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1月23日(7)

すみません、一話が長くなりました。

***


「ふう、おーわりっと」

 俺がいた屋上に着地した彼女は、服についた埃をはたく。

 火柱が立った場所には、何も残っていなかった。完全に燃やし尽くしたようだ。


「で、なんであんたがここにいるんだ?」

 逃げ疲れた俺は、その場に腰を下ろして彼女に問いかけた。

「うわっ、いきなり警戒感むき出しの質問。せっかく助けてあげたのに、お礼の一つもないの?」

 彼女はその端正な顔を歪める。


「うっ、たしかに……。ちっ、さっきはありがとう。おかげで助かった」

「今、舌打ちをしたよね?」

「……」

 ジト目を向ける彼女に、思わず顔をそむける。

 そんな俺を見て、彼女は腰に両手を当てながら、ため息をついた。


「はあ、笹瀬くんはもう少し素直になった方がいいよ?」

「もともとこういう性格なんだ。ほっといてくれ」

「生まれたときから捻くれている人間なんていないでしょ」

「いいから、そろそろ俺の質問に答えろよ」

「しかも自己中ときたか……。わかったよ」


 直後、彼女の顔が引き締まった。

 ごくりと唾を飲む。

「ねえ、笹瀬くんも魔導師、いや、一般的に言えば、魔法使いかな、とにかく、その存在は知っているよね?」

「もちろん、知っているぞ。学校の授業でも習うし、たまにテレビでも取り上げられることがある」

「それじゃあ、怪異かいいって言葉は?」


 このとき、俺は本当のことを言うべきか迷った。

 魔導師の存在は知られているものの、怪異かいいの存在は知られていない。怪異かいいが発生した直後、その被害が出る前に討伐するのが魔導師の活動だからだ。それこそ、討伐を行う魔導師しか、その存在を知らない。

 もし、ここで知っている、と答えれば、自分が魔導師であると彼女にばらすことになる。そうなれば、今後面倒なことに巻き込まれる予感がした。


「いや、聞いたこともないな」

「……」

 俺の返答に対して、彼女はじっとこちらを見つめてくるだけ。

「……」

 俺も彼女を見つめ返す。


「……。あっそ、知らないならいいや。今から説明してあげる」

「ああ、頼む」


怪異かいいは空想上の生き物の総称。妖怪とか、魔物とも呼ばれているかな。さっき、空想上と言ったけど、そいつらは、はるか昔からいる。ただ、一般人には目撃されないだけ。そして、そいつらは人を襲うの」

「じゃあ、さっきあんたが焼き殺したのも怪異かいいだっていうことか?」

「うん。種族としては屍鬼しきになるかな」


 屍鬼しき……

 つまり、動く死体。ゾンビみたいなものか。


「で、その怪異かいいを討伐するのが、私たち魔導師。今の炎を見たでしょ? あれが魔導よ」

「へー、あれが魔導なのか。初めて見た」

 口から出る言葉が白々しく聞こえるが、そのまま知らんふりをするしかない。

 しかし、そこでふと引っ掛かったことがあった。


「んっ、あんた苗字は紅だよな? 魔導師の紅家といえば……」

「そう、煉獄れんごくの炎を自由自在に操るって言われている魔導師の家系よ」

「……まじか」


 魔導師で紅家を知らない者はいない。

 数多くいる西日本の魔導師の頂点に立ち、彼ら彼女らを統括する名家。

 実力も申し分なく、紅家の魔導師には一般的な魔導師が束になってようやく太刀打ちできるとまで言われている。

 彼女が紅家の人間であれば、先ほどの規格外さに納得できる。

 小さい頃から父さんが怪異かいいと戦うところを目にしていたが、彼女がさっき使った魔導は別格だった。


「にしても、一般人なのに魔導師の名家を知っているなんて。笹瀬くん、魔導師に詳しいんだね」

 彼女はこちらを見ながら首を傾げた。

「あ、いや、紅家っていったらメディアにも取り上げられることがあるくらい有名だろ? そりゃあ、知っているだろ」

 実際にメディアで取り上げられたかは知らない(少なくとも俺はそのメディアを見たことがない)が、適当に嘘をつく。


「あー、そういえば、昔、父様が雑誌の取材を受けていたっけ」

 どうやら納得してくれたらしい。

 助かった、それならさっさと話題を変えよう。


「で、その紅家のお嬢様がこんな辺鄙へんぴな場所に来たんだ? それも転校してまで」

 紅家は西日本を統括していることもあり、その本拠地は関西にある。こことの距離は相当なものだ。

「このあたりには魔導師がいなかったからね。今まで被害の報告はなかったけど、もし怪異かいいが発生したら大変だから、紅家四女のわたしがこの地に派遣されたの」

 一応、このあたりは笹瀬家が管理しているのだが、笹瀬家は魔導師の中でも無名。だからここに魔導師はいない、と判断されたのだろう。


「でも、派遣されて早々、怪異かいいによる事件が発生。本当に嫌になる」

 彼女がため息をつきながら両手を挙げる。

「へえ、その言い方からすると、今回の一連の事件は怪異かいいによるものなのか?」

「うん、私はそう思っている」

「その根拠は? あの屍鬼しきとかいう化け物と関係があるのか?」

 重ねて彼女に問いかける。

 彼女は神妙そうに顔をうつむけた。


「……屍鬼しきを作るのに、心臓は不要だからよ」


「……え?」

 思わず声を上げる。


「今言ったけど、屍鬼は怪異しきの一種。そして、その屍鬼しき怪異かいいが死体を素材にしてつくるの。でも、魂が宿ると呼ばれる心臓は屍鬼しき作りに不要」

 そこまで言われると、彼女の言いたいことが分かってしまった。

「つまり、今回の事件は、怪異かいい屍鬼しきを作るに当たり死者又は生者を解体。そのときにいらなくなった心臓をほったらかしにした、ということなんだな?」

「うん、正解」

 彼女は首を縦に振った。


 だとすると、この事件を解決するには、その屍鬼しきを作っている怪異かいいを討伐すればいいのか。

 俺がさっき出くわした屍鬼しきは、その怪異かいいが作った屍鬼で、そいつの下から逃げ出したってところが相場かな。


「これで聞きたかったのは全部?」

 一通り話し終えた彼女が俺に問いかける。

「ああ。俺が知りたかったことは全部聞けた。ありがとな」

 さすが、名門紅家。俺なんかと比べて、圧倒的な情報量だ。

 父さんがその怪異かいいを討伐しなくても、こいつがどうにかしてしまいそうだな。

 気になっていたことも聞けたし、ここを立ち去ることにしよう。


「それじゃ、俺はこれで……」

「え、待ってよ?」

 階段へと向かおうとしていた俺を彼女が呼び止める。彼女は両手を後ろに組みながらこちらに近づいてきた。


「なんで、わたしが正直に話したと思ってんの?」

 彼女は俺の目の前で立ち止まると、下から顔を覗き込んできた。

「は? それは俺がさっき事件に巻き込まれたからじゃ……」

「ふふ、そんなことでわたしが丁寧に説明するわけないじゃん。なんで、助けたうえでさらに事件の説明までしないといけないの?」

「それじゃあ、なんで……?」


 そのとき、彼女は意地の悪い笑みを浮かべた。

 とてつもなく嫌な予感がした。


「それはね、笹瀬くんにも事件の調査を手伝ってもらうためだよ?」

「は?」

「だってわたしね、ここにきたばかりで土地勘がないでしょ? それに引き換え、笹瀬くんはずっとこの町で過ごしてきたよね。だから、笹瀬くんと協力した方が調査しやすいと思って」

 そんなの冗談じゃない。

 俺はこの事件に巻き込まれないために、一般人のふりをしているんだ。事件の調査に協力してしまえば、元も子もなくなる。


「いやいや……。俺、ただの一般人だし。さっきの屍鬼しき? みたいな怪物が出てくるんだろ。完全にお荷物じゃねえか」

 どうにかして、彼女の依頼を断ろうとする。

「ううん、大丈夫だよ。屍鬼しきが出てきたときは、わたしが笹瀬くんを守ってあげる。笹瀬くんも見たでしょ? わたしの魔導なら屍鬼しきがたくさん出てきても一気に制圧できる」


「ぐっ、それはたしかに……」

 あの超火力魔導だ。彼女の言う通り、屍鬼しきが何体出てきても、彼女なら一瞬で制圧できそう。

「それに、お荷物じゃないよ? 笹瀬くんにはこの町の案内やわたしの助手を務めてもらうから」

 いつも学園でちょっかいを掛けてくるようにぐいぐいと俺に迫ってくる。

 彼女の勢いに気圧され、やがて、


「……、分かった」

 彼女の申し出を承諾してしまった。

 自分の意思の弱さが嫌になる。

「ふふ、ありがとう」

 俺が押し切られる形で首を縦に振ると、彼女は頬を緩めた。


「じゃあ、笹瀬くんにはこれをあげる」

 彼女が何かをこちらに向かって放り投げる。

「あっ、とっと」

 慌ててそれを両手で受け止める。


「ん、なんだ、これ……」

 それは手のひらサイズの小袋だった。それに、なんか変な匂いがする。

薬袋やくたいっていって、屍鬼が嫌がる薬草をすりつぶしたやつが中に入っているの。それを持っていたら、屍鬼しきは近寄ってこないよ」

 なるほど、お守りというわけか。

「ありがとな」

「いえいえ。それじゃ、これからよろしくね、笹瀬くん」

「ああ」


 こうして俺は不本意ながらも彼女の調査に付き合うことになった。


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