第七話:その夢は一人のものでなく。
「オラ、カバーが甘いぞ。体を隠せっ!」
コルトの大声が響く。練習用の重めの銃を持って柱の陰から構えては、次の柱へ隠れる。
汗だくになりながら、ムイタはその反復練習を延々と繰り返す。
ちなみに緑毛玉は早々に避難して中庭の隅っこで寝ている。
「ハァ、ハァ、くっそ。体が重たい……」
「弱音はいいんだよっ! 腰が高いぞ、次はローリングで移動!!」
「し、死ぬっ」
「馬鹿野郎。カバーしていない間は常に動き続けろ。出ないと囲まれて死ぬぞっ!」
カバーとは、遮蔽物に隠れて敵の攻撃を受けない動作のこと。前衛が攻撃を受け止めてくれるパーティーとは違い、ソロでダンジョンに潜るムイタにとって常に隠れながら動くことは生きる為に必要不可欠なことだった。
コルトはそれを基本として叩き込んでいた。そしてカバーから出た時は常に止まらずに攻撃すること。移動しながら弾を込めること、意識せずともそれが行えるように反復練習で体に覚えさせる。いよいよムイタが動けなくなった時にようやく休憩が与えられた。
「ゼェゼェ……だから来たくなかったんだ……」
大の字になって空を見る。空はもう薄暗くなっていた。
「フンッ。まぁまぁだな。この後は特別に銃弾を奢ってやるよ」
「マジ! 撃たしてくれんの!?」
ムイタは跳ね起きてキラキラした目でコルト見る。
「練習用だ。実弾は高いからな。準備するからそれまで、射法を繰り返しておけ」
「ヤリィ、どうしたんだよ。義足といい今日は偉い気前がいいじゃねぇか」
「『今日』は余計だ馬鹿野郎」
コルトは調整したての義足を動かし、店に戻る。そこには扉の影に隠れるように一人の老婆が立っていた。
「久しぶりに連絡があったかと思えば、何のつもりだい?」
細身の体に、皮の眼帯をした老婆は、パイプを咥え紫煙を吐いた。
「あいつのこと、どう思う?」
コルトは嬉々として構えの練習をしているムイタを、親指で指さし尋ねた。
「あの子の【位階】はいくつだい?」
「この前『4』になった」
「おかしいねぇ。【位階】が上がれば神々の恩恵により能力も上がる。大抵の神なら位階が『4』ともなればもっと動けるようになるはずなんだがねぇ」
答えなぞわかっているだろうに、老婆は意地悪な笑みを浮かべながらコルトに問いかける。
「……奴の守護神は【シュタール】だ。神殿に行ってもそれ以外の神から加護は得られなかったんだよ」
「ククク、運命と歯車の神かね。【位階】を上げても身体能力も魔力も上がりづらい……」
【位階】とは神々が課した試練を乗り越えることで与えられる恩恵の一つ。
と仰々しくギルドで説明されるものだが、つまるところダンジョンで魔物を倒すことで上がっていくもので、1上がるごとに冒険者としての能力が成長していく。
成長する能力は守護神によって偏りがあり、例えば【火と破壊の神】ファオジールならば剣を振るう膂力が最も多く伸び、【岩と堅牢の神】グロミドロならば体の頑強さが伸びていく、といった具合となる。
「そうだ。あいつには、冒険者が使うような武器を使う筋力は与えられねぇ。かと言って魔術を使えるほどの魔力も感性もない。【位階】を4まで上げてもあの様だ」
「……あの子を見てどう思うって質問だったね。敵わない夢はさっさと諦めさせるべきだよ。あの子にに冒険者は無理だ」
老婆はパイプを咥え直し、そのまま帰ろうと立てかけていた杖に手を伸ばす。
「待ちな婆さん。若い時からオメェはせっかちすぎる」
「まったく、下手に話を勿体ぶる爺さんだね。何かあるならさっさと話しな」
「……確かにあいつには剣を振るう筋力も、魔術を使うセンスもねぇ。だけど、誰よりもシュタールに愛されてるんだよ」
「シュタールの加護を持つ人間は確か、『器用』さが伸びやすいんだったかね。やっぱり職人をすればいい」
「俺だってそう思う。しかしアイツは夢を諦めきれないんだよ。頼む、アイツをお前のとこのギルドに入れてやってくれ。それでだめなら奴も踏ん切りがついて職人として生きていける」
老婆はパイプから火種を取り出し、握りつぶし静かに溜め息をつく。
「フゥ……クククッ。昔から嘘が下手なんだよ。諦めさせるために? よく言うよ……そんな相手にあんな生きた動きを教えるもんか。男の分際で女相手に取り繕うのは辞めるんだね」
髪をかき上げ、老婆は笑う。そして今度こそ、杖を持って出口に向かう。
去り際に、一枚のドッグタグのような金属板を入り口に引っ掛けた。
「今度あたしを呼ぶときは、酒を用意しておくんだね。臭いチーズも一緒に頼むよ」
老婆が出た後に、コルトは金属板を手に取る。
それは冒険者が持つ認識票で、表には冒険者ギルドの刻印が彫られていた。
「ったく。口の減らねぇ婆さんだ。……恩に着るぜ」
コルトはタグをポケットに入れ、中庭で延々と射撃の型を練習している弟子の為に、練習用の銃弾を抱えた。
ここまでよんでくれた貴方に格別の感謝を。
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