〜プロローグ〜灼け堕ちた神
俺は見渡す限り火の手が上がっている神社の境内に立っていた。
「ぼさっとしてないで、戦いなさい!」
巫女装束の少女が俺に向かって叫んだ。
―戦う?誰と?なぜ?
少女が纏っている装束は、今朝見た時には下ろしたてと思えるほど全身どこにも皺はなく、汚れ1つない白無垢だった。
しかし少女が今着ているのは、炎で灼かれた黒ずみが裾の所々に付着し、砂煙を被り白色を失ってしまった白衣。脚元を覆っていた真紅の緋袴は、鋭利な刃物で引き裂かれたように腿から斜めに切り取られ、袴の内に隠れていた細い脚が露わになっている。
少女は身体の至る所に怪我をしているようだ。
原型を留めていない装束を見るに、無傷とは思えなかったが、高温の炎を避けきれずに負った腕の火傷、袴の内側まで食い込んできた刃物の切傷、目を背けたくほど痛々しい。
《うぉぉぉおおおぉん》
突如、神社の境内に大音量が響き渡り、頭まで響いてくる音に耳を塞ぎたくなる。
少女と対峙している魔物から放たれた咆哮だ。
魔物は興奮しているのか全身の毛は針先のように逆立ち、人の背丈ほどはありそうな尻尾をしきりに地面に叩きつけている。衝撃が地面を通じて俺の膝まで伝わり振動する。
巨大な尻尾を持つ魔物の躰は、自動車を丸々踏み潰すことが出来そうな4本の脚によって支えられており、全身は狼にも似た形だが、その大きさも含めて全てが規格外だ。
逆立った毛先の周りには橙色の火の粉が舞い、魔物が息をする度に皺だらけの口先から禍々しい灼炎を吹き出している。
今朝は4月に入ったとはいえ寒く、コートを着なければ外に出られなかったが、今は額に汗が滲んでくるほど暑い。魔物から吐き出された炎が辺りに点在して燃えており、大気を熱している。
空気中には腐りきった脂肉を直火で焼いたような不快な臭いが漂い、息を吸う度に耐え難い吐き気が襲ってくる。
―この魔物と戦えと言っているのか?
「せっかく憧れの女の子になったんでしょ!もしかして、何の代償も無しに望みが叶うなんて考えていないでしょうね。それなら只の女装コスプレでいいじゃない。戦う覚悟がないなら願いは取り下げなさい」
そう、願いが叶い俺は今女の子になっている。
しかも、とびっきりの美少女。
手元に鏡がないので自分の顔は見えないが、胸元にかかる長い髪と、袖から覗く細い色白の腕、短いスカートの裾に続く太腿の絶対領域とニーソックスは確認できる。憧れていた美少女に、俺はなっている。
"美少女になるには代償を支払う必要がある"
俺の姿を美少女に変えた神に言われたが、超弩級サイズの魔物と戦うなんて聞いてない。口から火まで吐いてるのに、どうやって倒せって言うんだ。
「私の力だけじゃ長くは抑えきれないわ。早く戦いなさい!あんたの持っている刀は何!?神の力を授けられた神装の刀でしょう!抜きもしないで持ってたら、ただの飾りね。床の間に飾って眺めてなさい!」
目の前の少女から再び鼓舞する声が飛んできた。
俺の手には刀が握られているが、剣術の心得はない。喧嘩だって一度もしたことはない。戦える自信なんてない!
俺を美少女に変化させ、刀に力を授けることも軽々とやってのけた神ですら魔物の業火を浴びて横に倒れている。神秘さを感じた神の和服姿は、今では見る影もなく焦げ付いたボロ布のようだ。辛うじて息はあるが、倒れてから言葉を発していないので長くは持たないかもしれない。
もはや神は灼け堕ちた。俺のせいだ。
魔物の炎が俺に飛んできたところを、この神は身を挺して守ってくれた。
神の力を持ってしても防ぎきれない攻撃に対して、俺が戦えるのか。
手に持つ刀の感触を確かめるために柄を強く握りしめ、魔物の方を見る。
高いビルのようにそびえ立つ魔物は口から小さく火を吹き出しながら、こちらを見つめている。まるで俺たちに攻撃する時を窺っているように。
―絶望的
そう思ってしまう状況だ。
なぜ、こうなった。
俺はただ、美少女になって楽しく過ごしたかっただけなのに。
思い返せば、時は本日の朝。
全ては神社で祈ったことが始まりだった。
プロローグになりますが、読んで頂きありがとうございます!続きは少しづつ書き進めています。
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