閑話:迫る危機②
やや過激な描写があります。ご注意ください。
ユウサリは退屈をしていた。ムイタは工場へ行ってしまったし、ギルド職員は二日酔いで動けない冒険者以外は迷宮へ出かけている。少女の意図は不明だが、ユウサリはダンジョンへ行くことに決めたようだ。
「……(コクリ)」
朝稽古を済ませたユウサリは、バーカウンター件受付へ行く。
「おはようございます、ユウサリ様。私はカイナイ、今は受付をしております」
そこにいるのは、ギルドマスターの老婆ではなく、片眼鏡にベストを来た40代から50代の男性だった。
「……依頼」
「ギルドへ来ている依頼ですね。当ギルドにまっとうな依頼は少ないのですが、ユウサリ様ならこなせるでしょう。しかしムイタ様はおられないのですか?」
「……」
「左様ですか。失礼しました。それではそれほど時間のかからないものを……これなどいかかでしょう?」
差し出された、依頼書を読むとゴブリンのレアドロップ【子鬼の牙】の納品だった。
さして難しい物でなく、十数体ほどゴブリンを切ればドロップするだろう。
ソロで八階層まで潜ることのできるユウサリにとっては散歩に行くようなものだ。
無言で依頼書を受け取り、ユウサリはギルドを出た。
そして、ハタと止まる。
彼女はこの場所までどうやって来たのか、よくわかっていなかった。
それなりに時間をかけて歓楽街から【迷宮:ピスティ】まで来た彼女は、正面にある関所に向かう。【大通り】と呼ばれるダンジョンにおける有料の入り口は、ある程度整備された道が敷かれており、下の階層までスムーズに進むことができる。
時として内部の構造を変える迷宮ではあったが、この入り口から入る道は確認された限り、変更された記録はなく、下の階層へすぐに行きたい冒険者達はよく使っていた。
ユウサリが入口に辿り着くと、関所を通るための手続きをする。
いつもはすぐに通れるはずなのに、今日は嫌に時間がかかる。
「待ってくださいねー。えーと、ちょっと目が悪くって銅貨五枚で通れますけど、お客さんが渡したのが銀貨一枚だから、お釣りは……えーと、どこおいたかなー」
「……」
無言で訝しむユウサリの背後に気配。振り返ると、次の冒険者が順番待ちに並んだようだ。
それを見た関所のスタッフは、まるでそれを待っていたかのようにユウサリを通した。
「……(チラリ)」
背後にいた冒険者の獲物につけられていた紋章は【火と破壊の神:ファオジール】珍しくないものだが、昨日【猛炎の宴】で暴れたばかり、ダンジョンでは冒険者による略奪は当然刑罰の対象だが、珍しくはない。
特にユウサリほどの美貌の持ち主を、どうにかしようとするものは後を絶たなかった。
冒険者達は、質の良い近接の武器を装備しており、数は男性が四人ほどだった。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
ダンジョンに入り、いくつかの道を曲がり、大通りから離れても並んでいた冒険者達はついてきた。
自分から人通りの少ない通路まで行くとユウサリは振り返り剣を抜いた。
それを見て、つけていた男達はゲラゲラと笑っていた。
「おいおい、やるならせめて【大通り】だろ? 大声で助けを呼べば誰かがきてくれたのにな」
「まったくだ。俺達、どうやら【白炎】の人形に誘われちゃったのっか」
「どうせなら、鎧お脱いでくれたはよかったのになぁ」
「そっちの意味かよ、ギャハハッハハ」
持っている武器に似つかわしくない下品な言葉。
これまでもこういった男達は星の数ほど相手してきたユウサリだが、違和感を感じた。
男達から強者の印象を受けない。仮にも一流と呼ばれる【猛炎の宴】の冒険者がこの程度ということはないだろう。
ということは、入り口で自分に興味を持ってしまった素人かもしれない。
「……今なら冗談ですむ」
煙幕、吹き矢、罠、あらゆる想定外を頭で考え、対処を思い描き、戦闘に備える。
「はいはい、じゃあやっちまうぜ。この武器さえありゃあお前なんて――ギッ」
「早っ、ちょ、ヒィイイ」
その言葉が言い終わる前に、腕が切り落とされる。
十メートルはあった距離を一瞬で詰め、ユウサリは悲鳴をあげる暇すら与えずユウサリは男達を焼き切った。
剣を背中の鞘に嵌め直し、無駄な時間を過ごしたとその場を後にしようとした、ユウサリの足が止まる。
否、絡め取られてたのだ。
「ッ!!」
剣を抜き足元を見ると、切り落とした腕が膨張しながら虫を想起させるように蠢きその足首を掴んでいた。
さらに、紅蓮の炎弾が向かってきており、回避するも、今度は他の死体に捕まる。
ナマスにしたはずの他の死体も部分ごとに蠢き、ユウサリに抱き着いていた。
崩れた姿勢ながら、死体を切り落とすも、その切り口からはどす黒い体液がコールタールのような粘度を持ってユウサリに絡みつく。白炎で焼き尽くそうとするが、その都度、炎弾がユウサリに浴びせられる。黒い液体はまるで蒸発する気配がなく、触れている皮膚の感覚が徐々に無くなってくる。
「グッ……毒? それにこれは……死霊の術」
「その通り。我が神【闇と虚偽の神:ベイオム】の【恩寵】である。英雄の萌芽、ここで刈り取らせていただこう」
まるで最初からそこにいたように、死体の影から一人の男が立ち上がる。
その腕に【岩と堅牢の神:グロミドロ】の紋章を彫り込んだ男、【猛煙の宴】の前衛ことイアンだった。
「……」
「その液体に炎は意味をなさない。錬金術士に大枚をはたいて作らせた耐炎の加護をつけている。それでも後数刻で焼き尽くされそうだがな。麻痺の毒に、レオの奴の頼みで強力な媚薬もしこんだが……大した精神力だ」
「ちょっとイアン。勝ち誇るのはこの子を無力化してからにしなさいよ。まずは場所を移しましょう」
「……グッ」
足元に展開されるのは、複雑な魔法陣。次の瞬間浮遊感がユウサリを包む。
目を覚ますと、壁の色が違う場所に転移させられていた。
手足は今だ、粘度の高い黒い液体と死体に抑えられている。
ムイタが経験したと言っていた、ダンジョン内のでの転移。
本来なら禁じられているが、迷宮攻略を謳うギルドには特別に許可されている。
もっとも、魔力が濃くなるより下の階層に行くたびに転移の難易度は指数関数的に上がる。
「遅かったな。人払いはすんでるぞ」
目の前に立っているのは、昨日ユウサリに前に膝をついた【炎獅子】のレオ。
そしてその取り巻きが数名、さきほどのチンピラとは違う、明らかに手練れが揃っていた。
万全の状態でも相手にすれば厳しいだろう。
レオは好青年の仮面ははなから着けず、歪んだ相貌でユウサリの前に大剣を突き刺す。
「一日ぶりだね。昨日から君のことが忘れられないんだ。きっとこれは恋だと思う」
そう言って、それでの表情を変え優しく微笑み、ユウサリの顔を近づける。
「ペッ……卑怯者」
ユウサリは唾をその顔に吐き掛け、レオはそれを手ですくい舐めた。
「フン、すぐに俺を愛しい人と言うようになるさ。その前にこの契約書にサインしてもらおうか、奴隷契約だ。俺達の命令を絶対に断れないようになる」
「ちょっと~。レオ、風情がないわよ。こういうのは心を折ってからにしましょう。鞭打ちがいいかしら、その肌を焼くのもいいわねぇ」
「油断するな。いずれ拘束は解かれるぞ」
「傷つけるよりも、薬でトロトロにしてやるよ、あぁでも何発か殴っとくか」
振り上げられる銀の手甲を付けた右腕、それが振り降ろされる前に。
白炎が爆ぜた。
「……殺す」
黒い液体が一瞬で蒸発し、辺りが熱に支配される。
剣が振られ、寸前でレオが大剣で防ぎながら後退する。
「チッ、イアン。予定より早いじゃあねぇか」
「これほどの力とは……やはりここで仕留めねば、我が神の敵となりうる」
「まったく無事ってわけでもないでしょ。これだけの戦力なら問題ないわ」
そこから時間にして二分にも満たないわずかな時間。
その間に、数十の攻防が交差した。
毒に侵されながらも、動き続けるユウサリにレオ達が問った戦術は徹底的な防御。
距離をとり、牽制し、高級なポーションを湯水のごとく使いづづけ、とにかく時間を稼ぐ。いずれ毒がまわりユウサリが動けなくなるであろうことを見越したものであった。
その見立ては正しい。結果として、レオのパーティーが付き人のほとんどと最高級のポーションを数ダース消費した所で、ユウサリは膝をついた。
レオの曇り一つなかった鎧は砕ける一歩手前、イアンのローブは完全に焼かれその上半身が露出した。その背には【硬貨と短刀】の紋章。彼に真に加護を与えていた神【闇と虚偽の神:ベイオム】を示す入れ墨が彫られているのがわかる。
傷一つないのはナシア、彼女は虜にした自分の男を盾にして、その身を守り切っていた。
「ハァ、ハァ、まったく。マジで一瞬ヤバかったぜ、流石は【祝福された恩寵】ってわけだ」
「だが、これまでだ。レオ、余裕はないぞ、身体なんぞ後でポーションで回復させればいい、わかるな?」
「あら、ここから虐めてあげようと思ったのに……まぁ、確かにちょっと危ないかもね」
「……」
ユウサリはすでに意識が飛びかけ、口からは泡を噴いている。
それでもその身に炎を宿し、紅い瞳は敵を見据えている。
その迫力は病的なサディストであるナシアが退くほどだった。
「もったいねぇが、まぁ顔と下半身があればいい」
大剣が振り下ろされ、新たな鮮血がその場に舞った。
次回:ムイタとユウサリ、二人の運命の歯車が動き始める。
ここまで読んでくれた貴方に格別の感謝を。
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