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第8話:魔物との出会いは突然に

 トイレから出た俺の目に飛び込んできたのは今朝と変わらない神社の境内だった。


 天まで届きそうな高さのある御神木には緑の葉が鬱蒼と生い茂り、風に吹かれた葉が時折揺れている。

 見渡す限り平和そのものであり、悲鳴が響き渡る事件が起きたとは思えない。


 だが、変わらない風景の中に何か違和感を覚えた。

 空だ。

 今日は朝から清々しいくらいの晴天で、寒い中に暖かな陽光を降り注いでいた。

 しかし今は変わって曇天。上空には灰色の雲が分厚く幾重にも重なり、今にも雨を降らしそうだ。


「いつの間にか天気が悪くなったな」

 曇り空を見て、隣で浮いているカズサに話を振った。


「天気が悪い?何を言っておる。これは普通の空では・・・、いや、まさか・・・ここは神社内じゃぞ。こんなことが起こるのはあり得ん」

 カズサは空を見て驚いているようだが、まるで見てはいけないものを見てしまったような顔をしている。


「そんなに驚かなくてもいいだろ。もしかして洗濯物を干したままで出てきたのか?」

「・・・」

 俺の軽口は無視され、ぽかんと口を開けたままカズサは曇り空を見上げている。雨が降ってきたら大きく開けた口の中に雨水が溜められそうだ。


 でも今は雨が降る心配より悲鳴の元を探すのが先なので、カズサに構っていられない。御神木の裏手に誰か倒れているかもしれないと、確認するために境内の広場まで出て行く。


瑞穂(みずほ)、やめろ!止まるのじゃ!」

 砂が敷かれた広場に差し掛かり、御神木の方に向かおうとした矢先、カズサは大声で静止を求めてきた。

 止まれと言われてもなにも周りには危険物など何もない。もしかして砂の下に巧妙に隠された落とし穴でもあるのか。


 カズサの大声に一瞬立ち止まったが、静止を無視して前に続く砂の上に脚を一歩踏み出した。


 ―何かがおかしい

 

 再び違和感を覚える。

 曇天を見た時とは比べものにならない強い違和感。踏み出した脚の先に粘着性の液体に包み込まれたような気持ち悪さを感じ、急に全身に鳥肌が立った。


 これ以上進んではいけない、引き返せと直感が告げている。

 直感に従い、進めた脚を引っ込ませ一歩後退りする。



 ちょうど一歩後ろから砂の上を見ると、靴の跡が薄らと残っており、俺が脚を置いていた形跡となっている。

 だが、暫く砂の上に目を向けていると、まるで足跡は初めからなかったかのように消えてしまった。


 ―足跡が・・・消えた?


 風に吹かれた砂が覆い被さり地面をならしたのだろうか。境内の中には砂を巻き上げるほどの強い風は吹いていないので、その線は薄そうだ。

 先程まであったものが消えたことを不思議に思い、何度か瞬きをしてから砂の上を再び確認するも、残されているのは平らな地面。


「逃げるのじゃ、瑞穂!」

 自分の消えた足跡を見つめているとカズサから次は逃避を命じる声がした。

 だがカズサの声が俺の所まで届くより先に、俺は突然現れたその姿を目にしてしまった。



 ―うそ、だろ


 俺の踏み出した足があった砂の上には大きな物体が出現していた。どこからか持ってきたのでもなく、空から飛んできたのでもない。まるでその物体は初めからそこに存在していたかの如く姿を現した。

 青黒く長い毛に覆われた中に、鋭く光る硬い物が数本あり、長く突き出した先端がこちらを向いている。毛に覆われた塊は上へと伸びており、目で追っていくと一際大きなものにぶつかる。


 突然現れたものに圧倒され、一歩、また一歩と後ろに下がる。

 少し離れてそれに向き合うと、全貌が見えてくる。砂の上にあった俺の足跡を踏み潰したのは重く大きな足。その足に支えられるように、より一層大きな巨体が構えている。後ろには尻尾だろうか、人を丸々踏み潰せそうな長く膨らんだものが体から伸びている。

 鼻先は鋭角に尖り、同じく尖った2つの耳が上にのっている顔、と思えるものが前についている。禍々しい気を放ち、見たものの命を即座に奪ってしまいそうな狂気の瞳からは生き物らしさを感じない。

 4本足で立つそれは、見た目から狼のように思えるが、こんな大きさの狼がいるとは聞いたことがない。発せられる気からも、この世のものではない、まるで魔物か何かのように感じる。


 魔物か。

 目の前に現れたものが"魔物"だとしたら、頭が変になったと思われるかもしれないが納得してしまう。なんといっても先程まで俺は虚無階層で天界人に会い、美少女へと姿を変えたのだから、魔物がいても驚くことではない。和服ロリっ娘の神様もいることだし、もしかしたら魔物は見た目こそ怖いが神様の友達かもしれない。


「こんな友達おるわけないじゃろ!」

 魔物の前で呆然と立ちすくみ思案していた俺の真横にカズサが飛んできて突っ込みを入れてきた。また俺の思考を読んでいるな、やめて欲しい。


「お主なにを呆けておる。こやつが見えているのじゃろう。見えているということは、こやつの世界に取り込まれてきておるということ。お主の理解力が高くて助かるが、考え通りこやつは魔物の一種じゃ。

 未だ魔物の姿は所々透けて見えるじゃろうが、姿を現している最中での。魔結界が完全に完成したらはっきりと見えるようになるはずじゃ」

 目の前に現れたものは魔物であっていた。残念ながらカズサの友達ではないようだが。


「やれやれ、こやつが友達に見えるなんての。お主は理解力はあるが想像力には欠けておるな。

 この空も暗く見えるのは曇っているからではないぞ。魔物が周囲に張った魔結界によるものじゃ。

 結界外周部こそ景色が変わっておるが、結界内は人間界と変わらぬ見た目になる。建物も、置いてあるものも同じじゃ。

 時の流れもあるが、人間界にとっては止まっているようなもの。だから結界内では普通の生き物は動くことができん。

 そのほんの一瞬だけ魔結界を張った魔物が悪さをすることがある。お主も、たまに外を歩いていると薄気味悪い場所を感じたり、突然鳥肌が立ったりすることがあるじゃろう、それは魔物の仕業のときもあるんじゃ」

 今いる場所は魔物が張った魔結界の中らしいが、何で俺が中で動き回ったりできるんだ。時が止まっているほど短い時間じゃないのか。


「お主が結界の中に入れるのは、わしの力を授けたからじゃろうな。一度中に入ってしまえば、結界内の時間の流れに乗ることになる。だから動いたり話したり出来るのじゃ。

 魔結界の中では人間界の物に触れたり壊したりすることも出来る。それは魔物も同じで暴れ回った魔物は人間界の物を壊し、力を吸い取り補給しているようじゃ。物を壊した後に結界が解かれると、何も無かったかのように人間界は元に戻る。実際には魔結界内で壊したものには魔物の傷痕があるのじゃが、人間でそれに気づくものは殆どおらん。

 そこで、わしの出番というわけじゃ。神たるカズサ様が人知れず魔物によって傷ついた人間界を治しているのだ。まあ殆どの仕事は天界人に任せているので、わしが人間界に出てくることは無いがの」

 天界人を働かせているということは、ヒラギさんはカズサにこき使われているんだな、働きたくなさそうにしていたが可哀想に。


「わしが人間界に出てきたのだから、これからはお主が手伝うのじゃぞ。ヒラギには天界の雑務を頼んでおるから、ちょうど人手が足りなかったからの。よきところに雑用係、いや期待の美少女新人が入ってきたものじゃ。ヒラギからも手伝うようにと聞いているじゃろう。まあ簡単な仕事じゃが徐々に慣れていくとよい」

 美少女なのに雑用係とは聞き捨てならないが、これがヒラギさんの言う代償ならば仕方がない。簡単な仕事のようだし、美少女になれたことを思えば我慢できるさ。


「さて、色々と説明したので既に分かっておると思うが先程のお主の足跡が消えたように見えたのは、魔物の存在の力が地面に影響を及ぼして砂の上を踏みつけたからじゃよ。

 魔結界内の物質の変化は感じとることは出来ても、魔物を視覚的には捉えられなかったお主には、何も起きてないのに足跡が消えたように感じたのじゃ。今では結界内に慣れて魔物の姿もだいぶ見えるようになったじゃろうが。

 しかし見えずとも魔物の力は結界内に影響を与えるから、あのまま脚を引っ込めずにいたら今頃病院送りじゃったぞ。お主は既に結界内にいたのじゃからな。結界内に引き摺り込まれた生物は結界を解かれても元に戻ることはない、気をつけるのじゃ」

 重量がありそうな魔物の体躯を見るに、踏まれていたら冗談ではなく大怪我だったろう。


 魔物の姿は前より明確に見えるようになってきているが、その巨体は動くことなく4本足で直立不動を保ったままだ。

 そういえばカズサの話を聞いている間に忘れていたが、悲鳴を上げた女性は無事だろうか。


「悲鳴の主ならそこに座っておるぞ。見たところ無事のようじゃな。魔結界の中でも動けるようじゃし、魔物を見ても恐れもしない、普通の人間とは違うようじゃな」

 カズサが指を差した方向を見ると、すぐ近くに巫女服の女性が胡座をかきながら座っていた。飛鳥(あすか)だ。いつの間に現れたんだ、魔物より突然だな。座るのはいいけど、巫女服のまま胡座かくなよ。色々見えたらどうするんだ。


「裾が長いから何も見えないわよ。そんなことより、この魔結界とか魔物とか色々聞かせてもらったけど、それは私も巫女だし、お婆ちゃんから話は聞いているから知ってるわ。修行だって長い間してきたから魔物と対峙したこともある。突然魔物が現れたから驚いて悲鳴を上げちゃったけど。でもね、1つだけ気になることがあるわ。

 なんで瑞穂が女の子になってるのよ!」


 ―突っ込むところはそこかよ


 俺も飛鳥の話の内容に突っ込みたくなるが堪える。魔物と対峙する巫女の修行とか気になって仕方がない。


「この女の子の姿で俺が瑞穂だって分かるのか?」

「分かるわよ。私だって伊達で巫女やってるわけじゃないんだから。魂の輝きというか、オーラみたいなものね、それを見れば誰かは分かるわ」

 さすがは巫女さんだ、伊達じゃない巫女。オーラ鑑定士としてテレビ番組に出演できそうだな。


「それで、瑞穂に女装趣味があるってことは分かったけど、女装して魔結界の中にいるのは何でかしら?」

「これは女装じゃない!本当に女の子になったんだ!疑うなら確かめてみるか・・・?」

 俺が履いているスカートを捲り上げようと裾を掴むと、飛鳥だけでなくカズサまでもゴミを見るような目付きでこちらを見ている。女装じゃない、信じてくれ。俺には何も生えていないというのに。


 仕方なくスカートは戻し、飛鳥には俺が神社で美少女になりたいと祈ったこと、カズサが現れて願いを叶えてくれたことを説明した。所々でカズサも補足を入れてくれたので、どうにか飛鳥も理解してくれたようだ。



「ふぅん。とりあえずは分かったわ。女装じゃないってことも。不敬にも、ここ香鳥神社で美少女になりたいと願ったら気まぐれな神様が叶えちゃったってわけね。まったく、うちの神様は何してくれているのかしら」

 飛鳥は理解してくれたようだが、状況に納得がいかない顔をしている。

「まぁまぁ飛鳥とやら、よいではないか。どうにも熱心に祈るもので、わしも叶えてやろうと思ったのじゃ。それに久しぶりに人間界に出てくれば大福が食べられるからのう」

 飛鳥に向かって話していたが、大福の話になるとカズサは俺に視線を送ってきた。早く食べたくて仕方がないのだろう。


「大福を食べる前に、目の前の魔物と魔結界をどうにかするのが先じゃないのか?今のところ動きはないようだし、悪さをする気配もないが」

 魔物に動きはない。姿が見えるようになって暫く経つが、まるで木彫りの置き物のように微動だにしていない。


「そうじゃな、魔物を片付けるとしようか。魔結界に入ってしまったら、魔物を追い払うまでは出れんからのう。困ったものじゃ。

 そもそも人間界に、それどころか、わしの護る神社内に魔結界を張ること自体が信じられん行為。

 見たところ低位の魔物のようじゃから、悪ふざけで出てきたのであろう。悪ふざけにしては、ちと度が過ぎているが許してやろう。本日の神は寛大じゃ。

 わしの神威を少しだけ放てば立ち去るじゃろう。早く大福を食べたいから、やってしまうかの」

 神威というものに自信があるのだろう、カズサは得意げに俺を見てきた。神威とは神の必殺技だろうか。長い詠唱にド派手な演出でもあるのかもしれない。


「ふっふっふ。まあ見ておれ。神の力を分からせてやろうぞ!」

 カズサは笑いながら両手を広げ、まるで和服を見せつけるように袖を羽ばたかせながら魔物がいる方に向き直る。ニヤリと聞こえてきそうなほど口角が上がるのが見え、カズサの体は白い光に包まれた。


 やがて光は身体の中心に集まり、一層眩い光へと変わるとカズサの手に収まった。これは最強武器に変化するのかもしれない。



 しかし現れたのは神に相応しい伝説の槍でも、天空を切り裂く大剣でもなかった。



「ハンマーじゃないか!しかもオモチャの!」

 カズサは俺をトイレで殴ったときと同じハンマーを手にしていた。黄色い柄に真っ赤な打撃部がついている、殴ると音がなるオモチャのハンマー。それで魔物に対抗できるのか。魔物を呆れさせる作戦なのか。


 当のカズサはハンマーを出した後も何を考えているのか分からないが満面の笑みだ。

 上手くいくよう神に祈りたくなるが、祈る対象の神はオモチャのハンマーを携えて浮いている。

 もうどうにでもなれだ。


読んで頂きありがとうございます!

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楽しい物語にしていきたいと思いますので、感想もお待ちしております!

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