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第二話:許されざる願い

 無数の洞窟が蜂の巣の様に重なり、何百と言う冒険者が行き来するこの場所は都市の名前にもなっている迷宮(ダンジョン)【ピスティ】の入り口だった。

 入口となる洞窟の大きさは均一でなく、キャラバンが余裕で入れるものから子供がやっと入れる程度の大きさまで様々だった。そして内部も入り組んでおり、【大通り】と呼ばれる太い通路以外の狭い通路は数百に枝分かれして、複雑に入り組んでいる。


 入りやすく道が整備されている入り口は、神殿のように石造りの入場口となっており料金が取られる。ほとんどの冒険者がその入り口を使うが、金の無い冒険者は非正規の穴に危険を冒して入るしかなかった。そしてムイタもそのうちの一人である。


「すぐにでも【位階(レベル)】を上げてやる」


 人目に付かないように大回りをして、崖を登り穴と穴の隙間にある。屈んではいるような小さな洞窟に入る。もしここで魔物に遭遇すれば、まともに動くともできず、襲われてしまうだろう。

 しかし、ムイタは慣れた様子で通路を進む。この入り口は彼にとってとっておきだった。

 ゴーグルを被り直し、狭い通路を中腰で進んでいくと壁に突き当たる。

 普通ならここで、引き返すのだがムイタは慣れた様子で壁を探る。


「今日はどこかなっと……あった」


 不自然に尖った小さな石、壁に張り付いているようだが、ムイタはそれをツマミのように微かに回す。

 右へ数ミリ、次は左へ数ミリ。指先の感覚で微かな振動を感じ正しい位置を探る。


 カチリ。


 小さな音がして、突き当りだった壁が開く。

 ダンジョンに無数に存在する【隠し部屋】それがムイタがこの通路を選ぶ理由だった。神々の試練たるダンジョン、その【隠し部屋】に入ることは一筋縄ではいかない。

 単純に力で押すものや魔法をぶつけるもの、魔物の血を捧げるもの、中には唄を歌ったり、詩を書くことで開くものもあるという。

 そしてこの場所の【隠し部屋】を開ける条件は、壁に張り付いた小石に偽装したツマミを捻り開けること。ただ捻るだけではない、日によって微妙に違う角度を数ミリ間隔で捻る必要がある。


 【隠し部屋】の中は、一人が寝転ぶのが精いっぱいの広さで、棚や工具箱が所せましと置かれている。

 この【隠し部屋】はムイタ以外に使われている形跡はなく、クジカタ工房の物置で寝泊まりをしているムイタにとって冒険者としての装備や武器の手入れができる唯一の場所だった。


 几帳面に並べられていた銃弾を乱暴にポケットに突っ込む。


 入って来た方向と逆の壁を押すと、最初から壁存在しなかったかのように消える。

 周囲に人と魔物がいないことを十分に確認してから、通路に出た。

 

 鼻息荒くして進んでいくが、道の真ん中は歩かない。常に壁際を進み、曲がり角では先にゴブリンがいないか確かめる。


「いたけど、四体か……」


 ゴブリンは基本的に群れで動く。普通の【守護神】の冒険者ならゴブリンが十体いようとも敵ではないだろう。

 しかし、ムイタにとっては例え二体でも戦うことは危険だった。

 手の内にある機工銃を握りしめる。つなぎのポケットに簡単に収まるその機工銃は一般的なハンドガンよりもさらに小さく。中折れ式で銃弾が一発しか込めることができない。

 さらに、()()()()()から特別に威力の低いこの銃では、急所に当てなければ致命傷にはなりえない。

 群れからはぐれ、孤立しているゴブリンをひたすら探して一発で急所を撃ち抜く。あまりにも非効率なこの方法を一年以上続け、ムイタは【位階】を上げて来た。


 頭の中で、先程のギルドでの笑い声が響く。怒りに身をまかせ飛び出したいが、ここで彼らを攻撃すれば自分は間違いなく死ぬだろう。息を潜めてゴブリン達が通り過ぎるのを待つ。

 

 足音が消えてから、ハグレのゴブリンを探して。ダンジョンを歩き回る。

 途中、別の冒険者達も見かけるが、見つからないように隠れる。ダンジョン内では時に魔物よりも人間の方が恐ろしいことがままある。

 特に正規の通路ではない場所では、略奪は日常茶飯事だった。

 三時間ほど歩き回り、ようやく一匹のハグレを見つけた。


 息を殺す。

 足跡を消して、限界まで近づく。あと5歩という距離まで近づくと、ゴブリンが匂いに気付いて後ろを振り向いた。


「悪いな」


 ボシュ


 風船から空気が抜けるような音。

 魔力でできた弾が打ち出され、ゴブリンの右目が撃ち抜かれる。

 

「ピギャアアア」


 慣れた手つきで機工銃の銃身を開いて弾を一発詰めなおす。

 目を抑えて転げまわるゴブリンに銃を向け。引き金を引いた。


「ピギッ」


 打ち出された魔力弾はもう一度右目を撃ち抜き。ゴブリンは動かなくなった。

 悲鳴を聞いた仲間が寄ってこないか周囲を警戒する。

 30秒ほど経つと、ゴブリンの死体が消え紫色の小さな結晶が残った。

 ダンジョンの魔力が集まってできるという【魔石】。燃料、装備品の素材、日用品と幅広く用途があり、このダンジョンのモンスタードロップではもっともメジャーなものとなる。

 ムイタにとっては貴重な銃弾の材料だった。


「あと、一体は倒したいな」


 【魔石】をポケットに入れて、ハグレを探してダンジョンを歩き回るが、他の冒険者が多いのかハグレどころかゴブリンすら見かけなかった。


「……帰るか」


 散々歩いた疲労からか怒りは収まり、腹も減った。

 今日はここまでと、踵を返そうと、グニャリと足元におかしな感触。


「なんだぁ」


『ニャッッ』


 両手にスッポリと収まるような、小さな緑の毛玉。

 拾い上げると、狐のような耳、大きな瞳、そして額に朱い玉。

 

「……なんだお前、魔物か?」


『ニャスッ!!』


 ピョンと毛玉が飛び跳ねる。


「おいっ、待てよ」


 ゴムまりのように飛び跳ねる、毛玉を追っていくと、人の気配がした。


 まるで、穴を掘るような音。男達の話声……。


「一階層にたむろするやつらなんているのか?」


『ニャス!』


 毛玉は同じ位置で跳ねながらこっちへ来いと誘っているようだ。

 近づくと音の方向へ毛玉が跳ねていく。普通ならここは、一直線に下の階を目指す場所だ。

 何かするにしてももっと下の階だと思うが……。音を辿っていくと、それなりに広い場所へでた。もしかすると【大通り】に近い道なのかもしれない。


「毛玉の野郎、どこいった?」


 そこで毛玉の姿は消えた。

 代わりに通路の先で黒いローブを着た、いかにも怪しげな男達がダンジョンの床に何かを書いている。

 穴を掘るような音は、地面に杖で線を引いている音だった。


 触らぬ神にたたりなし、あんな連中と関わっていては碌な目に合わない。

 ゴーグルを付け直し、帰ろうと後ろを振り向くと。


「何を見ている?」


「誰だっ!!」


 黒いローブの男が立っていた。

 油断はしていないはずだった。ゴブリンはもちろん、一階層を通る冒険者にだって先に気付かれることはなかったのに。

 咄嗟に機工銃を抜こうとするが、この間合いでは勝負にならなかった。

 

「ブフゥ」

 

 腹部に重い衝撃。次に顎にアッパー、狭くなる視界のなか、袖が捲れ腕が見える。


「【グラミドロ】の紋章!?」


 その腕には岩と堅牢の神【グラミドロ】の入れ墨があった。

 よりによって、体術に秀でるという【グラミドロ】の加護持ち。あぁこれ死んだわ。薄れる意識の中、ムイタは自身の死を覚悟した。


「……こいつを……しよう」


「そうだな……よい……になる」


「いやよっ……浮浪者……汚い……じゃない」


 何か喋ってる。

 まだ生きている。

 何が起きてるんだ?


 乱暴に投げられる。次に感じたのは魔力と浮遊感。

 落ちた。と思ったら次の瞬間地面に叩きつけられる。


「グッ。イツツ。このやろう……えっ? ハァ!?」


 顔を上げて絶句する。

 今時分とは全く違う光景、一階層とは明らかに違う壁の光。

 そして目の前には、ゴブリンとは比べ物にならないほどのサイズの魔物。

 女性の胴回りほどの腕に丸太のような棍棒、口からはみでた牙、イボの生えたデカい鼻。


「ホブゴブリンだとっ!!」


 まだふらつく頭に喝を入れて立ち上がる。

 【ホブゴブリン】ゴブリン達の長であり、そのサイズは幼児ほどのゴブリンの約三倍ほどもある。

 【ピスティ】では三階層以下で見ることのできるレアモンスターだった。

 しかも周囲に十数体のゴブリンまでいる。


 早打ち(ファストドロウ)で眼を狙い撃つ。


「ギィ?」


「……ハハッ」


 思わず、笑ってしまう。ムイタが撃った弾丸は確かにホブゴブリンの眼に命中した。

 しかし、ホブゴブリンはまったく意に介していない。自分が攻撃されたという認識すらしていないようだ。


「チクショウ。ここまでか……」


 どうせなら、痛くないほうがいいな。そう思いながら、振りかぶられた棍棒を見上げた。

 首を差し出した獲物を見てホブゴブリンの顔に笑みが広がる。


 次の瞬間、その笑みに線が入り、白い炎が弾けた。


 左右に割れるホブゴブリン、その先には、少女が佇んでいた。

 

 白い髪、白い肌、紅い瞳。


 一切の不備がなく調和のとれた体躯。大人でも子供でもないよう蠱惑的な相貌。整いすぎた顔立ちはまるで人形のようだった。炎の意匠が施された、幅広の剣を持っている。


 振り返り、その髪が揺れる。


 倒れるように前傾。そこからは一瞬だった。その動きの全てを目で追うことはできない。ただ、彼女振る剣の軌跡を示す炎だけが余韻となる。

 次々と切り伏せられるゴブリン達と、白い少女を茫然と眺める。

 あまりにも、自然で流れるような剣技。重心の移動、手足の運び。


 人間離れしたその美しさに、ムイタはそれが神の特別な創造物だと思った。

 気づかないうちに手を伸ばし、願う。


「―――――――――――」


 理解できる者などいないだろう。自分でもどうかしていると思う。

 どうしてそう思ったのか……きっと、自分はああいう風になれないから、憧れるだけでは辛いから。だから……許されざる願いを抱いてしまったのだ。

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