店主が顔を出す。
「んー、どれにしよっかな……。うわっ、どれも美味しそう……」
「ふふ、ありがとうございます」
彼女はメニューと睨めっこしながら迷っていた。
こっち? あっ、でもあっちも捨てがたい、なんて言いながら、メニューを行ったり来たりしている。
だが、ようやく決心がついたようで……、
「すみません、このマンゴータピオカ一つお願いします」
メニューを指さしながら、商品を注文する。
「マンゴータピオカですね。えーっと、そちらのお客様は?」
「ん、あ、えーっと……」
促されて商品カタログを眺める。
「もう、さっさと決めちゃいなよ」
自分のことは棚に上げて、彼女が催促してくる。
自分だって散々悩んでたじゃねーか。
「それじゃあ、この抹茶タピオカで」
「かしこまりました。それでは二点で、千円になります。お支払いは別々になさいますか?」
店主の問いかけがきた瞬間、紅さんがくるん、とこちらに顔を向けた。
「笹瀬くん?」
みなまで言わずとも何が言いたいのか察してしまった。
「……。い、いえ、自分がまとめて払います……」
観念して、財布から千円札を取り出し、店主に渡す。こいつ、名家のお嬢様のくせに、と内心で毒づきながら。
「お支払いありがとうございます。すぐに準備いたしますので、少々お待ちください」
商品を準備するため、店主はこちらに背を向けた。
しばらくして、両手に商品を持った店主が再び顔を出す。
「……、はい、こちら、マンゴータピオカと抹茶タピオカになります」
「ありがとうございますっ」
紅さんは目を輝かせながら商品を受け取った。
俺もお礼を言いながら商品を受け取る。
店主のありがとうございましたぁ、との言葉を聞きながら、俺たちはキッチンカーから離れた。