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1月23日(5)

「おーい、誰かいるのか~」


「っっ⁈」

 階下から人の声が響いてきた。誰かがこのビルに立ち入ったようだ。

 一瞬だけ階段に目を向けた後、再び、やつへと視線を戻す。

 どうやら、あいつはまだ先ほどの声に気がついていないようだった。

 あの様子からして喰われている側がさっき叫んでいた人で、喰っている側がそいつを襲ったんだろう。

 だとすれば、今、二階に人が上がってきてしまえば、あいつは間違いなくそいつを襲う。

 第二の犠牲者が出てしまう。


 それではどうすれば……


「……くそっ」

 ぱっと出口を飛び出す。

 これだけではまだ気づかれていない。

 あいかわらず、そいつはむしゃむしゃと肉片を頬張っている。

 さらに恐怖がこの身を襲った。

 ああ、今すぐ逃げ出したい。

 今ならあいつに気付かれることなく逃げ切ることができる。

 しかし、それはできない。

 近くに落ちていた鉄くずを二つ拾い、そのうちの一つをそいつに向かって投げつける。

 俺とそいつとの距離は数メートルしかない。この距離ならまず当てられる。

 狙い通り、鉄くずはそいつの頭にヒットした。

「ゔう?」

 食事を邪魔されたそいつは不機嫌そうに振り向く。

 見たところ、三十代男性。だが、その肌は血が通っていないかの如く青白く、頬もこけている。両の目は血走り、瞬き一つしない。加えて、その口元は真っ赤に厚化粧をしていた。

「食事中にすまねえな。だが、これから俺に付き合ってもらうぞ」

 そう言葉にした直後、もう一つの鉄くずをそいつに投げつける。

 鉄くずは弧を描き、またもやそいつの額を直撃する。


「ゔぁああああああああ」


 まったくもって何を言っているのか分からないが、そいつが怒り狂っているのだけは理解できた。

 そいつは俺を目掛けて直進してくる。

 俺も捕まるわけにはいかない。

 すぐに出口に戻る。

 逃げるためにはここで階段を下りればいい。だが、一階にはさっきほど声を上げた人物がいる。

 俺は迷わず上の階を目指した。

「ゔっ?」

 そいつは階段まで来ると、キョロキョロとあたりを見回す。俺がどっちに行ったのか分からなったらしい。

 ここで間違って下に降りられたのではたまらない。

「こっちだ。のろま」

 三階に到達していた俺はそいつを見下ろしながら、そう吐き捨てた。

「ゔぁああああ」

 目標を見つけたそいつは、勢いよく階段を駆け上がる。

「ようし、いい子だ」

 俺も捕まらないよう、三階の出口を飛び出した。

 当然、そいつも俺を追ってくる。


 出口を飛び出してすぐ、スパナが落ちているのに気付いた。さっとそれを拾い上げる。

 そいつは出口を出ると、俺がどこに行ったのかまた視線をさまよわせた。

 その隙をつく形で、スパナを投げつける。

「ゔっ」

 見事、頭部にヒット。だが、そいつは気を失うこともなく、すぐこちらに向かってきた。

「ちっ、全然きいてねえな」

 再び逃走を開始。

 さっさとあいつから距離をとろう、そう思って二、三歩駆け出したとき、そいつは思いもよらない行動にでた。


「ゔっ」


 そいつは強く地面を蹴って、俺に襲い掛かってきた。

 中肉中背の成人男性が宙を舞う。五メートル以上あった距離が一気に詰められる。

「まじかよっ」

 反射的に右手に跳んだ。地面でくるりと一回転し、衝撃を地面に逃がす。

 あいつが飛んだ方向に視線を戻すと、信じられない光景があった。

 なんと、そいつは鉄骨の一本に張り付いている。両手で鉄骨を掴み、まるで重力方向を九十度回転させたかのように鉄骨からこちらを睨んでいる。

 驚異的なジャンプ力に、成人男性の体重を支えるほどの握力。どう考えても普通の人間ではない。

「やっぱり怪異かいいか……」

 危機感に急き立てられ、慌ててそいつから離れる。

「ゔっ」

 俺が逃げ出すと、そいつはまた追いすがってきた。

 工具や資材が散乱しているコンクリートの床を疾走する。

「っっ」

 急に方向転換をしてみる。

 そいつはとっさの対応ができず行き過ぎてしまうが、ちょっとの溜めで大きく跳躍し距離を一気に詰めてくる。

 そいつが跳躍をすれば、そのまま真っ直ぐ走っても捕まってしまうので、横に回避行動をとる。

 地面に着地すれば、すぐさま立ち上がり、再び逃げ出す。

 ひたすらこれの繰り返し。

 捕まれば一環の終わりだ。俺もあいつに喰われてしまう。

 幾度にもわたるそいつの追跡を紙一重で振り切り、どうにかして自分の寿命を長引かせる。


 やがて階段まで戻ってきた。

 戻ってくるや否や階段を駆け上がる。

 当然、そいつも俺を追って、階段を駆け上がってくる。

 階段から屋上へと出ると、ここには三階までと異なり、階段と外とを隔てる扉があった。しかも、その扉は外から鍵を掛けられるタイプ。

「っっ」

 すぐさま、外から鍵を掛け、そいつが外に出ないようにする。


「ゔぁああああ」


 獲物のもとにたどり着けないことに業を煮やしたのか、そいつはガンガンと扉を強く叩く。殴られた箇所が瞬く間にへこんでいく。

 扉が破られるのは時間の問題だ。

 そうなったときのため扉から距離をとろうとするが、ここは屋上。

 逃走経路の終着点。

「鍵は閉めたから少し時間を稼げるか。今のうちに対策を考えないと……」

 しかし、その目論見は甘かった。


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