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08

「――ということがあったんだけどさ! 偶然なのは分かってるけど凄くない!?」


 珍しくハイテンションで彼女に絡んだ。

 いつもなら逆の立場で「お、落ち着きなよ」と言っている身としてはなんとも意外で、自分のことだというのに新鮮さを感じている。


「ふーん」

「ふーんって……同じちなつって名前だったんだよ?」

「それくらいいるでしょ、世界にどれだけ人がいると思ってるの?」


 さ、冷めてるなぁ……そ、それでもその子が似ているということをアピールしていくと、


「もう言わなくていいから、興味ないし」


 と、どこまでも冷たい対応をされてしまった。

 やっぱり似ていただけで同一人物という線は消えたようだ。

 分かるよ、でも、もうちょっとくらい優しく対応してくれてもいいと思うけど。

 結局まだ雪には返事ができていない。

 それは千捺のことが引っかかっているからだろうか。


「あのさ」

「あ、な、なに?」

「勘違いされたら困るから言っておくね。無理して話しかけてこなくていいから、別に私は暇つぶしのために明希ちゃんといただけだしね」

「あ、そう……分かった、じゃあもう話しかけないよ」


 いやー……そこまで冷たい対応をされるようなことをしたかなあたし。

 千捺が雪のことをどう思っているのか分からないから、それに毎日のように一緒にいるから聞いてみただけだったのに。

 ――なんかむしゃくしゃする。

 まだ授業は残っているけど、いますぐに教室を飛び出して家に帰りたいくらいだった。

 彼女が苛められていないのであれば嫌われていいだなんて簡単に言ったけど、いざそれが現実になってしまうとこんなに気になるのか。


「鳴海さん? 授業が始まりますよ」

「すみません椿木先生、あたし、早退します」

「え? あ、ちょっと!」


 学校を飛び出して海へ。

 秋の海は少しだけ肌寒く、けれど冷えすぎないそんな場所だった。


「ちくしょー!!」


 テトラポットの上に登って石を投げる。

 悲しい音を立てて沈んでいくそれを見送って、仰向けで寝転んだ。


「なにもあそこまで言わなくたっていいのに……」


 なんかあれだ、遠回しに言われるから気になるんだ。

 嫌いなら嫌い、うざいならうざい、話したくない。

 それでいいのに無理して話しかけてこなくていいなんて言い方は卑怯な気がする。


「あの、鳴海さん……ですよね?」

「えっ? あっ、昨日の……ちなつさん」


 あぁ……やっぱり別人なんだ、ま、当たり前だが。


「こんにちは」

「こんにちは」


 挨拶を返して立ち上がると登ってこようとしたので持ち上げてあげた。

 あたしに抱かれながら「ありがとうございます」と口にしなすがままとなっている彼女。


「今日はお友達といないんですか?」

「え、ああ……もう友達ではなくなったかな」

「……どうしてですか?」

「あたしといてくれたのは単なる暇つぶしだったんだって。だからそれならもう話しかけないよって伝えてきたよ。そんな虚しい関係を続けたいとも守ろうとも思えないしね」


 結局なにも返せてないのが気になるところだけど、あの様子だとそういうのも期待してなんかはいないだろう。

 なのにまだ返すことにこだわる姿勢を見せてると未練たらたらでダサすぎる。

 この子がいっそのこと彼女であってくれてれば……。


「なにか怒らせたんじゃないですか?」

「え? うーん、それはないかな。仮にあれで怒って絶交みたいな流れだったとしたら子どもすぎるよあの子」

「……そういうところではないでしょうか、考えてあげているようで肝心なところでは他の人や事を優先してしまっているんですよ」


 いや、まず間違いなくあれは千捺を優先してたと思うんだけどなあ。


「ま、いいよ、終わったことを言ってもしょうがないしね。というかさ、自分が言うのもなんだけど学校はいいの?」

「はい、今日は午前中で終わりでしたから」

「へえ、いいね、あたしは早退してきちゃったけど」


 明日行ったら椿木先生に怒られそう。

 それでもあのまま呑気に授業を受けられるほど平静ではいられなかったのだ。

 結構暇つぶしだと言われたことに傷ついているのかもしれない。


「さてと……そろそろ帰ろうかな」


 どうやらこの子にも好かれていないようだし長居すると邪魔だろう。

 純粋に海に来ただけなのに変な話を聞かされたら誰だって迷惑そうな顔をする。


「鳴海さん」

「ん?」

「……もう1度、きちんと話した方がいいと思いますよ」


 テトラポットから下りて彼女も下ろす。


「いや、もういいよ、だって自分の方から話しかけないって言ったのに話しかけたらダサいでしょ?」

「そうですか……ま、そこはあなたの自由なので。私はこれで失礼します」

「うん、じゃあね」


 どうせ頑張って話しかけたところで対応してくれてるのは暇つぶし。

 そう分かっていれば騙されて流されたりしない。

 遠慮なく雪を呼んで、家族らしく仲良くしよう。




「お邪魔します」

「うん、ゆっくりしてね」


 関係が消えたことはわざわざ言うこともないだろう。

 飲み物を用意したりごはんを準備したりして、休日をゆったりと過ごしていく。


「ごちそうさまでした。あの、アイスを買ってきたので食べませんか?」

「うん、ありがと」


 というかよくあの他県から来るもんだ。

 一応電車で1時間くらいはかかるんだけどな、このためにわざわざ定期を買ってたり?


「ところで、千捺さんはいないのですか?」

「たまには家で過ごすって」


 知らないけどね、あの子が本当に千捺であってくれたのなら――あー、いや、それでも同じだろう、冷たく対応されて「暇つぶしのために話しかけていただけですから」と言われかねない。


「残念ですね……ファミリーアイスが好きだと言っていたから買ってきたんですが……」

「雪が食べなよ」

「え、ぜ、全部は無理ですよ」


 出たでた、細いのに「太ってしまいますから」とか言い出しかねない雰囲気。

 いいよね、胸に適度な脂肪がついててウエストは細くて顔も綺麗って人は。

 そう考えるとあいつと元妻の人は相当なスペックだったということになる。

 あたしの母だって美人だし、父だって美形だったんだけどな……引き継がれなかった、残念。


「そういえば明希ちゃん、ちょっと暗くないですか?」

「照明のこと? 完全モードだと眩しいからひとつ下げてるんだよね」

「違いますっ、雰囲気が暗いなと思ったんです!」


 そりゃ傷ついたけどそこまで引きずるタイプでもない。


「新体力テストは乗り切れたの?」

「はい、明希ちゃんが好きだと言ってくれたことで頑張れました」

「へえ、どれくらいの記録?」

「持久走はクラスで2番目でした」

「それのどこが苦手なの!」


 いや、テニス部なんだし運動が苦手なんてことが有りえなかったんだ。

 これもまた裏切られた気分、だったら独力しろという話ではあるが。


「握力は40、上体起こしは35、シャトルランは93、反復横跳びは――」

「も、もういいからっ、自慢しなくていいから!」

「そうですか? とにかく、明希ちゃんのおかげで乗り切れました! ありがとうございました!」


 それをあたしのおかげだと言われても素直に喜べない。

 義理でもなければ絶対に姉妹になんてなれない存在だろうこれは。


「ご褒美ください」

「え?」

「ご褒美、ください! ここにアイスがありますよね? これをスプーンで掬ってあーんというものをしてください!」

「いいけど、あーん」

「あむっ、えへへっ、凄く美味しいですっ、明希ちゃんが食べさせてくれたおかげですね!」


 いちいち大袈裟すぎる。

 いつもなら千捺が自分の分を食べた上にこちらのを狙ってくるところなのに。

 なんとも寂しい、雪がいてくれてるだけマシだけど……。


「雪、本当は千捺と喧嘩しちゃったの」

「えぇ!? 明希ちゃんと千捺さんがですかっ?」

「強がって『もう話しかけない』なんて言ったけどさ、やっぱり寂しいなって」


 間違いなく昔だったらこのまま終わった状態で維持するのに、弱くなったもんだ自分は。


「それってもしかして、私がお休みの日に行きたいと言ったからですか?」

「あー……雪と千捺が仲いいのか分からなかったから、雪が来てもいいかなって聞いたんだ。そうしたらもう家に来ないってことになって、そこから更にあたしといるのは暇つぶしということになって、あたしも意固地になってもういいと言ったのが現状かな」

「明希ちゃんのお馬鹿さん!」

「えぇ!?」


 こんなに大声を出す雪も意外だし、ここまで真剣な顔で近づいてくるのは初めてだった。

 でもあれだ、雪はこういう顔が実に似合う。


「明希ちゃんは受け入れる気満々なのになんでわざわざ聞いてくるの? とムカついているということじゃないですかー!」

「え? つまり……嫉妬?」

「ですっ」


 で、あそこまで言う?

 それに平気で友達じゃないとか言ってしまうような子だ。

 楽観視しすぎているだけで、本当は最初からなにも始まっていなかったとしたら?


「あのさ、雪はあたしが千捺を優先していたらどう思う?」

「苦しいですっ、けれど明希ちゃんが決めた人を優先してほしいとも思います!」


 それって千捺も同じってこと?

 もしかして邪魔だと思っているとか捉えられちゃったとか?


「ところで、合コンに行ったってどういうことですか?」

「えっ、そ、それは同じクラスの天門さんに無理やり……」


 なんで雪にバレてるんだろうか。

 千捺が送ったってことはないだろうし、そういう雰囲気に敏感とかそういうパターンなのかもしれない。

 仮に彼女があの場へ行っていたらまず間違いなく彼女が人気になったことだろう。


「相手は男の子ですか?」

「ううん、女の子だけど……あ、そこで千捺そっくりな子と出会ってさっ、しかも名前がちなつって言うんだよ! 凄いよね!」

「そういうことですか」

「え、あ、うん、千捺みたいに小さくて可愛かった」


 いちいち怖い顔でいたり固まったり笑ったり忙しくて、そして怖い。

 間違ったことを言ったらその眼力で一刀両断されそうだ。


「お風呂入ってきてもいいですか?」

「うん、行ってらっしゃい」

「はい」


 こちらはその間に洗い物。


「っと、電話か……え、誰だろう……ま、いいや」


 別に怖いこともないだろうしで出てみると、


「鳴海さーん、またやるからいまから来てねー」

「えっ、天門さん? それにいまからって……もう18時越えてるんだけど……」

「いいからいいから、また同じ場所ね、じゃねー」

「あ、ちょっと! はぁ……これが椿木先生の気持ちか」


 行かないこともできるけどそれをしたらどうなるのか分からない。


「雪」

「きゃっ!?」


 だからお風呂に入っているであろう雪に言ってからにしようと思ったらもう洗面所にいた。


「あ、ごめん……いまから天門さんのところに行ってくるね」

「それってまた合コンですか?」


 あれって合コンって言うのかな……様々な性格の女子が集まっているだけだからな。


「私も行きますっ、なので待っていてください!」

「あ、うん」


 それならそれでありがたい。

 だって雪がいれば他の子全ての意識を引き寄せるだろう。

 つまりそうすればあたしはぼけっとそれを眺めておけばいいわけで。

 ――彼女がきちんと服を着てから移動すると、どうやら皆はもうお店の中にいるようだった。

 なので遠慮なく入って集団に近づく。


「あ、遅い――」


 最初に気づいたのは天門さんで、隣の雪を見た瞬間に言葉も出せず固まった。

 雪は頭を下げて「初めまして」なんて普通に挨拶をしているが、格好いい子もギャルも不良もあの千捺似の子もすぐに反応することができずにいる。


「ん? 明希ちゃん、皆さんどうしたんでしょうか?」

「あははっ、まあ気にしなくて大丈夫だよ。それよりあの子が千捺に似てる子だね」

「ああ――初めまして」

「は、初めまして」


 あんな言い方をしていたのに普通に来るんだなこの子。

 でもまあ、流石に雪に対しては自信たっぷりで接することができなかったようだ。


「ちょ、ちょっと鳴海さんっ」

「うん? おわっ」


 手を引っ張られトイレにまで連れて行かれる。


「あ、あの子、本当にお姉さんなの!?」

「うん、義理の姉だけどね」

「そうなんだ……」


 自分が美人というわけでもないのにこの反応はなぜか嬉しい。

 逆に自分が美人じゃないからこそかもしれないけども。


「ふぅ……連れてきてくれてありがとね」

「うん。というかさ、これってなんのために開催されてるの?」

「うーん、合コンっていうのは嘘だね、ただ集まりたいだけというか」

「それならなんであたしも?」

「それは鳴海さんに興味がある人がいるからさ! ちなみに、このお店のマスターに利用者増やしてほしいって頼まれてるのもあるかな。ほら、ジュース一杯だけだといってもそれでもお金になっているわけだしね」


 あたしに興味がある人なんているのか? それに、あの人達は皆他校の人だしどうやって知り合ったんだろうか。おまけにマスターとも仲がいいとは一体……。

「とりあえず戻ろー」と彼女が出ていったのであたしも追うと、千捺似の女の子にやけに絡んでいる雪がいたのだった。

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