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第9話:ピコピコハンマーで魔物退治

 オモチャのハンマーを手にしたカズサは、すぐに前に立つ魔物を退治するでもなく、ハンマーを振りかざすと打席に立った野球選手の如くスイングし始めた。どうやら自分では格好いいと思っているのか、ハンマーを宙に振りながら俺に何度も視線を送ってきた。

 カズサは何か褒め言葉を求めているのだろうが、小さい体で空中に浮きながらハンマーを振り回す姿は買ってもらったばかりのオモチャが嬉しくて自慢したい子供にしか見えない。さらに言えば和服にハンマーは似合わないので手鞠や羽子板の和風のものにして欲しい。


 これでも神様だというのだから、祀っている香鳥神社は大丈夫だろうか。神社の行く末が心配になってくる。


 先程まで魔物の出現に驚かされていたが、カズサの子供のような姿を見ていると気持ちが落ち着き、周りを見る余裕も出てきた。


 俺とカズサの正面には巨体をもつ魔物が未だ微動だにせず4本足を伸ばし不動の姿勢を保っている。身体の所々が透明に見えるので、完全には姿を現しきれていないのだろう。

 襲ってくる気配はなく今のところは安心だが、魔物を片付けると豪語していたカズサはハンマーを振り回して遊んでいる。いくら動かないとはいえ、魔物を前にした行動にしては余裕過ぎじゃないか。


 飛鳥(あすか)も魔物と同じく動かない。動かざること何とやらだ。変わらず巫女服を着たまま胡座をかいて座っている。こちらも余裕たっぷりというか、魔物の存在自体を気にしていないようだ。これも巫女修行の成果なのか、もともと慌てない性格なのかは分からない。


 だが飛鳥が胡座で座る姿勢は色々と見えてしまいそうで目のやり場に困る。男子が近くにいるのだから座り方には気をつけて欲しい。


「裾が長いから見えないって言ってるでしょ。そんなに気にするってことは、見たいのかしら?」

 なぜか飛鳥は一瞬だけ俺の方に向かって意地悪そうな笑みを浮かべると、胡座を組んでいた脚を横に伸ばした。すると飛鳥は自ら裾の端を掴み、裾を少しずつ上へと捲り始めた。

 紅色の緋袴が動くたびに白く細い脚がゆっくりと露わになっていく。

 その様子に思わず目が釘付けになってしまう。


「なに見惚れてるのよ。瑞穂(みずほ)が美少女の姿になってるから悪戯してみたけど、中身は男のままね。いったい何のために美少女になったのかしら」

 深い溜息を吐き出しながら飛鳥は乱れた袴の裾を元に戻し、脚は見えなくなってしまった。


 俺だって見ようと思って見たわけじゃない!脚を見せてきたのは飛鳥だ。それに俺が美少女になったとはいえ、中身は思春期の男子だぞ。興味ないわけないだろう!


 いや、考えてみれば俺も美少女だったか?

 そういえば自分の下の方は確認してなかった。捲ってみたらどうなっているのか見てみたくなる。

 やたらと寒く感じるミニスカートを履いているのでニーソックスとの間の生足に鳥肌が立ちそうだ。

 手でさすれば暖かくなるか――


「やめなさいよ、気持ち悪い。よだれ垂らしながらニヤケ顔で自分の腿をさする気なの?ふざけてないで、先にあれをどうにかしちゃいなさいよ」

 あれと言いつつ飛鳥が指を差した先には魔物。

 飛鳥の言う通り魔物の問題を解決するのが先決だ。


 なにより魔物の作り出した魔結界から抜け出さないことには、元の世界に戻れないのだから。美少女を堪能するのは後に回そう。


 とはいえ魔物を片付けるのはカズサの役目だ。今の俺は戦闘スキルもなければ対魔防御属性もない、ただの美少女なので戦うことはできない。


 しかしカズサを見ると今度はハンマーを逆さまに持ちゴルフのスイング姿勢を取っている。野球の次はゴルフだ。


「カズサ!ナイスショット!」

 仕方がないのでカズサに絡んでやる。子供の世話をするのは大変だ。

「お主にも分かるか!今のはホールインワンじゃ!地平線の先まで飛んでいったぞ!」

「ゴルフ場の外までいってるじゃないか、アウトだ!いつまでもオモチャで遊んでいないで魔物をどうにかしてくれないか。魔結界を解いて元の世界に戻らないと大福も食べられないだろ」

 カズサの大好きな大福で釣る作戦だ。魔結界を解かないと外にも出れないので仕方がない。

「うむ、そうじゃった。大福を食べるため、いや街の平和を守るためにも魔物を立ち退かせるとするかの。この神威を放つ神装槌、名付けてピコピコハンマーで!」

 それは名付けていない。叩いたら鳴る音そのままだ。やっぱりオモチャじゃないか。

「失礼な、これはオモチャではないぞ!宙に一振りすれば突風が吹き荒れ、地に叩きつければ大地が割れるピコピコハンマー。わしが構えるだけで放たれる神威にひれ伏さぬ者などいないのじゃ」

 嘘をつけ。さっきまで俺のことを叩きまくってたじゃないか。飛びながら叩かれたので少しは痛かったが、地が割れるほどの威力があるのなら俺の頭は今頃粉々だ。

「先程は本気を出していなかったからの。このハンマーは分かりやすく言えば、西欧の神々が持っているものと同じようなものじゃな。外観は少しだけ現代日本風に手は加えたが格好いいじゃろう」

 今すぐ西欧の方向に向かって謝れ。オモチャと一緒にされたら怒り狂って本物のハンマーを叩きつけてくるかもしれないだろ。



 そろそろカズサに突っ込みを入れるのにも疲れたので早く魔物退治を始めて欲しい。いつ魔物が完全な姿を現すのか分からないのだから。

「仕方ないのう、始めるとするか。お主よ、本気を出した神の力をその眼に焼き付けるがよいぞ!不敬にもわしが護る地に魔結界を張り現れた魔物には少し分からせてやる!」

 カズサは命名したピコピコハンマーを両手で構え、決め台詞と共に高く上空へと垂直に飛んでいった。小さい身体のカズサは離れてしまうと更に小さくなってしまうが、和服の煌びやかな色が漂っているので見つけやすい。


 ちょうど魔物の頭と並ぶくらいの高さまで上昇するとカズサは止まり、赤いハンマーの先を振り上げるのが見えた。


「畏れ多くもカズサ様の護る地に迷い込んだ哀れな魔物よ!大人しく立ち去るならば許してやろう。今日の神は寛大じゃからな」

 ハンマーを魔物の鼻先に向けて、カズサが大声でもっともらしいことを言っている。そもそも魔物に言葉が通じるのだろうか。神的な力、それこそ神通力でもないと伝わらない気がする。


 だが待てども魔物からは返答もなく、立ち去る気配も感じられない。一歩も動かずに沈黙を貫いている。


「こやつ聞いておるのか!このまま立ち去らぬというのならば、わしとて次の手を出さねばならぬぞ」

 動きがないことに痺れを切らしたのだろう、語気を強めてカズサが叫び出した。とうに神の寛大さは消え去ったらしい。まだ呼び掛けてから5分と経っていないのだがな。


 しかし毛先一つ動かさずに静止した巨大な魔物は見ていても気持ちがいいものではない。片付けられるなら早々にお帰り願いたい。


「返事がないのは否定の意と受け取るぞ、よいな?ならば神の力を身をもって知るがよい。ゆくぞ!」

 いよいよカズサの方から動くらしい。カズサは空中で魔物の鼻先から数歩分下がり距離をとった。

 下がったので間合い充分と踏んだのだろう、カズサはハンマーを振り上げて上段の構えで魔物を見つめている。構えた状態から力を溜めるように動かずに沈黙に入った。

 魔結界の中には俺たちの他に動くものはなく、音を出すものもいないのでカズサが黙ってしまうと静寂そのものだ。


 やがて沈黙を破るようにカズサの身体が聖なる光と思えるほどの眩い白い光に包まれた。これが神の力なのだろう、光の強さに目が眩むが見ていたくなり凝視してしまう。


「愚かなるその身に神威を刻みこんでやるぞ!」

 白い光を纏いながらカズサは素早い動きで魔物の鼻先まで迫った。一瞬、ハンマーの先に光が集まったように見えたが動きが早すぎて正確に捉えられない。


 魔物にぶつかる寸前まで高速で飛行移動したカズサは停止すると、頭上高くハンマーを振り上げた。心なしかカズサが振り上げたハンマーから風が吹き出してくる感覚を受ける。間違いなく風は吹いていないが、この感じる風圧は神威かもしれない。


 カズサは包まれた光の中で魔物を真っ直ぐ見据えると、間髪入れずに持ち得る力の限り魔物の鼻先にハンマーを叩き込んだ。カズサと魔物が対峙する場所からは先程より強い圧が出ており、魔物が一瞬にして吹き飛んで消えてしまうほどの衝撃に感じる。


 見るとハンマーの先端が押し込まれ小さく折り畳まれるように変形している。魔物の皮膚が硬いのか、ハンマーが柔らかいのか。

 いや、考えるまでもない。ハンマーが柔らかすぎる。というか、打撃部は柔らかな蛇腹の構造になっているので叩いたら変形するのは当たり前だ。

 やっぱりオモチャのハンマーじゃないか!



 やがてカズサの方からは()()音が聞こえてきた。


 魔物に当たった衝撃によってハンマー中の空気が一時的に圧縮されて穴から抜けていく甲高い音。カズサが命名したピコピコハンマーの由来となった音が、静かな神社内に響き渡る。



 ハンマーから出た気の抜ける音が鳴り止むと周りは再び静寂に包まれた。


 誰も声を発していない。

 魔物には傷一つついていない。

 全く状況は変わっていない。


 やはりカズサに任せたのは失敗だったか。台詞だけは格好よかったが、オモチャで魔物を叩いても何も起きない、当たり前だ。



 これからどうするのか考え始めた時、突如魔物の身体の周りに光の玉が浮かび始めた。カズサの周囲にある光と同じ色のものが魔物の周りに無数に集まってきている。


「見るがよい。これが神威!神の力ぞ!」

 英雄は遅れてくる、最後に勝つのは正義だと、そう言わんばかりの顔でカズサはこちらを見てきた。なぜいつもドヤ顔なんだよ。


 ドヤ顔で決めたカズサがコンサート中の指揮者のように魔物に向いてハンマーをかざすと、光の玉は指揮に応じて魔物の身体を等間隔に取り囲んだ。

 続いてカズサが手を下ろすと、光の玉同士がくっつき、初めから全てが1枚の白い布であったと思えるほど隙間なく巨大な魔物を包み込んでしまった。


 俺は事の顛末を見守るために、魔物をベールのように覆う白い布を見つめていたが、途切れる事なく布から放たれる聖なる光に安心感を覚えていた。

 これでめでたく魔物を追い払い、魔結界も崩壊する。そして俺が元いた世界が還ってくると、そう思わせるような優しい光だ。


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