1月23日(4)
「……」
そこは少し開けた場所だった。
目の前を幅二メートル程度の狭い道路が横切り、その道路を渡った先に三階建てに相当する建設中のビルがある。ビルの前は空き地となっていたが、建設用の資材が置かれていた。
他に際立ったものはない。
このあたりだと比較的よく見る光景だった。
自分は何かに惹かれてここまで足を運んだ。
その何かを確かめたいと思っていた。
しかし、結末はあっけなかった。
どうやら取り越し苦労だったようだ。
「帰るか……」
そうやって踵を返そうとしたときだった。
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
建設中のビルから人の叫び声が聞こえた。
「ッッ⁈」
その叫び声がした瞬間、無意識にビルへと走り出していた。
嫌な予感がした。
左右の確認もせず道路を横切る。
立入禁止と書かれた看板を無視してビルの入り口を通過する。
「……」
ビルの中は静かだった。すでに作業員らは今日の工程を終了し、撤退しているのだろう。
まだ建設中ということもあり、コンクリートや鉄骨はむき出し。作業に使っているであろう工具もそこかしこに置きっぱなしとなっている。
床に散らばった工具に触れないよう、足元に気を付けながら、ゆっくりと歩く。
当然、暖房器具なんかなく、すきま風もよく通すのでビルの中の気温は外とほとんど変わらない。いや、もしかしたら外よりも寒いのではないか。
この鉄やコンクリートによるモノトーンの風景が体感気温をさらに押し下げているように感じた。
「なんだこれ……」
ビルに入った瞬間、何かがいるように感じた。叫び声の主ではない、他の何か。
それにさっきから鼻腔をくすぐるこの匂い。骨組みに使われているのとはまた異なる鉄の匂い。
早く立ち去れ、と理性が自分に訴えかけてくる。
しかし、進む足は止まらない。
静かにビルの中を探索していく。
叫び声の主を探すのであれば、どこにいるのかと、こちらも声を上げたらいい。ただ、それには躊躇いを覚えた。
このビルには、先ほど叫び声をあげた人物とは違う何かがいる。
もし、声を上げてしまったらそいつに襲われるかもしれない。
本能がそう警告していた。
「ここにはいないか……」
結果として、一階では何も見つからなかった。
「次は……」
頭上を見上げる。
今度は二階を探してみよう。
ビルの中央にある階段へと向かい、できるだけ音を鳴らさないよう、一段一段を登っていく。
「……」
全ての階段を上り終えると、さらに血の匂いが強烈になった。
それに、この空気がまとわりつくような嫌な感じ。
今日はあれだけ寒かったのに、額から雫が零れ落ちる。
ごくりと唾を飲みこむ。
「……」
階段の出口からそっと顔を覗かせた。
数メートル先に二人の人影が見える。
一人は倒れ伏し、もう一人は倒れたやつのそばにかがんでいる。
そして、そのかがんでいるやつは倒れたやつの腕をつかんでいて……
「ッッ⁈」
突如、バリバリという音が周囲に響いた。
骨を砕き、肉をむさぼる音。
間違いない……
あいつ、――――喰っている。
あいつが口を動かすたびにボタボタと肉片が落ちる。あいつの周りがどんどん紅に染まっていく。
むせかえるような匂いが鼻腔を刺激し、その醜悪な光景に強い吐き気を催す。
逃げないと――
だが、そこで不運が襲ってきた。