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06

「椿木先生、我妻千捺さんのことについてなんですけど」


 日曜日まで雪が泊まるということで本当なら早く帰ってあげたい。

 けれどこちらも大切なので放課後を利用し椿木先生にまたお世話になることにした。


「仲直りはできたようですね」

「はい、これも椿木先生におかげです」


 厳密に言えば喧嘩すらしていなかったから仲直りと言うのは妥当ではないかもしれない。

 でも、わざわざ細かいことを言う必要はないと判断して、椿木先生のおかげということにしておく。

 先生は「大袈裟ですよ」と少し慌てていたが、やがてすぐに落ち着きを取り戻し「ちょっとでも力になれのたのなら嬉しいです」と微笑んだ。


「それで、ですね……我妻さんが家に帰らない理由を探りたいんです」

「そういうことは流石にホイホイと言うわけにはいきませんので……」

「じゃ、じゃあ、虐待とかってことはないんですよね?」

「それも言えません」


 ……ま、モヤモヤするところだけど逆にこれは利用できるのではないだろうか。

 仮にそういうことがあったとしても、千捺があたしの家にずっと泊まってくれるなら暴力を振るわれることもないわけで、なにも悪いことばかりではないようだ。

 だからって安心しておけばいいわけじゃないけど、近くにいられればなんとかなるような気もする。重く捉えていないという可能性も否定はできないが。


「ありがとうございました」

「困ったらどんどん言ってきてくださいね。そういうこと以外なら協力しますから」

「はい、失礼します」


 廊下に出て溜め息をつく。

 なんでもかんでもすぐに解決できるわけではないのがもどかしいところだ。

 しかもあたしはあれだけ支えてもらったのに結局時間経過を待つだけしかできないなんて。


「ふっふっふ、そんなに私のことが気になるのかい?」

「千捺……そりゃ、だってあまりにも家に帰らないからさ」


 タンスひとつ分もう彼女用になっているところもあるし、彼女の私物だって沢山存在している家。

 もうあたしの家と言うよりシェアハウスしている気分になるようなそんな場所だ。

 そんなことを娘がやらかしているのに学校に連絡したり、友達に連絡してみるとかしない親。

 比べるのは良くないけど、あたしの義理父くらい悪いような気がする。


「そんなに心配なら今日行く? 私の家」

「え、大丈夫なの?」

「うん、いいよ。見てもらえば分かると思うから」


 だったらということで向かってみることに。

 しかしそこに待っていたのは、


「え、ふたりとも出張で帰ってこない?」


 そんな現実だった。

 彼女は頭の後ろで手を組んで「うん、だから明希ちゃんの家にお世話になってるってわけ。それでも時々は帰るけどさ」と全然悲しくなさそうに言った。


「迷惑ならやめるよ」

「別に迷惑ってことはないよ。それにそういう理由なら良かった、虐待とかじゃなくて」

「やだなー、そんなことあるわけないでしょ? 裸だって見せてるんだし、痣とかだってないでしょ?」

「うん、全部見たし」


 考えすぎだったか……色々考えて悪い方向に考えて動いて恥かくというのが最近の流れのようだ。


「よし、明希ちゃん家に行こっ、雪さんが待ってる!」

「うん」


 それで家に帰ってみるとテーブルに突っ伏し寝ているようだった。

 ま、特に暇つぶしができる空間というわけでもない、寝るくらいしかできない場所かもしれない。


「雪、風邪引いちゃうよ?」

「……ん? はっ、お、おかえりなさい!」


 そんなに慌てなくても寝ていたことで怒ったりなんかしない。

 ……実家にいた時はいつも怒鳴ってばっかりいたから気になっているとか?

 これから一緒にいることで印象を変えていければいいなと思った。


「ただいま。今日も千捺いるよ」

「むぅ……」

「ん? どうしたの、そんな頬を膨らませて」


 仲いいとこちらからは見えていたが、実はまだまだ苦手というか慣れない相手という可能性もある。あたしだって彼女のスキルがなければ一緒にいられてはいないわけだし、そこを責めることもできない。彼女はすぐに「別になんでもありません」と普通の表情に戻っていた。


「今日は体育もあったし疲れちゃった、寝てもいい?」

「いいよ。ごはんの時になったら起こしてあげる」

「ありがと。雪さんもごめんね」

「大丈夫ですよ、お疲れなら休んでください」

「ありがと」


 彼女はリビングから出ていき、あたし達はふたりきりに。

 まだ夕ごはんを作るには時間が早い。おやつを食べようにもなにも買ってない。


「明希ちゃんっ」

「うわっと……ど、どうしたの? 怖い夢でも見た?」


 急に抱きついてくるとかあの雪らしくないけど。

 自分が昔手のつけられないくらいだった時はいつも困ったような顔をして黙って見ているだけだった。

 それが千捺と関わるようになってからは普通の姉妹のように接することができていて地味に嬉しいとは思う。単純にあたしが丸くなったというか……捉え方や見え方が変わっただけなのかもしれないけど。


「私はあなたの姉ですっ、あまり千捺さんばかり優先しないでください!」

「お、落ち着いて、別に千捺ばかりを優先してないよ」


 泊まってるからと早く帰ってきたつもりだし、できることなら彼女もこちらの学校なら良かったにとさえ思っているのに、あたしのどういうところを見てそんな判断をしたのだろうか。


「信じられません……ひとりでこっちに来たのも千捺さんと出会うためじゃないですか?」

「いやいや、あくまでたまたま同じ学校だっただけだし、話し始めたのも9月の真ん中くらいからだからね、そんな狙ったような言い方をされても……」


 もしかして嫉妬しているのかな? でも、前までは全然あたしと雪は仲良くなかったわけで……。


「なんで急にそんなこと思ったの?」

「うぅ……だって明希ちゃんが遠くに感じて……辛いんです、家族だからこそこの距離感が」


 まあ、家族なのに他県に住んでいるというのは確かに違和感はある。仲直りしたいまとなっては別居する意味もないわけだ。けれど、いちいち県外から通うというのも大変だ、考えただけで体が重くなった感じがする。


「なんだ、家族だから離れ離れなのが寂しいだけなんだ」

「え……?」

「てっきり千捺に妬いているのかと思ったよ」


 あはは、そんなことないって分かってるけどね。血も繋がっていなくて付き合うのも可能なんだよな~なんて考えていたのはあたしだけだったということだろう。もっとも、あたしも可能なんだな、くらいにしか考えてないので傷つきもしないが。


「そ、そんな感情はありません! 私はただ千捺さんにばかり……」

「分かってるって。あと、あまり大声を出しちゃ駄目だよ、千捺が寝られないからね」

「ほらぁ! そういうところですよ明希ちゃんっ」


 いや、雪だって友達にはこういう対応をするだろう。それをなんでもかんでも優先しているだなんて捉えられたら困ってしまう。それに他の女の子を抱きしめながら優先もクソもないだろうに。


「ほら落ち着いて、頭撫でてあげる」

「あ……うぅ、これで絆されませんからねっ」

「ないってそういうのは。あたしが単純に雪に触れたかっただけだよ」


 知らない同い年くらいの子が家族になったらそりゃ誰だって最初は遠慮する。とはいえ、大体は一緒に過ごしていれば慣れていくはずなのに雪はずっと敬語のままだ。あたしのがさつさというか暴力的な面があるからなのかもしれない。そう考えたらよくこうして泊まりになんて来られるな~と思う。


「敬語、やめてくれないの?」

「やめませんよ、昔からずっとそうですから」

「それってあんなやつが父親だから?」

「そういうわけでは……」

「ねえ、昔なにかされたとかそういうのないよね?


 あいつをいくら殴ったって蹴ったって過去に起きてしまったこと、されてしまったことは消えるわけではないけどボコボコにしてやりたい。自分が満足するためだって捉えられても構わない、それでも姉になにしてくれてんだってやってやりたいのだ。


「ありませんよ、私の母と一緒にいた時は本当に優しかったんです」

「そうなんだ」


 あたしの本当の父は優しかった。逆に問題の部分を見つける方が難しいくらいで、いつもいつも「お父さん好きっ」って付きまとっていた。

 でも父が事故で他界し、母が悪いわけではないのに八つ当たりをしてしまった結果が最近までのそれだった。そりゃ母も怒りたくなる、自分が1番悲しいのにさも自分が悪いみたいな言い方をされたら堪えるだろう。

 で、今度は再婚相手があんな男、雪がいてくれた分はまだマシではあるだろうが……。


「けれど母は私とお父さんを置いて出ていきました。理由は別の男の人ができたからと……」

「いきなり?」

「はい。それでもお父さんから聞いた話ですが、以前からそのような話し合いはあったようです。母は専業主婦だったので私が学校へ行っている間に何度も」


 だからって可哀相なんて同情できるわけもない。

 信用して好きになって結婚した相手が浮気――そんなの気になって仕方ないことだろう。

 あいつも最初は雪を支えなければならないため真面目にやっていたということは分かる。

 それでも、母――久美子と結婚してからのあいつは駄目だ。

 どこに実の娘の裸に触れようとする父親がいるって話だろ。

 それにあたしのも触ろうとしたり、やめてと言ってるのに裸で近づいてきたりと犯罪臭かった。

 

「もう雪がこっちに住まないかな」

「私も住みたいです」

「でも、高校が困るしね……またあたしが関わったらつぐみさんに文句言われちゃうし」


 あたしがあっちに通っていたら周りの子の対象になる。

 それならそれでいいけど、雪にまで迷惑をかけるのはごめんだ。


「戻ってきて……くれませんか?」

「あたしがあっちに?」


 ……いや、距離があるし現実的じゃない。

 なにより母が許可はしないだろう、根本的なところで環境が変わるわけではないのだから。


「……そうですよね、なら私がひとりでもやっていけるようになにかくれませんか?」

「なにかって言われてもなあ……」


 ここには最低限な物しかないし、千捺のをあげるわけにもいかない。

 お金がないわけでもないけど、お金をあげるのだって味気ないだろう。


「好き……って、言ってくれませんか?」

「雪のことを? それでいいならいいけど」


 こちらに抱きついたままなので彼女がよく聞こえるよう耳元で好きだと囁く。

 彼女はびくりと体を跳ねさせ、こちらに抱きつきながら少しだけ体を震わせていた。

 

「ありがとうございました……これで戦えそうです」

「え、ちょっと待って、なにか良くないことでも起こってるの?」

「はい、月曜日は新体力テストで走らなければならないんです」

「あーそういう……走るの苦手だっけ?」


 あ、胸が跳ねて大変そうだなと冷静に観察する。

 あの子も大きいけど雪も大きい、でもあの子は普通に元気良く速く走れるので少し羨ましかった。


「はい……苦手なんです……けれど今回は頑張れます! 明希ちゃんが好きだと言ってくれましたから!」

「顔が赤いよ?」

「当たり前ですよっ、だって明希ちゃんに抱きしめられていたのですから!」


 抱きしめていたというのは語弊があるが、本人が満足しているなら良しとしよう。


「んー、あたしはそろそろ中間テストのために勉強しておかないと」

「困ったらいつでも連絡してきてくださいねっ」

「うん、お願いね」


 部屋へ移動するとお腹を出しながら千捺が寝ていた。

 風邪を引いてしまうのでしっかりと布団をかけなおして、あたしはその横に寝転ぶ。


「いつもありがとね」


 こんなこといつもは恥ずかしくてできないから寝ている時に悪いがさせてもらうことに。

 涎はちゃんと自分の服で拭って、彼女の服が汚れないように対策。


「……あきちゃん?」

「あ、ごめんね起こして」

「えへへ……ふぅ、明希ちゃんが横にいるとなんか落ち着く」

「そう? ならいてあげるよ」

「雪さんが嫉妬しない?」

「あー……どうだろうね」


 正にいまそれで怒られてきたばかりだし、あまり優柔不断な態度を取っていたらふたりから怒鳴られそうだ。流石に頻繁に抱きしめられたりすると恥ずかしいし、曖昧な態度を取らないように気をつけたい。


「いまね? 明希ちゃんが夢に出てきた」

「へえ、どんな感じで?」

「明希ちゃんが怪獣でね、あたしがヒロインだったんだよ?」

「怪獣って……倒されるってことじゃん」


 で、千捺は助けに来た主人公と結ばれると。当て馬ってことじゃないかあたしは。


「ううん、明希ちゃんは無理やり怪獣にさせられちゃったの。そこを私がガツンと悪のパワーだけをぶっ飛ばしてあなたを救うってシナリオ」

「じゃあ千捺が主人公じゃん」

「うん、そうだよ? あなたを救うのは私……だから……」

「って、どれだけ寝るのこの子は……」


 なら過去のあたしも雪を救う主人公でいられたのかな。

 いや、やっぱり自己満足で鬱憤を晴らすためだけだったにすぎないか。

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