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第三部

 午後十九時過ぎ。

 とあるマンション前に車を止めた岡村が見た腕時計はその時刻を示していた。

 岡村は車から降りると、荷台に回って大きくもなく小さくもない荷物をヨイショッと持ち上げた。

 新人だった頃は小さな荷物にもヒーヒーいうほど非力で頼りなかったが、宅配業者となってかれこれ数年が経ち、今では重い荷物でも踏ん張れば軽々と持ち上げられるまでに腕の筋肉が発達していた。

 今回の荷物にもたいした手応えを抱かなかった岡村は、届け先が五階と分かりつつも階段を使った。職業柄ゆえに腕の筋肉だけがやたらと発達し、脚が貧相に見え始めたので少しでも鍛えておきたかったのも理由の一つだった。

 軽快な足取りで階段を上る岡村は、ものの数秒で五階に辿り着いた。

 荷物を届けた岡村は愛想のよい笑顔で会釈をして踵を返したが、

「あっ、ちょっと待って。ひょっとして、エレベーターに乗ってここへ?」

 と、相手の女性が心配そうに尋ねた。

「いえ、階段で上がりました」

 と、岡村がいうと女性はホッと胸を撫で下ろした。

「エレベーター、故障されているんですか?」

 気になった岡村が尋ねると、女性は慌てて頭を振った。

「そうじゃないの。でも、またここへ届け物をする可能性があるかもしれないから、一応忠告しておくわね。このマンションのエレベーターだけは使わない方がいいわよ」

 と、女性は妙に真剣な表情で言った。

 好奇心旺盛の岡村はその理由を尋ねたい気持ちにかられたが、次の配達先に急がなければならないのと職務中におしゃべりをしていてはいけないという律義な性格により、一言「そうします」と言い、再び笑顔で会釈をして引き上げた。

 そのまま急ぎ足で階段へ向かい、段を下りようとした岡村。

 …だが、寸前で女性の言った言葉が脳裏を過った。

 しばらく固まった後、岡村は下りるのをやめてエレベーターの前へ来た。

 どうしても、女性が言っていた言葉の意味が気になったのだ。

 元々、好奇心が旺盛な岡村にとってあの女性の言葉は非常に気がかりだった。

 故障で使えないわけではない、と彼女は言った。それどころか、使わない方が身の為だと言っているようなニュアンスが語調に含まれていた。

 やるなと言われれば逆にやりたくなる、それが人間の性だった。

 岡村も然り。

(なにがあるか試してみるか)

 岡村はエレベーターのボタンを押した。

 ボタンが光り、表示板に出ていた数字の「1」が「2」に切り替わった。

 防犯設備として設けられた縦長のガラスの窓越しから、エレベーターの箱を繋ぐワイヤーが動いているのが廊下の明かりによってかすかに確認出来た。

 やがて、表示板の数字が「5」になったと同時にガラス窓越しからエレベーター内部が見えた。

 岡村は大きく息を吸うと、意を決して箱に乗り込んだ。

 一階のボタンを押す。

 扉がゆっくりと閉まる。

 ガラス窓から見えていた五階の廊下が上昇し、四階、三階へとエレベーターは静かな音を立てて降下する。

 その際、岡村はなにが起こるのかとワクワクしながら待っていた。

 しかし、岡村の期待を裏切るかのようにエレベーターは何事もなく降下を続ける。

 やがて、二階を通り過ぎたところで、岡村は落胆した。

「なにも起きないじゃないか」

 面白い出来事を期待していただけに、岡村は露骨に大きなため息を吐いた。

 エレベーターが一階に到着した。

 気落ちしながらも岡村がエレベーターから降りようとした。

 ところが、エレベーターの扉が一向に開かない。

 岡村が不審に思い開くボタンを押す。

 ボタンは光るものの、扉は開く気配がない。

 岡村は狼狽して何度も「開」のボタンを押した。

 やがて、エレベーターが突然動き始めた。

 しかし、何故か下に向かってである。

(地下なんてあるのか?)

 と、岡村は一瞬思ったが、すぐにそれはあり得ないと悟った。

 一階より下へ行く為のボタンが見当たらなかったからだ。

 岡村は身を固めて勝手に動くエレベーターの動きを見届けた。

 数秒して、エレベーターが停止した。

 窓の外に広がる光景を見た岡村はゾッとした。

 明かり一つない暗闇に覆われた異様な空間が広がっていた。

 岡村は息を呑むと、窓に顔を押し付けて外の様子を見た。

 少しして、暗闇の奥にポツンッと一つの明かりが浮かび上がった。

 岡村が目を細めてそれを見つめた。

 心なしか、明かりはどんどん大きくなっているような気がした。

 正体を掴もうと岡村は凝視し続けたが、次第に彼の表情に変化が現れた。

 驚きと恐怖で大きく目を見開くと、狂ったように「1」のボタンを連打した。

 しかし、エレベーターは微動だにしない。ボタンが光る時点で反応しているのは分かるのだが、それ以外の反応を一切示さないのだ。

 ボタンと窓を交互に見ながら岡村はひたすら連打をしていたが、やがて暗闇から迫るあるものの正体をハッキリと捉えた途端、岡村は奇声を上げてエレベーターの隅で体を丸めた。

 岡村は身を守るように両腕で顔を覆って歯を食い縛っていたが、突然誰かに肩を叩かれ思わずそれを振り払った。

 驚いた様子で一人の老人が岡村を見下ろしていた。

「あんた、大丈夫か?」

 と、買い物袋を片手に持った老人が心配そうに岡村に言った。

 岡村は汗でびっしょりと濡れた顔で表示板を見た。

 階は「1」を示していた。

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