第九話:祝福された恩寵
泣き始めた、ユウサリを見てムイタは沈黙を守った。
孤児だったムイタは親を知らないが、だからこその憧れもある。
ユウサリにとって少なくとも母親が大事な存在であったということは、とても素敵なことだと思ったのだ。そしてその想いでは彼女だけのものだ。
少女の肩の震えはすぐに止まり、ユウサリはポシェットに自鳴琴と銅板を大事にしまい、ムイタに向き直った。
「……ありがとう」
「依頼以上の仕事ができた時ってのは、職人にとっても嬉しいもんさ」
「ニャス」
自分も忘れるなよとルビーも一声鳴き、ムイタは乱暴にルビーの頭を撫でた。
ここでユウサリとはお別れだろう。不思議な出会いだったが、彼女と出会えて良かった。
ムイタそんなことを思いながらガンベルトを取り付ける。
その様子をみてユウサリが首を傾げる。
「……ダンジョンに潜るの?」
「軽くな。どうにも落ち着かなくて。【位階】も五に上げて【恩寵】も欲しいし」
「……(ジトー)」
無言で見てくる。先を話せと催促しているようだ。
「ある人がギルドに紹介してくれたんだ。俺も冒険者になれるんだ。これタグだぜ」
「……登録前のタグ」
「そうそう、初めて持ったけど。かっこいいよな、これどこに付けっかなぁ」
ウキウキしながらタグを見るムイタはどうみても浮ついていた。
しばらく無言でユウサリは考え込んだ。
「……(ウーン)」
「お前、色んなパターンの無言があるのな」
「……私も行く」
「ん? そうか。まぁユウサリはソロっぽいしな。今日は何階層まで行くんだ?」
「……ソロじゃない。ムイタとペア」
「ハァ?」
どうやらユウサリはムイタと一緒にダンジョンに潜ると言っているようだ。
ユウサリは手を差し出してきた。
「……【契約】。しよっ?」
「えっと、確か冒険者同士がパーティーを組むときにするってやつだよな。俺ずっとソロだったからよくわかんないんだけど。というかユウサリなら俺と組んでもメリットないだろ?」
冒険者がダンジョンに潜る際に、【契約】と呼ばれる儀式を行うことでパーティーを組むことができる。メリットとしてはパーティー単位に恩恵を与える【恩寵】持ちがいる場合その効果を受けれることや、パーティーで経験値を分散して受けることができる。
ムイタとしてはユウサリの力はありがたいが、戦力差がありすぎてオンブに抱っこだ。
難色を示すムイタの手を半ば強引にユウサリが取る。
お互いの指が組み合わさる。
「【契約】……ムイタも言って」
「【契約】、これでいいのか? おっ!?」
自分以外の魔力が流れ込む不思議な感覚をムイタは感じた。
カチン、と音が自分の中で響く。今何かが噛み合ったそんな確信があった。
「……私も初めてだった」
「そうなの!?」
ユウサリの方も不思議な感覚に驚いていた。
「……(ニギニギ)」
「おい、いつまで握ってんだ」
頬を赤くしながらムイタが手を払う。
「ったく。俺に合わせるなら一階層だぞ。じゃないと練習にならない」
「……二階層の方が魔物が多い(ジー)」
ユウサリがジト目で睨み付ける。
「わかったよ。しゃあねぇな。その代わり俺のことしっかり守れよ。マジで弱いんだからな」
「……知ってる」
話が付き、一階層をそこそこに二階層までつく。
昨日は気にしなかったが、二階層は一階層に比べより広い道が多く。所々広場もあるようだ。
まだ朝だが、冒険者も多いようだ。
慣れない道を懸命に覚えようと周囲を見渡すムイタと無表情でスタスタと進むユウサリ。
しばらく歩き、小さな広場でゴブリンの群れを見つける。
うち一体は赤い帽子を被っていた。
「……?」
ユウサリがどうするか目線で尋ねる。
「レッドキャップがいるな、二階層のレアモンスターだっけ? ユウサリが前衛するんだから、好きに突っ込んでもらっていいけど。せっかくだし、俺が一発牽制をしとくよ」
相棒の機工銃に弾を込める。コルトによって調整されてすぐのそれは、銃身を開く感触からして完璧だった。
「流石にいい仕事するよな。弾はギリ届くくらいか、牽制にはちょうどいいかな」
ユウサリはムイタから少し離れる。ムイタの銃弾受けて、ゴブリンが向き直ると別の角度からユウサリが奇襲するという作戦だった。
静かに構えて、魔力をグリップから流し込み銃身に伝え、引き金を引いた。
いつもとなんら変わらない機工銃の発砲。
だがその結果はこれまでと異なる。
放たれた弾丸はいつもの風船から空気が抜けたような音ではなく、空気を震わせる轟音だった。
その音をムイタが認識する前に、レッドキャップの頭が弾け飛んだ。
反動で体が流れるが、訓練された体は無意識のうちに次の装填の姿勢をとる。
「……シッ!」
ユウサリが駆け出し、背中の剣を抜いて火の粉が舞う。
ムイタが次弾を撃つ前にゴブリンの群れはユウサリによって壊滅した。
「……なんだ。今の?」
「……今のは良かった。昨日はなんでしなかったの?」
「できなかったんだよ。俺の銃は『直列炸裂式』っていって自前の魔力を撃ちだす機工なんだよ」
「……?」
ユウサリが首を傾げる。
「ええと、つまりだな。一般的な機工銃は魔石に込められた魔力を弾にして撃ちだすわけだ。だから誰が撃っても威力がでる、かわりに銃弾のコストが高い」
「……(フムフム)」
「だけど、俺の銃は師匠の言いつけで、俺自身の魔力を込めて撃ちだす機工になってんだよ。だから魔石は触媒程度にしか使わない弾丸なんだ。使い手の魔力が反映されるしコントロールもずっと難しいけど銃弾のコストが安いんだよ」
「……つまり、弱い威力なの?」
わかってない表情でユウサリが問いかける。
「まぁそうだ。俺魔力あんまないからな。操作は得意だけど。あんな威力はどうやってもでない。というか銃身がヤバイぞ」
銃を確認すると、留め具に若干のグラつきがあった。
やはり、想定を大きく超えた一撃であったことを実感する、下手すれば暴発していたかもしれない。
自分の力ではない、となると残る理由はあと一つ。
【契約】によってユウサリの【恩寵】が自分に反映されているのではないかとムイタは考えた。
「ちなみにユウサリは【位階】はいくつなんだ?」
「……八」
「つまり五の【位階】で貰えるスキルはあるわけだ。どんなスキルなんだ?」
「剣から火がでる。切ったところから火がでる」
「それは見たらわかるけどよ。確かめるまでもなく守護神は、破壊と火の神【ファオジール】だよな。パーティーにも効果あるのか? 吟遊詩人が唄ってるのを聞いたことあるんだど【鼓舞】とか【炎舞】とかいう【恩寵】がパーティーにも効果あるらしいぞ」
「……知らない。調べてみる」
ユウサリは懐からタグを取り出して、のぞき込む。
「それ【恩寵】が分かるのか?」
「……多分そのはず、普段見ない」
「本当に、剣を振っていただけなんだな」
ムイタものぞき込んでタグの裏に浮かび上がった文字を見るとそこには。
『消えない篝火:貴女の決意は燃え上がり、四方を照らす』
と書かれていた。日頃冒険者に憧れ、酒場で吟遊詩人の歌や伝説を聞いていたムイタには心当たりがあった。
冷や汗を書きながらタグに浮かび上がった文字を指さす。
「……なぁ、普通【恩寵】ってさ。単語が一つ話だよな? さっき言った【鼓舞】みたいな感じでさ」
「……そうなの?」
「いや、俺も詳しくしらないけどよ。これってさ多分吟遊詩人の歌にでてくる。特別に神々に愛された者だけが与えられるっていう【祝福された恩寵】ってやつだと思うぞ」
神々は自分の好みで人々に守護を与えるという。その中でも特別に気に入った存在には祝福の聖句が付いた【恩寵】を贈る。詩人はそれを【祝福された恩寵】と呼んで英雄譚を歌い上げた。
「……?」
「特別に凄いってことだよ、お前本当に天才なんだな。聖句に『四方を照らす』ってあるからパーティーメンバーにも恩恵があるって意味にとれるな。やっぱりユウサリのせいなんじゃないか?」
「……(エッヘン)」
無言かつ無表情で威張るという難しいことをしてのけたユウサリにムイタはため息をついた。
この少女はその見かけだけでなく、在り方まで神々に愛されているのか。ここまで差があると羨ましいとすら思えない。
「その【恩寵】について詳しく調べたいけど、銃が壊れそうだから一旦戻るか」
「……まだ全然切ってない」
「いや、お前のせいだからな。俺はそのままギルドに行くよ」
「……私も行く」
「なんでだよ。ユウサリなら大手のギルドに行けるだろ? というか登録しているだろ?」
「……(ジー)」
「無言で睨むな、わかったよ。好きにしろ」
「ニ~ィ」
二人の様子をみてルビーは仕方ないなぁと小さく鳴いた。
いづれ、英雄と謳われるコンビの初探索は拍子抜けなほどあっけなく終わる。
しかし、運命の歯車は二人の知らない所で動き出そうとしていた。
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