【祖竜ダリア】―グランダリアの由来―
章1|邪神の支配と最期
遥か古の事――この世界は“無名の母(名も知られぬ女神)”によって創られた。無名の母は水に満ちた世界に足場となる土を1つ盛り、そこに肺のある生物達を生み出したとされる。
無名の母にとってのそれらは我が子同然であり、彼女の母性によって大地は慈愛に満ちた平穏を維持できていた。それは人を含めた全ての生命にとって喜ばしいことではあったのだろうが……しかし、そこに発展と栄華はなかった。
無名の母は全てを管理し、無名の母が創りしその姿より変わることはなく、すべては制御された安定のもとに成立していた。ほとんどの肺ある命は「それでいい」と、またそのことに疑問や不満を抱くことすらなく時をただ経ていたのであろう。
ただ、おそらく無名の母にとって“興味と欲望”の出現は見当違いだったのかもしれない。もしくはそれこそ全ての生命に素質が備わっていたとしても、満ち足りた平穏の光に隠れて露わとならなかったのだろう。
光に隠れない存在があった――――それは今でこそ“邪竜”と号された者である。
おそらく最初の野心的生命であろう邪竜は全ての命、すなわち兄妹たちの中で圧倒的な力を有していた。そうであって変化を許されない、特別を許されないことに“不満”が生じ、それは彼の力に比例して増幅していったと考えられる。
遂に邪竜は母を討つ。つまり彼の者は最初の野心家であり、同時に討伐者でもあると言えるだろう。
無名の母は偉大であったが、強大であったかは不明である。しかし、この世界を創ったからには相応の規格であったと思われる。それを彼の邪竜は恐ろしい牙によって切り裂き、大地の底に流れる暗がりの海に血しぶきとして母を混ぜこんでしまったとされる。
かくして大地は女神と平穏と平等を失った……変わりに大地は破滅と恐怖と邪神を得ることになる。
邪神……それには名がある。光に覆われぬ者――“ダオロン”は解放された欲望のままに他の生命を蹂躙した。この行為こそが生命の望みにある本質であると、彼の者を信奉する人は願う。
邪神ダオロンは8つ腕に6つの翼、4つの脚に2つの口を持つとされる。彼は他の異形なる生命すべてを嫌悪し、それらをねじ伏せ、好き勝手に破滅させることで愉悦の感情を覚えていたのであろう。
ほとんどの生命は汚らわしいもの、忌み嫌うもの、不潔であるものが自身の領域より取り払われることで快楽と成就を得る。ダオロンの行為は清浄なる行い、正当なる生命の営みであったと彼を信奉する人は信じる。
ほぼすべての生命は抗うこともなかった……いや、できなかった。
大地に留まらず、大海にある命も、大空にある命も、その先にある光さえも――。彼の者によって失われようとしていた。地上の命は散々に足場と同じく切り裂かれ、無数の兄妹と同じく人もまた塵芥に等しい扱いであった。逃げ惑う生命の中にあって、人は他の肺ある生物と何も変わらないものであっただろう。それはダオロンにとっては当然のことである。
強大なダオロンにとって人というものは、人間にとって見る小虫の一種であった。潔癖な彼は自身の領域であるこの惑星から、小虫を見つけるたびに排除していた。もしくはその認識すらなく、単に彼の強大な生命活動によってかってに生命が消え去っていたのかもしれない。
ダオロンの存在する世界はつまり、彼以外を許さないものである。または、彼の何気ない振る舞いに耐え得る生命以外は存在を許されない世界であったともいえる。
そうした彼の者以外にある生命の内、例外的に存在を許されていた者達があった。
ダオロンの生命活動に晒されても平然と耐えるそれらは他の兄妹とは別格の存在であったと言える。これをもって、それら5体とダオロンを含めた6体の強大なる生命こそ真の兄妹であり、それ以外の生命とは別と分けて考えることもできる。
そうして、彼ら6体の兄妹達を今でこそ人は『竜』と呼ぶ。もしくは彼ら自身がそのように呼ばせたか、無名の女神がそもそも区別していたかは定かではない。ともかく、今にあっても人が彼ら6体を竜と号し、特別視していることは変わらない。
邪神ダオロンの振る舞いを浴びても平然とする他の5竜ではあるが、だからといって真っ向からそれぞれがダオロンに匹敵できるわけではなかった。そもそもが無名の母にとって最初の子……すなわち“最初の生命”とされる彼はその他生命のすべてを含めても比することができたか疑わしい。
ダオロン以外の5竜はそれぞれ姿が異なるものの、当のダオロンにとっては異形扱いではなかったらしい。比較的親しく接し、ダオロンの世界に精神的にも身体的にも存在を許される数少ない“友”でもあった。
しかし、それら5竜は見た目だけでなく内面としても、ダオロンと同じではなかった。特にダオロンに次ぐ強大さをもつ白竜――すなわち“ダリア”は兄である邪神が振る舞う破滅的生命活動に危機感を抱いていた。
ダリア――つまり聖竜にとっては他の生命もまた、等しく兄妹であった。とくに人々への理解は深く、自分の言葉を解する可能性がある存在を見出しては愛でて庇護したという。彼女の言葉は今現在、そしてここにある言葉そのものに近似したものであった。それは彼女達が人々に教えたものだからであろう。
彼女の人に対する博愛の理由としては言葉の理解と別に、魔力を含む人々がおもしろく、興味ある存在だったのかもしれない。これは姿すらない者の面影をそこに覚えていた可能性もある。邪神が女神の威力を受け継ぐとするならば、聖竜は女神の精神を受け継いでいたのであろう。
つまり、聖竜ダリアは人を庇護し、邪神ダオロンは人を排除した。これは2頭にとって決定的な“違い”がそこに存在したことになる。
ダリアは親愛の感情を兄に抱きつつも、やがてこの世界は彼によって破滅させられてしまうであろうと確信していった。そして、そのことを言葉によって解決しようとしてみたが……3度に渡った言葉による解決は全て失敗となる。
邪神の暴威は留まることなく。生命はおろか土台たる惑星からも悲鳴に似た災害が噴出し、いよいよ世界は破滅の結末へと向かう。ここに至り、ダリアは決意したのであろう。
――古代、竜達の時代。そこにあった唯一にして、以後の歴史にある全ての争いを凌駕するであろう闘争――
それは兄妹2頭の価値観に生じた断層を原因とする、兄妹喧嘩というにはあまりに規模が果てしない死闘であった。
他の生命と共に生きようと訴える聖竜。彼女の傍らには友なる2体の竜が付随した。その訴えを嘲笑と共に跳ね返す邪神はただ1人、四肢と翼を広げて他の全てを威圧する。
――竜達の戦いは惑星の空と地と海――至るところに渡って繰り広げられた。いくつかの大陸は消し飛び、または分裂して島となった――
幾日を経たかも知られぬ争いの下で生命達は逃げ惑い、移り変わる天変地異によって次々と種族が世界から脱落した。彼らを護りながら戦う3体の竜は劣勢に陥っていた。元より3体合わせても自力で邪神に劣っているのである、敗勢は当然であろう。
大海に墜ちた聖竜に向けて、遂に邪神の渾身なる生命の力が放たれる。まるで光無い邪神の咆哮に、全ての生命は恐怖した。
咆哮は激怒の感情を寄せ集めて噴出させたものだったのであろう。外ならぬ、邪神が最も信じた仲間たちへの“裏切り”を叱責する言葉でもあった。それはしかし、よりによって友なる彼らの総力によって防がれる。
戦いの裏で兄妹を支えていた暗竜と翼無き者が見かねてここに加勢し、5竜の力をもってどうにか邪神の叱責を逸らしたのである。逸らされた力は一条の矢となり、これによって遥か空にある月の今を成したという。
邪神はこの時、初めて刹那の静寂を感じた。それによって気がついた音……虚ろな彼の感覚に聴こえてきたのは、足元にある数多の声である。それを邪神は理解できた。
――全ての友が敵対した光景に邪神は驚き戸惑った。そして、そこに隙が生じていた――
足元を見下ろした邪神。呆然とした様子にある、天変地異に開いた僅かな平穏。そこを5竜は見逃さず、好機と見て力を集め、逆に渾身の声として刺し貫く。
決して光に覆われない邪神に向け、光の結晶と化した聖竜が長大な剣を突き刺した。泣き声と共に彼女は剣を振りぬき、そして宙を舞い、繰り返し刃を振りかざす。敬愛した兄に向けて一心不乱に叩きつけた鋭利な攻撃は強大な邪神の姿を切り刻んだ。そして最後に己の身体ごと全ての感情を叩きつけた。
邪神の漆黒なる身体の内側から光が溢れだし、強大な存在に無数の亀裂が奔る。邪神は他の全てを見下ろした後、兄妹達に向かって裏切りへの怨嗟を吠え、そして光に砕かれて消え去った。
こうして世界に破滅的時代を築いた邪神は消滅した。しかし、砕け散った彼の怨念は今も世界に漂っていると信奉者達は祈っている……。
章2|祖竜の最期
邪神討伐により世界に陽の光が満ちた。ダリアは彼の者が消え墜ちた大陸に住み、人々をここで存分に愛でたという。それは兄への弔いでもあったのかもしれない。
戦いの後、残された5竜達も無事ではなかった。それまで不滅とされた彼らは兄の最期を見届けたことによって「死」を理解した。そのことに対する行動はそれぞれで異なっていたと言えよう。
ある者は姿を隠し、ある者は孤立し、ある者は独自に人々と関わり……そしてダリアとその最も近しい友は人々に囲われて残された時間を過ごした。
ダリアは戦いに傷ついた身体を横たえており、その傍らで親愛なる竜は彼女を気遣っていた。人々は彼ら双竜の在り方に夫婦の概念を見出したとされる。そこまでにあった集合的小生物の在り方ではなく、個々として男女の慈しみ合う関わりを重視するようになった。それだけ竜達の庇護が平穏をもたらしていたという証でもある。
しかし、竜達の天乱がもたらした傷はこの世界そのものにも深く残されていた。ダリアが護る大地ですら未だ環境は生物にとって厳しいもので、人々を含めた多くの命が常に危うい状態にあった。惑星由来の生命はしぶとく再生と繁栄を盛り返していたものの、それもまだ長い時間がかかる状況である。清浄な水も得難く、気候は安定することが無い。
ダリアは言葉を解せる人を選び、自身の知恵を授けて人々を支えた。ところが、交流を行うには竜と人では規格の距離がありすぎる。人が文字を通じて他の動物に物事を伝える難しさがそこにあった。
中に突出した人も出現したが……それも長く生きることはなかった。そうする内にダリア達の生命にも終わりの時が近づいていた。
「我らの時が尽きた後、きっと彼らは滅んでしまうだろうな」
命尽きそうなダリアはそのように嘆き、傍らにある青竜は彼女を慰めるために寄り添った。静かなる者――“ヴリンベル”の言葉を聞いたものは存在しないが、人々の誰もが雄竜の優しさを見て知っていた。
そこに“案”を授けた者がある。それは翼無き竜――“クダラ”であった。
クダラは自身の研究によってより良い人との関わり方を見つけたと言う。その説得力は絶大であった。何故なら彼は幼い人の姿をしていたのである。饒舌に竜の言葉を繰り出す弟の存在にダリアは驚愕したという。
すっかりのめり込んでダリアは異形な弟の話しを聞いた。彼が言うにはつまり、「人と関わるなら人になるのが最も良い」という話しだった。滅ぶ竜の姿を捨て、人として新たに命を繋げればより人に近い位置で彼らを護れる。その上「死」という制限時間を無視することも可能だと、クダラは案を語った。ダリアは人々を見渡した。
ダリアが問うた「そのようなことが可能なのか」。
クダラが答える「今の僕を見てごらんなさいよ」。
聖竜は幼き人の姿をした弟を見て、首をもたげて天を仰いだ。彼女の流した涙の雫が大地を穿つ。彼女は翼無き者の禁忌を受け入れた。これによってダリア達は人として命を巡らせる――つまりは人への降格を求めたことになる。
クダラの手順を施された雌雄の竜は最期の瞬間をもって人へと血を混じらせることになった。それぞれの最期……雄竜ヴリンベルは最期まで語らず、ただ彼女の傍で静かに息絶えた。その亡骸は骨まで灰のように崩れて完全に消え去ったという。
そしてダリアは――人々及び、この世界に向けて最期の慈愛を振る舞った。彼女は絶命の力をもって内側から光を解き放ち、血肉を輝く粒子に変換した。沸き上がった光の雲は大陸を包み、輝く雨となって大陸に降り注いだ。全ての生命の源である女神から、2番目に多くの命と力を受け継いでいた彼女の存在は絶大だった。
大地には緑が茂り、水は浄化され、空気は澄み渡って風は温かみを思い出す。人々を含む全ての生命は光の雨に母なる奇跡を覚え、感謝の声を空に響かせた。
ダリアの光天として残されるこの超常現象は人類史の起点とも捉えられる。それまで竜の飼育によって生きていた人々が自立できたのはこれによるものが大きいだろう。ここをもって人間の紡ぐ歴史が始まったと言ってもそれは過言ではない。ただし、ブローデンとスローデンが個の名を示さなくなった頃をもって「人類史の始まり」とする場合もある。
ダリアの奇跡が浸透した大地には豊かな自然が出来上がった。それはまるで大陸そのものが人々を護るかのような環境であった。ダリアの亡骸は骨となって一部が残り、人々はそこに集って彼女への感謝と彼女からの愛情を忘れないようにした。
人々はそこに混じれた竜の血に導かれながら文明を築いた。聖竜が遺した大地は人々と竜の記憶によって「グランダリア」と名付けられた。そして彼女の亡骸を頼ってつくられた人の集落は後の時代に「アプルーザン」とされ、大いなる発展を成すことになる。
――母なる竜、ダリアは「祖竜」とも呼ばれる。それはこうした人の観点からして“全ての始まり”を築いた存在だからであろう。彼女の浸透したこの大地、グランダリアは今も彼女の庇護が満ちている。
【祖竜浸透/Tier3】―END
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