移りゆく季節
核心を付く言葉を、毎度言われる度にどの様な顔をして返せば良いのかが分からなくなり戸惑う。
眉間に皺を寄せ、実に面倒臭そうな表情を浮かべてみると彼女は何故だか毎度軽く微笑むのだ。
その笑顔の真意を、俺は未だ知らない。知る由も無い。貼り付けただけの笑いなのかも、本心からくる笑いなのかも、見通す術も無いのだから。
だから俺は、その笑顔を見る度に顔を逸らす。逸らした先の視線は 自分を憐れむ様な、蔑む様な瞳ばかり。
実に鬱陶しい、態々構ってくる彼女も、周りの人間も。自分が招いた悲劇だとしても、度が過ぎていると思わずには居られないほどに。でも、もう諦めている以上、鬱陶しい以外の感情は湧かない。
目の前で浮かべる彼女の笑顔すら、次第に嘲笑っている様な笑顔にすら見えてしまう。
─────── ああ、どうしようも無いな。
その言葉を何度自分に浴びせたか分からない。
突然狂いだした運命も、今ではそれが定着している。
逸らした顔を元に戻し、彼女に一言放つ。
「 ... お前もどうせ、嘘だらけの人間だ。」
棘を含むその言葉を吐き捨てた瞬間 ...
───── 彼女の笑顔が、消えた。
その事を不思議にも思わないし、寧ろ有り得る当然の反応だと思っていた。だが違った。
彼女はその後に、一言こう呟く。
「 そうだよ、み〜んな嘘。嘘だらけなんだ。」
と 。
その言葉を聞いて、本当に分からなくなった。
何をどのように返せばいいのか、どの様な言葉を遅れば良いのか。何も考えては居ない。しかし、表情は勝手に浮かぶものだ。驚く表情しか、その時の自分は浮かべられなかった。
自分の表情をみて、彼女は離れていく。
まるで満足したかの様に、清々しいまでの貼り付けた笑顔を浮かべながら元いた仲良しグループの元へ。
そのグループの会話が聞こえてきて、「変わってるなァ」だったり、「 辞めなよ、あんなぼっち構うの。」だったり、自分に向けられる陰口のレパートリーは十人十色といっても過言ではない。
陰口の言われ具合であれば、誰にも自身には敵わないとも言える。そんな妙な事を考え、自分に変な自信を付けた所で、チャイムが鳴る。
朝のチャイムだ。チャイムが鳴ったのと同時に、ガラガラ ... と扉が開く音が教室に響き渡りながら一人の女性の先生が中に足を踏み入れてきた。
女性の名を、 『 婚后 結愛 』という。
独特な苗字に名前なのは、誰しもが思う。だが、その妙な違和感を掻き消す程にその女性は変わっている性格の持ち主だ。時には怒り、時には泣き、正に喜怒哀楽を自由気ままに生徒の前で披露できる人間の一人である。
それは自身の前でも変わらない。誰にも差別をしない、優遇冷遇もしない人間に出会った事が無い自分からしたら、それには違和感を感じてしまうものだ。
その女性の先生は、大きな声で号令を掛け生徒の名を呼び上げる。自分の出席番号が回ってきた。
「 え〜っと ... 、神埼! 神埼は居るか〜? 居るよな、居るなら返事しろよ〜。逆に居なかったら潰す。」
独特な喋り口調で、巫山戯も交えながら上記の様に呼ばれた。普通の生徒なら何かしら反応をするかもしれない。だが自身は反応はしない。
ただ、睨み返すのみ。 先生にしか分からない程度の眼光を聞かせながら、一言 ...
「はい。」と、返事をした。
その返事を聞いた 先生は、笑顔を浮かべて、その後も名を呼び始めた。
名を呼び終えてからは 、伝えるべき事項を伝えた後にその朝礼は終わる。季節は、一年生の冬。こんな時から友達も居ないとは、悲しむべき事柄だ。
「 嘘を付いたら撥が当たる。」
その言葉を、自分は信じられずには居られない。撥というよりかは、代償に近いのかもしれないと、考え事をする度に感じながら移りゆく季節を感じつつ、気温の変化も、咲いては散る花の変化も、当たり前の事だと受け止め機械的に日々を過ごし続けていた。
──── そして季節は、冬も終わり頃。
『 合唱文化祭』、という行事が始まろうとしていた。