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第十五話:夢に生きると少年は決意した。

 朝日を浴びて、眠りにつく歓楽街。

 白い少女はその光の中で踊る。円舞曲のようにゆったりと淀みなく。

 白髪が絹のように光沢を放ち、手に持つ剣は体の一部のように、自在に空気を切り裂く。

 

「オロロロロロロロロォ」


 その横で、ムイタは盛大に胃の中身をぶちまけていた。


「……(ジー)」


「なんで、お前はなんともないんだよ……うぇっぷ」


「ニャレニャレ」


 朝の稽古を邪魔されたと、ユウサリがムイタを睨み付ける。ハンチング帽に乗っかっているルビーはムイタを見て呆れたように首を振った。

 昨晩、歓迎会とは名ばかりの地獄の底のような、飲み比べに付き合わされた二人の様子は対照的だった。

 そもそも、金がなく酒のような嗜好品なぞ誰かのおこぼれ程度しか飲んだことのないムイタはまだ少年ということもあり、早々に酔いつぶれる。

 血管が爆発するかと思うような動悸のせいで眠るともできず、ギルドの壊れたザルのような酒飲みたちを相手取り一歩も引かないユウサリを眺めていた。


 ユウサリは他の冒険者がそうであるように酒に強かった。というよりまったく酔わない体質のようだ。アルコールを燃料でもしているのではないかと思う。

 冒険者達はそのまま酔いつぶれている者もいるが、中には何事もなかったように依頼を受注してダンジョンに向かう者もおり、ムイタは戦慄する。

 酒の匂いすら我慢できず。水の入った水筒を片手にギルドの外に出ると、ユウサリが朝稽古をしていたというわけだ。


「……どうする?」


 ユウサリがムイタを見て、首を傾げる。


「うん? あー、今日どうするってか?」


「……(コクコク)」


 わずか数日だが、なんとなく言いたいことがわかるようになっていた。


「まぁ、そうだな。依頼を受けてもいいけど。相棒がこれじゃあなぁ」


 ポケットから愛銃を取り出す。昨日の【猛炎の宴】とのいざこざにより、完全に銃身が割れているそれは到底使うことはできそうにない。


「……(ションボリ)」


「ユウサリのせいじゃない。いや、ユウサリの【恩寵(スキル)】の影響だけどさ……トリガーを引いたのは俺だからな」


 とはいったものの、先立つものもない歯車磨きだ。師匠に頼み込んでパーツだけでも都合してもらおうか。

 そこまで、考えてムイタは唐突に思い出した。


「うわぁ、やべぇ。仕事忘れてた!! ユウサリ、とりあえず明日朝。ここに集合でっ!! 行くぞルビー」


「ニャ……ニャアアアアアス!!」


「……あっ、ムイタ……」


 走り出すムイタに、振り回されたルビーが悲鳴を上げる。

 朝一の歯車磨きに待ち合わなかったら工場長のクジカタに怒られるのは間違いない。


 必死の思いで走ったおかげで、なんとか工場が動き出す前に到着することができた。

 今だ二日酔いで倒れそうだが、冒険者として暮らしていくにしても、辞める時は筋を通す。

 半端な仕事はしたくはなかった。

 

 ムイタが工場に入ろうとすると、中からクジカタの声が聞こえた。

 どうやら、今日に限っていつもより早くに来ているようだ。昨日の接待で仕事が取れたのだろうか?

 中には、他の職人も何人かいるようだ。


「おい、部品の発注は順調か?」


「へい、ムイタの奴が歯車を磨き上げてるんで、あっしらは組み上げるだけでさぁ。」


「フン、あの歯車磨きにはそれくらいしかできんからな。まったく役にたたん。それにしてもあれだけ冒険者をもてなしたのに、少ししか仕事を取れんかったな。腹立たしい」


「ヘヘヘ、なら今日も。ムイタの野郎で遊べばいいじゃあないですかい」


「フン、そうだな。オラっ」


 苛立ちを隠そうともせずに、クジカタは磨いた歯車が並べられていた箱を蹴り上げた。

 鏡面仕上げのような美しい歯車が地面に落ち、埃と油に汚れる。


「ギャハハ、あ~あ。グチャグチャだ」


「知るかっ! あいつの仕事なんぞ、たかが知れる。今日の分と合わせて倍仕事させればいいだけだっ! 給料は半分でな!」


「今の半分の給料ですかい? それなら、5日も立たんうちに野垂れ死にですぜ」


「土下座して乞うなら、パンくらいはくれてやろう。機械油まみれのな」


「ヘッヘッヘ。いいですねそれ。あいつどんな顔するかなぁ」


 その様子見て、ムイタは拳を握る。職人ギルドへ入らない自分の価値が低いことは自覚していたが、その分仕事はきっちりとしてきたつもりだ。

 クジカタ工房の歯車磨きと笑われようと、自分の仕事には誇りを持っていた。

 それを足蹴にされたのは我慢できなかった。


「ニャ”アアアアアア」


 ルビーも怒っているのか、毛を逆立てている。

 帽子を被り直し、ムイタは勢いよく扉を開ける。


「何だっ……おうっムイタか。ホレお前の仕事だぞっ。今日は仕事が倍だ。精々遅れないようにしておけ」


「ヘヘッ、俺達、職人の足を引っ張るなよ歯車磨き」


 ムイタはその場にいた、全員に冒険者の認定証(タグ)お突き付ける。


「親方、悪いですけど。今日でここを辞めさせてもらいます。俺、今日から冒険者になります!」


 一瞬の静寂、そして次の瞬間には嘲笑がムイタに浴びせられる。

 涙が出るほどに笑うクジカタがムイタを指さす。


「ギャハハハハア、おま、お前が、ハハハハ、冒険者だって? 歯車磨きで【シュタール】の加護しか得られなかったお前が? 笑わせるな。なんだ、認定証なんか持ち出して? どんな手段を使ったか知らないが、お前なんかに冒険者なんか無理なんだよ。さっさと、仕事をしなっ」


「俺、本気です。冒険者になります!」


 再度宣言したムイタに、始めは笑っていたクジカタや職人達はピタリと笑みを止める。

 今まで、一度も逆らわなかったムイタに反抗されたと感じたクジカタ達は、次の瞬間には顔を真っ赤にして怒りを露わにする。


「お前、言わせておけば。適当なこといいやがって、不愉快だ。もういい出ていけ! そして野垂れ死ね。ここいらの工場にはお前を雇わないように言っておくからな。冒険者なんてお前には無理だ、さっさと迷宮で死ねっ!」


「俺は……今まで、世話になりました」


 そう言ってムイタは踵を返す。不思議とその足取りは軽い。

 大手ギルドには恨まれているだろう、唯一の食い扶持は立った今無くなった。

 もう、迷うこともない。冒険者として生きる。

 それが叶わないなら、死ぬ。

 肩に乗った、ルビーは機嫌良さそうに一声鳴き。

 ムイタは夢に急かされるように、走り出した。

ここまで読んでくれた貴方に感謝を。

更新が遅れてすみません。よろしくお願いします。

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