1月23日(2)
***
「おっはよ、彰」
「よっす、今日も不景気な顔してんな」
教室に着いてからしばらくして、琢磨たちが登校してきた。
「ほっとけ」
こっちは、あいつが朝から絡んできたから疲れてんだよ。
まあ口には出さないけど。
「にしても、紅さん、早くもクラスに馴染んでいるよなぁ」
彼女は教室の端で、登校してきた女子数人と談笑していた。自席ではなく、教室の端でというのは、自席だと隣の俺が席を追われることになるためであろう。彼女なりに配慮してくれているようだ。
「そんなことに気をつかうなら、俺にちょっかい掛けんなよ……」
「え、なんか言ったか?」
独り言のつもりだったのに、琢磨の耳には入ってしまった。でもその内容までは聞こえなかったようだ。
「えっ、いや、なんでもない」
「あっ、そう」
琢磨はすぐに興味をなくし、それ以上の追及はしない。
「紅さん、男子からの人気も高いらしいぜ」
「だろうな~。そういえば、四組の武井が紅さんをデートに誘ったらしい」
「四組の武井っていうと、二年でバスケ部のエースをやっているやつだよな」
「そうそう、あのモテ男様。ただ、どういうわけか紅さん、その誘いを断ったそうなんだよ」
「まあ、あいつの好みじゃなかっただけなんじゃないか?」
「紅さんをあいつ呼ばわりって、相変わらず彰は口が悪いな」
あれだけちょっかいを掛けられて、面倒に思っているんだから、あいつと呼びたくもなるだろ。
「でも、紅さんの好みの人って、どんな人なんだろうな……」
琢磨が彼女をじっと見つめる。もしかしたら彼も彼女に好意を抱いているのかもしれない。
「さあ、どうだろな」
やっぱり、あいつもモテるんだな。
「おーい、お前たちもこっちこいよー」
琢磨たちと話していると、彼らにお呼びの声がかかった。彼らの友人たちも登校してきたようだ。
琢磨たちは、じゃあな、と言って、席から離れる。
さあって、これからどうするっかな……
一人になって手持無沙汰になった俺は、一限目の準備をすることにした。
鞄から授業で使う教材を取り出し、机の中に入れる。筆箱の中身も確認し、シャーペンの芯が残っているかカチャカチャして確かめる。
「え、これ、まじー?」
「割とここから近くじゃん。こっわ~」
なんだか教室がざわついているように感じた。
気になって顔を上げる。
教壇の周囲に生徒たちが集まっていた。
「どしたん、どしたん?」
今しがた登校してきた生徒がその輪に加わる。
「例の怪事件がまた起きたんだってぇ」
「え、あの事件?」
「そうそう、ほら」
一人の女子生徒が輪に加わった女子生徒に対し、今朝の朝刊を突き付ける。
これは地元の新聞社が発行しているもので、この地域に関する記事を多く掲載している。普段は地域のイベントやおすすめのショップなど他愛もない記事しか載せていたいのだが……
朝刊を見た女子生徒は目を丸くした。
その朝刊では一面を使って、例の事件が大きく報じられていた。
「うっわ~、ほんとだ~。しかも、この事件現場、私の家の近くだ……」
「ほんと怖いよね?」
「犯人、早く捕まってくれないかなぁ」
「こんな事件を起こす人の気がしれないよ」
生徒たちは口々に例の事件について不満を垂れている。彼ら彼女らからは、この事件に対する不安と恐怖が見て取れた。
「あの事件か……」
――――例の怪事件。
それは十二月の下旬に始まった。
現場はとある小さな個人病院。とはいっても、医院長が高齢のため、つい二年ほど前に閉院されたところだ。閉院されてからその病院は使われていなかったが、土地と建物を売却するとかで、不動産屋が下見に入り、それを発見したようだ。
ベッドの周囲に転がっていたそれ。こぶしサイズで、本来は床ではなく人の体内にあるはずのそれ。発見時には動いていなかったが、人の体内にあれば、その人が生きている限り片時も停止することがないそれ。
しかもそれは、一つではなく、いくつも――報道では七個――床に転がっていたそうだ。それの持ち主であろう人たちの大量の血液が染め上げた床の上に。
第一発見者の一人がショックのあまり救急車で運ばれるほど、その現場の凄惨さ、奇怪さは凄まじいものだったらしい。
さらに、同様の事件が一月の始めにも起こっている。
二件目では、心臓が一つしか見つかっていないが、一件目の事件を想起させるに十分だった。
これら事件の内容が口に出したくもない類であったため、例の怪事件なんて呼ばれるようになっている。
そして、昨日、とうとう三件目が起こってしまった。
この事件の報道を俺も今朝のニュースで目にしている。
場所は学園がある市と同じ市で、個人経営の飲食店。朝刊を見ている彼女のように、学園の生徒であれば、少なからず現場付近に住んでいる者もいるだろう。
今朝のニュースに思いを巡らしていると、ふとそのときいた父さんを思い出した。
父さんも今朝のニュースを見ていた。
父さんはニュースを目にしながら、両手に持った新聞を強く握りしめていた。
父さんは何も言わなかったが、一連の事件は怪異によるものなんだろう。
怪異は人を襲う。にもかかわらず、今まで被害報告がなかったのは、笹瀬家がすぐに討伐に入っていたためだ。
しかし、今回は討伐が間に合っていない。しかも、今回の事件を起こした怪異がどこにいるのかも分からない。
「ただ、怪異が関わってくるとな……」
もう怪異とは関わりたくない。
あの過去を繰り返したくない。
放っておけば、いずれ父さんたちが解決してくれるだろう。
たとえ、それまでに多少の犠牲が出るとしても……
「ほら、みんな、席につけ~。HRを始めるぞおぉ」
思案に耽っていると、教室に担任が入ってきた。同時に教壇に集まっていた生徒も解散となる。
そうして、今日も長い一日が始まった。