第八話:秘めた思いは音色にのせて
中庭で練習用の弾丸での射撃訓練を終えた後、ムイタはコルトの工房で自鳴琴の修理に取り掛かる。
後ろではコルトがムイタの機工銃を調整しており、それぞれが壁を向いて背中合わせの体勢だった。
静かな室内に、工具を動かす音だけが響く。
「コルトさん」
不意にムイタは口を開く。
「師匠と呼べ」
お互い手は止めず、会話をしている。
「……師匠。いっつも、整備も調整も自分でやれって言う癖に、今日に限ってなんで俺の銃をみてんだ?」
「気まぐれだよ。フン、ちゃんと調整してやがんな。そっちの自鳴琴はどうだ?」
「修理は終わってるよ。ちょっと面白いもん見つけたら、オマケを作ってんだ」
「動かして音が出るか確認しなくていいのか?」
「俺が鳴らすべきじゃないよ。この自鳴琴も久しぶりの歌は主人に聞いてほしかろうぜ」
「素人がいっちょ前に何言ってんだか。こっちも終わったぜ」
お互い振り向き、銃を受け取るために手をだすと銃と一緒に、掌に納まる金属板とメモを渡された。
「ん? なんだこれ?」
「冒険者の認定証だ。それ持って、明日にでも、書かれている場所に行きな」
ムイタは自分の持っているものが信じられないという風に見つめる。
話には聞いていた冒険者であることを証明するタグ。
仮登録すらできない自分にとって、実際に手に取ったのは初めてだった。
「えっと、なんで?」
「古い知り合いが、ギルドマスターでな。極小ギルドだが、冒険者の登録できる」
「師匠……」
「おい、そんな顔やめろ。俺はただ、オメェがさっさと冒険者を諦めればいいと思ってだな……」
「ありがとう!! 俺頑張ります!」
「うるせぇ! 用事がすんだらさっさと帰れ!」
頭をもう一度下げタグを握りしめてムイタは店を後にした。
翌日、緑毛玉と一緒にクジカタ工房の倉庫で目覚める。
身支度をしていると、さも当然のようにツナギのポケットの中に毛玉が入ってくる。
「……ずっと毛玉と呼ぶのも面倒だな。名前つけっか?」
「ニャス!」
待ってましたと毛玉がピョンピョン跳ねる。
「緑だし、カビとかどうだ」
「ニャ"ッス」
毛玉はブンブンと首を横に振る。流石に安直過ぎたかとムイタは顎に手を当てて長考。
「よしっ、じゃあ、ルビーだ。その額の赤い石がそれっぽいからな」
朝の陽ざしを反射して光る緑毛玉の額の宝石を指さしてそう言った。
「ニャス!」
今度は頷いている。どうやらこの毛玉は人の言葉がしっかりとわかるらしい。
「よしっ、ルビー。今日は俺が本物の冒険者に成る日だ。気張って行くぞ!」
「ニャッンス」
強くルビーが鳴いた。
身支度が終わり、工房に顔を出すと工場長の姿はない。いつも遅いのだが、今日は他の職人も来ていない。どうやら昨日、ダンジョンから素材を持ち帰った冒険者を接待しており寝ているようだ。
ままあることなので、これはチャンスと工房を飛び出して工場の屋根を伝って『ピスティ』のダンジョンへ向かう。
ユウサリとの待ち合わせは昼前にしていたが、昨日の様子からなんとなく朝からいる気がしていいたのだ。
ダンジョンの通りは朝から賑わっている。大通りから離れ、いつもの隠し扉の入り口まで行くとユウサリが立っていた。
壁に持たれる姿すら、視線を惹きつけれれる。
「待ち合わせは昼だろ」
ムイタが声をかけると、感情の読めない無表情でユウサリがムイタを向く。
「……早く、受け取りたかった」
「ニャス」
ポケットからルビーがユウサリに挨拶をする。
「……おはよう」
「こいつ、ルビーって名前にしたんだ」
「……」
無言の返答。ため息をついて、ダンジョンに入る。
「一応この辺を使う冒険者もいるからな、中で確認しろよ」
「……わかった」
隠し扉に入り、ソワソワしているユウサリの前に自鳴琴が置かれた。
ムイタは壁際まで下がり、後ろからユウサリを見つめる。
ユウサリは、ゆっくりとそれを手に取って見つめた。
木製の外側は丁寧に磨かれ、縁の装飾もツヤが光っている。
ゆっくりと箱を開けると、低い音がして魔石から動力が流れる。
歯車が動きだし、ディスクが回る。
それは静かな曲だった。複雑な組み合わせも、技巧を凝らした展開もない。
ただ、澄んだ音が狭い部屋に響く。
ムイタはゴーグルを指先で弾く、自鳴琴は完璧に起動していた。
しばらく、黙って曲を聴く。曲が一周するとディスクのギアが変わり一端曲が止まる。
一度蓋を閉めて、開けると再び曲が流れる仕組みだ。
曲が止まってもユウサリは動かなかった。
ムイタは後ろから、一枚の銅板をユウサリの前に置いた。
「ディスクの裏側に彫られていたもんだ。粘土で型をとって銅板に映してみた。こんなことでもないと見ない部分だしな」
ユウサリが息を飲む。
『ユウサリへ、愛を込めて 母より』
なんの捻りもない、真っすぐな言葉だった。
「……お母さんっ」
小さくそう言って、人形のような少女は銅板を抱きしめて。
少しだけ泣いていた。
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