テッペル峠の反乱軍
それは少年と少女が歩み過ぎる150年ほど前……。
テッペル峠はこの時代、帝国と主にマバラードなどの中立地を結ぶ重要な貿易路となっていた……が、この頃は事情が異なっており、本来の用いられ方はしていない。
この時、テッペル街道は一般の方々が気楽に通れるものではなかった。それはこの渓谷が“反乱の中心地”と化していたからである。
オルダリア帝国とはつまり、この大地に生きる人々が最初に導かれた地。それは脈々と続く始祖竜の血統……ブローデン家によって長く統治されてきた。
帝史における最大の内乱はというと、聖圏が形成される原因ともなった”教夫の巡礼”であろう。それは2大国による対立という現在にも続く世界の大前提を作り出した。
それほどではないが……しかし、この時にある状況も中々に制し難いものである。
テッペル峠の中腹辺り。断崖を削り、埋め込むように建設された大きな砦がある。
黒練岩を主な建材として造られたそれは宮殿でもあり、荘厳な大広間を備えていた。そこでは日々、数百名を集めた集会が行われていたらしい。
毎日昼前になると渓谷に響き渡る演説。強い日差しを照り返す黒岩の砦内部にて、声高々に自己の生まれを褒めたたえる存在。
全身を黒衣の衣で覆い、赤髪には装飾が多く垂れ下がっている。口元には紫の化粧が艶をおび、指先では無数の指輪や腕飾りが擦り合わされて「ジャラジャラ」と、動くたびに金属音が鳴り響く。
挙動大げさに金属が煩く、声も甲高くよく通る……。まるで聖圏の大教夫かよと見まがうほどの荘厳な出で立ち。
それは帝国に名高くも、しかし暗部たる者として堂々と光を浴びることのない一族……。
ドゥアンダ平原の殲滅戦にて双璧の英雄となり、その一角として名を上げたかの”キャラバック家”。その4代目当主にして黒衣の総帥、初代以来の神童として崇められた天性の魔役士――それこそが【メルギアス=フォランド=ミュラー=キャラバック】である。
化粧を施した中肉中背な中年の男性は自身の栄光ある家柄を誇り、そして兵団を前にして謳い上げる。
黒岩の大広間に射し込む日差しを浴びて、叫ぶように栄誉を、それにそぐわぬ不当なる帝国の愚かさを、感情豊かに述べる帝国暗部、黒衣の総帥……。
“ブラックケープ(黒衣)”という組織はその名の通りに黒衣を象徴としている。彼らは帝国の闇に生き、聖圏を主とした他国を水面下で牽制し、国内においても世の暗がりで事を成す集団だ。数少ない魔役士のほぼ全てはここに所属し、それら魔術師や魔法使いを統率するのが代々キャラバック家の役割であった。
それはそれで名誉あり、権威ある立場であろう。実際、世の皇帝達も彼らを尊重し、特別な待遇を与えていた事実もある。
しかし、暗部は暗部。闇は闇――。
自身を「光ある魔導士」として、その存在が多くの人々から絶賛されるべきである、と。メルギアスは幼少期からそのような不満を抱いていた。
渇望は壮年なってついに爆発。影響力を次第に高め、やがて組織を率いて帝国からの独立を宣言、蜂起に至る。テッペルの黒砦はその象徴として築かれたものだ。
彼の意思に便乗した人々の合流もあり、反乱は大規模なものへと発展。彼らは反乱軍としてテッペル峠に陣取ることとなった。
つまりこの時代、帝国は内乱状態にあったのである。
そうした情勢……テッペル峠は反乱軍の本拠地として、またその付近は帝国及び親密国家や軍の駐屯地と化していた。
当時の帝国はこれだけでなく、「紅血の事変」と呼ばれる宗教的混迷も併発しており、どちらかというと本拠地アプルーザンを舞台とするそちらの問題にしばらく頭を悩ませていた時期でもあった。
時の皇子であるユウマ=ブローデンによって首都の事変は解決をみたものの、その間に増長したメルギアスは私兵団をも結成。事変から数年後に勃発したキャラバックの乱(黒砦の乱)については後回しとなってしまった。逃れた事変の魔女を追撃する関係もあったのだろう。
帝国軍は再編に時間を要したか、反乱発生後も本隊は中々に到着せず。他国を中心とした同盟軍と反乱軍の睨み合いはテッペル西方の草原付近で膠着した。
混迷極める情勢。状況を見かねたエルダランドのアイザード将軍まで出張るか、という噂まで流れる始末。キャラバックに長年仕える大悪魔、ローゼンハック卿すら手に余る反乱の首謀者……。
混乱の帝国と乗り気ではない同盟軍、そして異様な活気に満ちた反乱軍の構図は年を越えても続いていた――




