第七部
「まだこんなに若いのに、心臓発作とはなぁ…」
と、地元警察の警部が身を屈めて遺体を見下ろした。
青白い顔色をした遺体の両目は今にも飛び出しそうなほど見開かれ、その表情が恐怖で歪んでいるのが誰の目から見ても明瞭であった。
「相当怖いものでも見たんでしょうね」
と、部下の刑事が警部の横で屈みながら言った。
「恐らくエレベーターで誰かと出くわしたんだろう。それも、彼が発作を起こしてしまうほど恐ろしい人物が。それで扉が開いて慌てて逃げようとしたが、発作を起こして倒れてしまった」
「手配中の犯人でも乗っていたんですかねえ?」
「さあな。中から壊れたビデオカメラも発見されたらしいが、皆目見当も付かんよ」
と、警部が言ったとき、エレベーターの扉が開き中から慌てて鑑識の一人が飛び出してきた。
「騒々しいなぁ。ビデオはどうだった?」
「…あっ、ビデオですか? そ、それが落ちた衝撃で完全にダメになったみたいで、再生不可能、です」
と、鑑識が途切れ途切れに話す。
警部が叱りつけると、鑑識は少し平静を取り戻して説明を始めた。
「内部を徹底的に調べていたら、ついビックリしてしまって…」
「なににだ?」
「とにかく見て下さいよ」
と、鑑識の男が閉じられたエレベーターの扉を二人に示した。
厳密には、エレベーターに設けられたガラス窓にである。
目を細めて見ていた警部と刑事が思わず身震いした。
縦長のガラス窓に、明らかに人の顔らしき跡が残っていたのだ。
「なんですかね、これ…」
「見た感じ女の顔だな。ひょっとすると、エレベーターの中からガラス窓に顔を押し付けて彼を睨みでもしたのかもしれないな」
「でも、一つ妙な点があるんです」
と、鑑識の男が口を挟んだ。
「妙な点というと?」
部下の刑事が尋ねた。
「確かに、警部が今おっしゃった通り女が窓に顔を押し付けた跡に間違いはないと思うんです。ですが一つだけ妙なのです。このガラス窓はエレベーター内部と廊下側の二枚があって、その間に空間がありますよね」
「それくらいは私だって知っているよ。だからなんなんだね?」
と、苛立つ警部に鑑識の男はハッキリと言った。
「この跡、内部からではなくてその空間側から押し付けて出来た可能性が高いんです」
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