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第11話:魔物、覚醒

 ハンマーが地面に叩きつけられた瞬間。

 足元が震えるほどの轟音が響き渡り、ハンマーを中心に地面は放射状にひび割れ、土の塊が辺りに飛び散った。

 むせ返る程に湿った土の匂いが漂ってきて鼻につく。長い間掘り起こされることもなく地の底に溜まっていた水分が一気に空気中に放出され、乾いた空気が湿気に変わっていった。

 自分の立つ所にまで細かな土が飛んできたので顔を背けたくなる。響き渡る轟音に耳を塞ぎたくなる。だが目の前で起きていることを見ていたい思いが勝り、目を閉じることが出来ない。


 地面に入った亀裂は、自らの意思で動いているかのように、素早く真っ直ぐに魔物の足元へと向かって広がっていく。まるで魔物を地の底に落とそうとしているようだ。


 真の神の力とは、これ程のものなのか――


 だが驚いていたのも束の間、えぐれた土の周りを囲うように火炎が赤く大きく燃え始めた。土の水分を、空気中の湿気を、全て蒸発させてしまうほど燃え盛る炎の熱量。


 この炎はカズサのものではない――


 前に立つ魔物、焔狼(えんろう)から放たれたものだ。魔物の口からは息が吐き出される度に、炎が噴き出している。


《ぐぉぅうぉぉぉぉん》


 ハンマーが叩きつけられた衝撃音とは比にならない音量の咆哮が魔物の口から発せられ、魔物の頭が左右に揺れると再び辺り一面に炎が撒き散らされた。

 魔物は炎を吐き出して満足したのか、さあ来い、相手にしてやると言いたげに全身の毛を逆立て、禍々しい瞳でこちらを見据えている。


 原因はカズサが叩きつけたハンマーの衝撃なのか、動きを封じる飛鳥(あすか)の力が足りなかったのか分からないが、魔物は完全に目覚めてしまったらしい。先程までとはオーラが違う。対峙しているだけで気迫に押し潰されそうになる。

 一つ分かることは、魔物の吐き出す炎に当たったら怪我じゃ済まなそうってことだ。高温で燃え続ける炎は空気を熱し続け、離れていても肌がひりつくような感覚を受ける。


「危ないぞ!瑞穂(みずほ)!」

 突然、カズサが俺の視界に入ってくると、魔物との間に割って入るように飛び出してきた。


 ――危ない?

 俺の身体能力では何も捉えられない。危険が迫っていることも分からない。カズサの注意が意味することは何だ。


 瞬間、カズサの前に炎の壁が迫り上がった。


 炎の熱と風圧が伝わってきて、思わず後ろに仰け反ってしまう。一瞬でカズサは全身を炎に包まれ、和服の裾すら見えなくなってしまった。


「カズサっ!!」

 炎が飛んでくることは捉えられなかったが、今カズサがしてくれたことは分かる。俺に炎が当たるのを身を挺して防いでくれた。


「少し離れてなさい」

 飛鳥が鈴を手に駆け寄ってきた。この状況に緊張しているのか、燃える炎の熱さのせいか、白い頬には汗が滲んでいる。

「カズサがなんとか炎を吸収しつつ退けているようだけど、このままじゃジリ貧だわ。水の力を少し拝借して消火する。瑞穂は後ろに下がって動かないで」

 魔物の動きを抑えた時と同じように飛鳥が鈴を強く打ち鳴らす。すぐに目の前に浮かぶ炎は小さくなっていき、中からはカズサの後ろ姿が見えてきた。


 カズサが着ていた和服は所々が焼け焦げ、裾は灼熱の炎によって黒ずみに変わっている。かろうじて残っている力で宙に浮いてはいるが、その場に静止することも難しいのか左右に揺れ動いている。


「カズサ、大丈夫か――」

 炎が消えたので安心してしまった。様子を伺いたくてカズサの方に手を伸ばしてしまう。


 手を伸ばすと同時に、ふっと手の先に鋭い風が当たる。切りつけられたような冷たく圧のある風。

 風の後には衝撃音が続き、下からも別の風が巻き上がり砂煙が舞う。一瞬の出来事に何が起きたのか分からなくなる。


 砂煙の方を見ると地面にうつ伏せで倒れ込むカズサの姿があった。


「動かないで!ゆっくりと目だけを動かして前を見るのよ。それで、じっとしてて」

 語気を強めながらも静かな声で飛鳥から指示が飛んできた。指示に従い、地面に倒れるカズサから視線を外してゆっくりと前を向く。


 青黒い体毛から伸びる長い爪の先が不気味に光った。漆黒の毛からは橙色の火の粉が舞っている。


 ――脚だ


 カズサが浮かんでいたはずの場所に魔物の脚先がある。地面には砂煙が上がるほどの衝撃で叩きつけられたカズサの姿。


 混乱する頭を必死で押さえ込みながら、ようやく状況が理解できてきた。

 初めに手に感じた鋭い風は魔物の爪が空気を裂いたことで起こり、砂煙はカズサが衝撃音と共に叩きつけられて舞い上がった。いくらカズサの身体が小さいとはいえ、砂煙が起こる衝撃で叩きつけるのは相当な力がいる。


 吐き出す炎は届いても、直接的な攻撃はないだろうと踏んでいた。魔物との距離から考えても脚先など届くはずはない。普通の動物であればそうだろう。だが相手は魔物だ、俺たちの世界の常識など通用しない。見れば魔物の脚先は不自然に伸びて蠢いている。

 炎も吹き出せば、遠くのものに脚を伸ばすことも出来る。しかも目で捉えられないほど素早い動きで、狙いに対して正確に。

 これ程の力を持つ魔物を倒さないと元いた人間界に戻れないのか。魔物への恐怖と、日常に戻れないかもしれない絶望感が襲ってくる。


「瑞穂――」

 声が聞こえる。

「瑞穂、わしじゃ――」

 カズサの声が頭の中に響いてくる。

「声に出して返事はしなくともよい、わしは無事じゃよ。神じゃから、これくらいの攻撃ではやられんわい。しかし動く力は残っておらんからの。わしは身体を維持する力以外をお主に預ける。預けた力で魔物と戦っておくれ、頼む」


 ――頼む、だと?


 ――戦う?俺が?もしかして、魔物と?

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